12 お持ち帰りされてみた
本日、わたしはイリューザとともに村長の家を訪れている。
昨夜はあのままわたしの家に戻り、一か月前と同じように小さなベッドでふたりで寝た。
時間が時間だったので朝日はすぐに昇り始めたが、彼の腕の中はやっぱりとても心地がよくて、思った以上にぐっすりと眠ってしまった。彼がいなくなってから、あまりよく眠れていなかったからかもしれないが。
竜族を伴って現れたわたしを見て、村長はつるつるの頭を撫でて驚いた顔をしながらも、室内に案内してくれた。
「先日は井戸を直していただき、感謝の言葉もありません」
椅子に腰を落ち着けると、開口一番に村長が頭を下げる。
「森の魔物も倒していただいて、もうなんとお礼を申し上げたらいいものか……この村ではあなたのようなお方に返せるものがなく、心苦しいばかりです」
村長の言葉に、わたしの隣に座った人はやんわりと首をふった。
「あれは私が勝手にやったことですので、お気になさらず。ですが、甘えてもよろしいというのであれば、ひとつお願いがあります」
「お願い、ですか?」
イリューザの言葉に、村長と一緒に首を傾げた。
今日ここに来た理由は、わたしが村を出て行くことを伝えるためだ。村長に話しておけば問題ないだろうということで、ふたりでやってきた。……だけど、お願いなんて聞いてないぞ?
「ええ。彼女のご両親の代わりに、私がツィータを娶ることに対しての許可をいただきたい」
「――めとっ!?」
おもわず勢いよく立ち上がる。大きな音を立てて、椅子が後ろに倒れた。
「ちょっと待って。娶るって、なに?」
「そのままの意味だ。私に付いてくるのだから、きみを妻にする」
「つま」
ぽかんと口をあけたわたしを見て、イリューザは不思議そうに首を傾げた。
「いやだったか?」
嫌かどうかと言われたら、嫌では、ない。というか、そこまで考えてなかった。ただ彼に付いていくと、漠然と思っていただけだ。確かに状況的に考えたら、彼の家に嫁に行くようなものかもしれない。
無言で首を横に振ると、彼は苦笑を浮かべて倒れた椅子を元に戻した。そのままちょこんと座りなおす。
「そういうことなので、お願いできませんか?」
イリューザがもう一度尋ねる。村長がまじまじとわたしを見てくるので、みるみるうちに顔が赤くなっていくのが自分で分かった。
「ふむ。まさかツィータが竜族に見初められるとは。長く生きていると、人生何があるか分かりませんな」
「ええ、本当にそう思います」
彼はなぜかしみじみと頷いている。
「分かりました。ツィータもあなた様を気に入っているようですし、彼女の両親に代わって自分が証人になりましょう」
「ありがとうございます。それと、もうひとつお伝えしておくことがあります」
村長が頷いたのを確認して、彼はもうひとつの要件を話し出す。これは昨夜のうちにわたしも聞いたことなのだが、それはもう驚いた。
「森の泉ですが、病に効く特殊な魔法をかけておきました。満月の夜に水面に映った月ごと水を掬い上げ、それを患者に飲ませてください。大抵の病は治るはずです」
それが、昨夜彼があの泉にいた理由だ。わたしの両親が流行り病で死んだと聞いていたから、これ以上犠牲者がでないように魔法を施しに来たらしい。
本当は一か月前に魔法をかけて帰る予定だったみたいだが、体力の限界で一度戻らざるを得なかったと言っていた。結局はそのおかけでまた会えたのだが。
彼が説明した手順で泉の水を容器で掬えば、保存が効くらしく、どう考えても一流の万能薬だ。しかし、これを多くのひとに知られては大変なことになるため、村の外には口外しないように、きつめに村長に注意を促した。
村長は何度も頭を下げて、本当に返す言葉がないと、涙を流していた。わたしと同じで、流行り病で家族を亡くしているので仕方がない。
わたしはそんな村長を宥めて、家をあとにした。
◆◇◆
「は~、おまえが竜族と結婚ね……」
村長の家から直接やってきたのは、幼馴染であるサハクの自宅だ。さすがに彼には直接話しておきたかったので出向くことにした。
ちなみに、イリューザには少し離れたところで待ってもらっている。顔を合わせると何を言い出すか分からないからだ。始めは嫌がっていたが、なんとか説得できた。
「結婚っていわないで」
「結婚だろ、それ」
「う……」
もう否定もできない。仕方なく頷くと、サハクはからからと笑ってから、少し真面目な顔をして聞いてくる。
「ってことは、もう会えないのか?」
「ううん、それについては大丈夫みたい」
実は、イリューザには好きなときに村に戻ってきていいと言われている。今は村に転移できるから、イリューザと一緒であれば、いつでも来られるのだ。
わたし自身、もうこの村には戻って来られないと思っていたのでとてもありがたい。むしろそれを早く言ってくれれば、一か月前もあんなに悩まなかったのに。彼に文句を言ったら、それも気づかなかったと言われた。
白目をむいて倒れたことと言い、彼は意外と抜けているところがあるみたいだ。そんなところも、なんとなくかわいいと思ってしまった。
「なるほどな、じゃあまた昼飯食いに来いよ」
「うん、イリューザも一緒だけど」
そういうと、サハクはものすごくいやそうな顔をした。
「あいつ、なんか俺に当たりが強いんだよな……あいつがいたら昼飯がまずくな――」
言葉を途中で止めて、わたしの後ろを見上げる。みるみるうちに、サハクの顔から血の気が消えていった。
「私が、なんだって?」
「イ、イエ、ナンデモナイデス」
急に現れたイリューザが低い声で言ったので、サハクは身体を小さくして縮こまってしまう。
「ちょっと、イリューザ。向こうにいてって言ったでしょ」
これ以上ここにいたらまたサハクが倒れてしまいそうなので、仕方なく挨拶もそこそこに立ち去ることにした。
「わたしたちの会話、聞いてたの?」
聞かれたらまた面倒なことになりそうだと思い、離れていてもらったのに、彼はこっそり近づいて聞いていたのだろうか。
尋ねたわたしに、イリューザはくすりと笑って自身の耳を指で示した。
「竜は人間よりも耳がよくてな」
「えぇ……」
そもそも聞こえていたらしい。それは盲点だった。
これからは彼とずっと生活するのだし、他にも竜族の特性があるのなら知っておいた方が良さそうだ。まあ、それについてはまた今度話すとして……
自宅の前に到着すると、わたしはポケットからあるものを取り出した。昨夜渡そうと思っていたが結局渡せなかったそれを、手のひらに乗せて前に差し出す。
彼は目をぱちくりさせて尋ねた。
「これは?」
「角飾り。見よう見まねで作ったから、うまくつけられるか分からないけれど……」
「私のために?」
「……うん。会いたかった、から……またイリューザのところに届けばいいなって」
隠すことでもないと思い素直に答えたはいいが、その場になぜか沈黙が訪れる。
あれ、なんか変なこと言ったかな……そう思いながら美しい顔を見上げると、彼は眉を寄せて難しい顔をしていた。その唇がわずかに震えている。
あ、これは泣く、と直感が告げ慌てて言う。
「待って。泣いたら、これあげないよ?」
「……わかった、泣かない」
彼は目頭に力をこめて、必死で涙を止めているようだった。その様子がちょっとばかりおかしくて、つい笑ってしまう。
「ほら、つけてあげるからしゃがんで?」
このままでは届かないので座るように促すと、その場に片膝を突いて、わたしの顔を覗き込むように見上げた。
彼に見上げられるというのは、なんだか新鮮だな。いつもは逆なので、そんなふうに思う。
向かって右側の角に飾りをつけてみた。よかった、ぴったりだ。色合いも彼に似合っているし、我ながらよくできたと思う。
「すごく似合ってる」
そういうと、嬉しそうに顔をほころばせて、イリューザはわたしの右手をとる。それから手の甲にそっと唇を落として、もう一度琥珀色の瞳にわたしを映した。
「今さらだが、きちんと言わせてほしい」
「?」
手の甲で感じた熱に、顔が赤くなっていくのがわかった。こんなところで恥ずかしいと思いながら、わたしは続く言葉を待つ。
「ツィータ、愛している。どうか、私と一緒に来てほしい」
真剣なまなざしに、とびきりの笑顔で答える。
「うん、わたしも大好き」
初めて、好きと伝えた。だってこの気持ちは、もうどうやっても間違えようがない。
つがいだから好き? だったらそれでいいじゃないか。世界中でたったひとりだけを、こんなにも愛しいと思える。いまはその事実が、とても尊いことのように感じる。
ひと言好きと言っただけで顔を真っ赤にしているこの竜が、愛しくてたまらないのだ。
だからわたしは、彼にお持ち帰りされてみることにした。
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