短編 June bride
6月の海は、まだ冷たい。あとひと月もすると、あのうだるような暑さがやってくる。嫌という程分かっているはずなのに、今はそれを思い出せない。
足を冷たい海水に浸し、痺れる様な眩暈を脳髄で感じている。波が引いては打ち寄せ、自分の持ち物では一番上等なスラックスを濡らす。俺はそれに慌てて裾を捲るでもなく、ぼうと突っ立っていた。服が海水で駄目になるとか、今はそんなことはどうでも良かった。
とても綺麗だった。
日の光を浴びて白く外壁の輝くチャペルから、美しい純白のドレスに身を包んだ新婦と、傍でタキシードを着た嬉し気な新郎が出てくる。俺の親友。
「おめでとう!」
参列者の祝福の声が響き、二人がゆく道に一斉に花びらが撒かれる。俺は手に持ったハンディカメラを二人に向けて、その光景を丁寧に映像に収めていく。
目出度いことだ。よかったじゃないか。だからほら、ちゃんと言わないと。
「……おめでとう!」
おめでとう。結婚おめでとう。
お前が結婚なんて、想像もしなかったよ。だから最初に彼女がいたことを聞いたときは、びっくりしたんだ。まさか、彼女が出来た事を教えてもらえないなんて、思ってもみなかったから。
なんてことはない。一番の親友だと思ってたのは、俺だけだったんだ。
そんなことを知ってか知らずか、俺の親友は笑いながら言った。
「……ありがとう。お前に祝ってもらえるのが、一番嬉しいよ」
そうか、それは嬉しいよ。俺はね、俺は。おれは。
泣きたい訳ではない。けれど、自分は悲しいんだと、誰かに認めてもらいたかった。
涙は塩の味がするから。こんな大きな塩水に浸かったら、きっと泣いてることに変わりないはずだと思った。
悲しいと、人間は泣くはずなんだ。でも、なんでだよ。なんで泣けないんだ、馬鹿。いっそ泣いてしまったら、楽になるはずなのに。
ただこの胸に飛来するのは、冷たい現実の結末と、喪失感だけ。
俺は。俺はさ。
「お前のその言葉が、一番辛いよ」
誰もいない海で呟く。俺の声は、波音に搔き消え遠ざかってゆく。
お前の言葉が、俺を殺してくれた。だからもう、俺には何も残っていないんだな。
俺は子供みたいに蹲って、海に乱暴に潜ってゆく。
ざぶん。と、耳に入ってくる気持ち悪い海水に紛れて、自分の最後の慟哭が消えてゆく。
なあ、親友。俺はさ、
お前が好きだったんだ。