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11 捕まえてみた



 イリューザが姿を消してから、もうすぐ一か月。

 村は数年ぶりに活気を取り戻していた。


 水が自由に使えるようになったことで田畑は再生され、村中のいたるところに植物が植えられている。また魔物のいなくなった森からは、いくつかの種類の作物や果実が収穫できるようになり、食の幅も広がった。


 大量に死んでいた魔物は数日間に分けてなんとか使える部分を回収し、いまは村人たちの手によって皮や牙などが加工されている。


 忙しなく働く村人たちの横で、わたしはほとんど家から出ることはなかった。気が塞いでいたからと言えば嘘ではないが、それ以上に目的があったのだ。


「あとはここを結んで……完成」


 たった今作り上げた装飾品を机に置いて、満足げに頷く。


「見よう見まねで作ってみたけど、思ったよりうまくいったな」


 この一か月間、これを作るためにほとんどの時間を費やしてきた。緑青色の糸をベースに紺色の糸でアクセントをつけ、小さな天然石で彩った。人間にはなじみがないだろうこの装飾品は、いわゆる(つの)飾りと言われているものだ。


 以前、行商人が持っていた商品の中で見たことがあった。物珍しさにまじまじと観察したため、記憶に残っていたのだ。


 なぜこの角飾りを作ったのかと言うと、決まっている。彼に届けたいからだ。

 イリューザはわたしが昔作った耳飾りを見て、呼ばれたと思いこの村まで来たと言っていた。それなら……もしこの角飾りが彼のもとに届けば、また会いに来てくれるかもしれない。


 作っている段階で、たくさんたくさん想いをこめた。あなたにまた会いたいと、あなたが好きなのだと。今度は……連れて行ってほしいと。


 けれども、わたしは彼の住んでいる場所を知らない。知っていたとしても、かなり遠いはずだ。届けてもらうには相当な費用がかかるだろう。


 だからこれを行商人に渡して、一番欲しいと思ってくれる人に売ってもらいたい、とお願いするつもりだ。何年かかるかは分からないけれど、もしかしたらまた彼のもとに届くかもしれない。

 そんな淡い期待をこめて作った。それしか、わたしにできることはないから。


 ちょうど明日は行商人が村を訪れる日だ、間に合ってよかった。

 今夜中にきれいに包んでしまわないとな、と思いながら窓の外を見る。すでに日は暮れかけ、まん丸のお月さまが輝き始めていた。


「今日は満月か……」


 あの日も、空にはきれいな丸い月が輝いていた。彼と別れた日、あれからもう一か月。


「会いたい……な」


 また、名前を呼んでもらいたい。会えなくなってからも想いは募るばかりで。

 小さく溜め息を吐きながら、わたしは夕食の準備に取りかかった。



   ◆◇◆



 一通り台所の片づけを済ませ、椅子に座る。

 お気に入りの布を机に広げ、どれに角飾りを包もうかと考えていると、不思議な感覚に襲われた。それは今までに感じたことのない感覚で。


 なんだろう……誰かに呼ばれているような――


 声は聞こえないのに、なぜかそう思った。家の中を見回しても、何も変わりはない。今度は窓から顔を出して外を見てみるが、やはりなにも聞こえない。

 首を傾げながら部屋の中に戻ろうとしたとき、また同じ感覚に襲われる。


「――!?」


 今度ははっきり聞こえた。わたしの名前を呼ぶ声が。この声の主を間違えるはずがない。だってそれは……わたしの、つがい――


 机の上から角飾りをつかみ取り、ポケットにしまう。そのままの勢いで家を飛び出した。

 身体は勝手に目的の方向へと走っていく。これがつがいの本能というやつなのだろうか。どこに行くべきかなんて分からないのに、わたしの足は全く止まることはなかった。


「はぁっ、はぁっ」


 どれくらい経っただろうか。走ったり歩いたりを繰り返して、気づけば森の入り口まできていた。肩で荒く息をしながらも、なんとか呼吸を整える。

 森の奥を見据えながら、わたしは大きく息を吸った。そして最後の力を振り絞るように、再び駆けだす。


 この奥に、いる。なぜか分からないが、そう確信した。もう声は聞こえない。けれど、間違いない。いなくなってしまう前に、はやく、はやく――


「あっ――!」


 焦りすぎたのか、足がもつれて派手に転んでしまった。


「……いったぁ」


 地べたに座りながら身体を確認すると、膝から脛にかけて出血していた。盛大に擦りむいたらしい。手のひらにも少し血が滲んでいたが、こちらは大したことはない。


 なんとか立ち上がり、服に付いた砂を軽く振り払った。幸いなことに擦りむいただけで、ねん挫などはしていないようだ。


 ほっと息を吐いて、もう一度走り出す。

 痛みは気にならない。こんな痛み、彼に会えないことに比べたら――


 そう思った瞬間、視界がひらけた。

 目の前には、月明かりを反射してきらめく水面。ここは一か月前に、彼と一緒に来た泉。周りに咲いた花々が、風に吹かれてふわふわと揺れている。


 そんな幻想的な景色の中で、ひときわ異質なものがそこにいた。

 全身が白い鱗に覆われた、竜。頭の左右には白い角があり、その後ろから生えた白銀のたてがみが、淡く光を放っていた。


 大きさは以前この森にいた魔物の主より、少し小さいくらいだろうか。竜にしてはそれほど大きくないと思う。……と言っても本物の竜なんて初めて見るもんで、普通がどれくらいなのか分からないのだが。


 驚きすぎて言葉を発せないでいると、金色の瞳がわたしを捉えて、大きく見開かれた。


『……なぜ、ここに』


 それは頭の中に直接響くような声だった。声と言っていいものかも分からない。恐らく、あの竜の口から直接発せられたものではないのだろう。


「イリューザ……?」


 名前を言うと、白い竜はびくりと身体を震わせて、一歩後ずさった。


「イリューザだよね?」

『ち、ちがう』


 なんともたどたどしい声が頭の中に響いた。


『人違いだ……失礼する』


 それを言うなら竜違いでは? なんてどうでもいいツッコミを入れながら、今にも羽ばたきそうな竜の足元に駆け寄った。


「待って、イリューザなんでしょ!? 分かるんだから! あなたのつがいをなめないで!」


 叫ぶように言うと、竜は一瞬動きを止めて、小さい声で言う。


『私に……つがいはいない』


 そのまま地面を蹴って、ふわりと宙に浮く。

 行かせてはいけない。ここで逃がしたら、きっともう二度と会えない。なぜかそう直感した。


「さっきわたしのこと呼んだでしょ! 呼んでおいて逃げるの!?」

『……知らない、呼んでいない』

「呼んだ!」

『呼んでない!』


 往生際の悪い竜だな。絶対に聞こえたのに。じゃなきゃ、わたしがあなたを見つけられるはずがないのに。

 何度も繰り返される問答にしびれを切らしたのか、白い竜は牙の隙間から溜め息のように空気を吐いて、より一層大きく羽ばたいた。


 風で押し返されそうになるなか、負けじと頭の上にあった竜の片足を両手で掴む。その瞬間全身に風を感じ、気づけばわたしの身体は空中にいた。


「きゃああああああ!?」

『おい、なにして……!』


 泉が真下に見える。この高さから落下したら、間違いなく即死だろう。運よく泉の中に落ちたとしても、水面に叩きつけられて死ぬ未来しか見えない。

 それほどの高さにいた。まん丸のお月さまが、だいぶ近くなったような気がする。


「手がっ……」


 痛い。先ほど転んだ時に擦りむいたせいで、必死に竜の足を掴む手に、ピリリと痛みが走る。それでなくとも全体重を両手で支えているのだ。このままではいつまでもつか……

 背中に嫌な汗が伝う。上空の風の強さもあり、身体が無駄に揺れるせいですぐに限界がきそうだった。


「どうしようっ……」


 助かるには一度下に降りてもらうしかないが、下手に動かれると振動で手を離してしまうかもしれない。……と、そこまで考えて言い方法を思いついた。


「そうだイリューザ、転移――をっ!?」


 地面まで転移してもらえばいいのでは、と思ったのもつかの間、竜は翼を揺らして急上昇した。


 え!? なんで――!?

 恐怖と風の強さで悲鳴さえも出せない。ついに力が入らなくなり、そのまま竜の足から手が離れた。


「ひっ――」


 落ちる……!

 強く、目をつむった。じきにわたしのからだは地面に叩きつけられて、死――……


 潔く死を覚悟したとき、ふわりと身体が浮く感覚がして、そのあとすぐにやわらかい何かの上に落ちたような気がした。


「……あれ?」


 いつまで経っても痛みは訪れず、恐る恐る目を開ける。ひらかれた視界に映ったのは、まっしろな白銀の髪。それから、金色の光を宿した琥珀色の瞳。

 目が合うと、わたしの身体を包み込んだ長い腕に力が込められる。


「心臓が止まるかと思った……」

「イリューザ……?」


 名前を呼ぶと、彼は眉を寄せて不機嫌そうに言った。


「なぜあんな無茶をした!?」

「イリューザが逃げるからでしょ!?」


 反論すると、眉間に寄せたしわを深くする。


「ならこのまま連れ去るぞ。今ならきみは絶対に逃げられないからな」


 え? と思い自分の状況を確認すると、いまだに空中にいた。何かの魔法を使っているのか、彼に抱きかかえられたまま見事に宙に浮いている。地面は遥か下だ。確かにこの状態では逃げ道はない。


「村には二度と帰さない。一生を私の隣で生きることになるが、それでいいんだな?」


 脅そうとしているのか、怒りを滲ませた声音で言う。

 ……なんて、優しい竜なんだろう。本当はわたしに付いてきてほしいのに、自分を悪者にして逃がそうとしている。もう分かってしまう。嘘なんて、つかなくていいのに。


「いいよ」

「……え?」

「いいよ。それで」


 肯定を示すと、彼は琥珀色の瞳を見開いて動きを止めた。


「あ、でもお裁縫箱は持っていきたいかな。両親の形見なんだ。それから手紙を置いていかないと、みんなが心配しちゃう。今から書いてきてもいい?」

「…………」


 呆然とわたしを見つめたまま、イリューザは全く動かない。


 どうしたんだろう。もしかして手紙はだめだったのかな? それとも、もう村に戻る時間はないとか? うーん……困ったな。

 最悪荷物はなくても構わないが、さすがに一言残して行かないと事件になってしまう。


 どうしようかと首を捻っていると、聞き取れるのがやっとというくらいの小さな声が届く。


「……きみは、村に残りたいんじゃないのか?」


 やっぱり彼は勝手に勘違いをして、わたしをおいて帰ったようだ。そりゃ確かに、最初は付いていくなんて嫌だったけれど……


「イリューザ、一か月前の返事、今するね」

「返事?」

「うん、わたしを一緒に連れていって」


 彼はまたぴたりと動きを止めて、それから――


「なっなんで泣くの」


 琥珀色の瞳が歪んだと思ったら、目頭からひと筋のしずくが頬をつたった。おもわず指先で頬に触れてそれを受け止める。彼が瞬きをすると更にしずくが追加されて、わたしは両手で全てを掬いとった。


「だ、だいじょうぶ?」

「――うれしい」

「え?」

「嬉しい、嬉しい――」


 相変わらずきれいな琥珀を歪ませて、ふわりと笑った。彼のこの顔が好きだ。きっとこの笑顔はわたしにだけ見せてくれる。なんとなく、そう思う。


「えっと……ところで手紙は……」


 大事なところをもう一度確認しようと口を開くと、中途半端に彼の頬に添えていた手を掴まれる。


「手紙は書いていいし、裁縫箱も取りに行っていい。荷作りする時間もやる。だが、これはどうした?」


 手のひらにできた傷をみて、顔をしかめた。もう血は止まっているし、本当にただのかすり傷なので少し赤くなっている程度だ。


「ここにくる途中にころんじゃって……」


 彼は片眉をつりあげて、くんっと鼻を動かした。それからわたしの膝下まで長さのあるスカートをまくり上げる。


「なっなに――」

「血のにおいがすると思ったら、原因はこっちか」

「あ……」


 脚の怪我はそこそこ酷かった。まだ血は乾ききっていないし、泥のついた傷口はこのままだと化膿してしまうだろう。必死すぎて完全に忘れていたが、思い出してしまうと、なんだか今さら痛みまで感じてくる。


「すまない。いろいろと驚きすぎて気づくのが遅れた」


 そう言った彼の瞳が一瞬金色に光り、傷口の辺りを温かい風がなでる。すると一瞬で痛みが引いていった。手のひらを見てみると、傷がきれいに消えている。恐らく脚の傷も同じだろう。


「べ、便利だね?」

「回復魔法は得意分野だ」


 ふふんと鼻を高くして自慢げに言うので、おもわず笑ってしまった。


「そういえば、さっきなんで転移魔法を使わないで、わたしを落としたの?」

「あれはだな、あのまま転移魔法を使っていたら、きみは地面に生き埋めになっていた」

「生き埋め」


 想像して背筋を震わせる。顔を青くしたわたしを見て、彼は苦笑して続けた。


「転移魔法は足元を起点にするから、私の足にしがみついていたきみは、地面に埋もれてしまうんだ」


 なるほど、と思ったがひとつ疑問が残る。尋ねていいものか迷ったが、もやもやしたままなのも嫌なので聞くことにした。


「でもそれなら、地面から少し浮いたところに転移すればよかったんじゃ」

「…………」


 本日何度目かも忘れたが、彼はまた動きを止めて、しばらくしてから頬を少しだけ赤く染めた。


「それは……気がつかなかった」


 なんだ、彼でも完璧じゃないことがあるんだ。なんだか少し距離が近くなった気がする。いまの物理的な距離はゼロだが。

 恥ずかしそうに視線を逸らしたのを見て、くすくすと笑い声をもらしてしまう。


「笑うな」


 よほど恥ずかしかったのか、顔がどんどん赤くなっていった。そんな様子がますますかわいく見えて、衝動のままに彼の首に抱きつく。


 向こう側にあったまん丸のお月さまが、わたしたちを見守ってくれているように見えた。



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