小柄な少女からの大きな告白
場所は音楽室。時間は放課後。
窓も扉も全て閉じ、周りに誰もいない事を確認した私は、深く椅子に座り、音楽室の中央に立つ女の子をまっすぐ見据えていた。
「あの、始めていいですか」
音楽室の中央に、そして私の正面に立っている女の子は恐る恐る言った。
「いいよ。聞かせて」
私の言葉を皮切りに、女の子が足を肩幅まで開いた。
緊張しながら女の子は、それでも堂々と大きく息を吸った。大きく。深く。歌う為に吸った。
「すうううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」
余りにも長く息を吸うその女子高生に対して、私もかなりの覚悟をしていたが、私の心づもりも虚しく、その数秒後、私は気を失ってしまった。
* * * * * * * * * * * * * * * * * * *
* * * * * * * * * * * * * * * * * *
5月4日(月)/朝
昨日、日中は結局体を探しに行くことをせずにだらだらした私は、ゴールデンウィークであるにも関わらず、朝からのろのろと学校に向かっていた。
「だるい。だるすぎる」
「なあ繋。世間的にはゴールデンウィークとかいう、少し長い休みに入ってるんだろう?なんで繋だけ学校に行ってるんだ?」
カケルが今日も私の右腕から顔を出したしり引っ込んだりしながら話しかけてきた。慣れるべきではない光景に私はすっかり慣れてきていた。
「私は今年で高校三年生。卒業期でもあるけど、だいたいの人は進学期なんだよ。うちの高校はちゃんとした進学校というより、俗に言う自称進学校みたいな感じでさ、休みを潰してまで勉強させる学校なの。二年生の三学期は三年生の0学期とかいう、どこかで聞いたことがあるような文句を並べて勉強させてくるし。まあそんな勉強方法で成績が良くなるわけでもなく公立大学への進学率はお察しって感じだけど。このゴールデンウィークの期間も、宿題が出ない代わりに補習があるんだ」
「繋も進学するのか?」
「いや、私は進学するつもりはないよ。・・・どうせ進学してもやりたい事何も無いしね」
「でも、繋は今日も勉強しに学校に行くんだろう?」
「仕方ないよ。進学クラスに入っちゃったから。全員来るルールだし」
「繋は、真面目なのか不真面目なのかどっちなんだ」
根が真面目であるという事は自分で自覚しているのだが、正直周りからはそんな風に思われていない。そりゃ、進学クラスの中で唯一髪染めてる女子生徒だしなあ。
そんなことをだらだら話しながら校舎へ向かっていたら、部室棟から歌声が聞こえてきた。
「ん?子の歌声は、音楽室からか?なんで今日、音楽の授業やってるんだ?受験生以外は休みの筈なのに」
「ああ、そうだな。学校は休みで、今日は授業は無いんだろう?」
「そのはずなんだけど、ああなるほど、これは合唱部か。だけじゃなくて、他の部活も普通にやってるのか。せっかくのゴールデンウィークなのにお疲れ様なこって」
よくよく聞けばグラウンドの方からも声が響き渡っている。サッカー部とか野球部だろう。
「繋よ。これじゃあ、結局どこも休んではないんじゃないか?」
「うちの学校の自称進学校振りも大したもんだなあ。学業だけじゃなくて部活動にも好成績を求めるのか。特に元々上手な人を集めたわけでもないのに」
「なんか繋は部活動に対してえらい捻くれてるな。繋は何か部活はやってないのか?」
「やってたけど、やってはいたけど、もう随分前に辞めちゃった」
やるだけ時間の無駄だった。とは思っていないけど、部活動はわざわざやらなくても良いと思ってはいる。
「・・・繋がなんの部活やっていたのか、僕が今から当ててやろうか」
「え?急にどうしたの?なんのために?」
予想外の事をいってくるカケルに若干の気持ち悪さを感じる。やっぱり、こいつに関して私は慣れるべきではないのだ。
「興味があるだけなんだけど。なんの為かと言われると、自分の興味の為に」
「気持ち悪いし迷惑だなあ。あんまり私の事を聞こうとしないでくれる?人間に聞かれるのも嫌なのに、こんな呪われた怪物にまで聞かれるの嫌なんだけど」
「はっ、その呪われた怪物の過去は昨日あんなに聞いてきたのにか?」
「ああ、、、」
そういえばそうだった。土日にかけての夜中に、カケルにいろいろ過去の事を質問して聞いたんだっけ。でも、昨日は結局何も教えてもらってないじゃん!
「勘弁してよ。高校に入ってからは部活なんて入ってないんだから。私に何聞いても面白くないよ」
「ふうん、もったいない。僕が封印されてる間も、何回も部活動帰りの高校生を見ていたけど、みんなどれも楽しそうだったなあ。卒業したらもう部活動とかの経験ができないだろう?」
「分かってるよそんな事。あーあ、嫌なこと思い出しちゃった。こんな話してたら補習に行く気なくなっちゃったじゃん」
「いや、別にそれとこれとは関係なくね?」
* * * * * * * * * * * * * * * * * * *
* * * * * * * * * * * * * * * * * *
完全に今日の補習を受けるモチベーションが無くなってしまった私は(あくまでカケルのせいで)、校舎に入らず、学校裏に向かっていた。
「どこに向かってるんだ?ここから先は結構薄暗いぞ?」
「学校とか授業がめんどくさくなった時のたまのサボり場に向かってる」
「あら、やっぱり繋は不良だったのか」
「別にいいの。どうせ今日は自習の日だし。...ん?」
校舎の入り口とは反対側に回り、私がサボり場として使っている体育館裏に来たとき、私の目的地から歌声が聞こえてきた。
「おっ、私の秘密の場所に誰かいる。私以外の人がここに来るなんて、珍しいな」
「え?繋はこんなジメジメしたところに今まで一人で来てたのか?悲しくないか?」
「うるさい。ちょっと黙ってて」
デコピンでカケルの鼻を弾く。バチンッ
「あいたっ」
鼻を赤くして痛がるカケルを尻目に、私は物陰から歌声の主を覗いた。
ぱっと見の印象は、随分小柄な女の子だった。一人で一生懸命歌の練習をしている。何の歌かは分からないが、柔らかくて優しい声で歌っていた。
「同学年、、、ではないのかな。この二年間で見た覚えが無いし、一個下か新入生かな。」
「いやいや、転校生かもしれないぞ。今年からこの学校に来たとか」
「そんなに人数が多くないこの高校で、転校生が来たらすぐ噂になるから、それはないんじゃないかな」
「友達がいない繋に、噂を教える人がいなかったとか」
「・・・・・あのねえ。なんかさっきから、というか最初からかもしれないけど、カケルは私の事を友達のいないボッチ人間だと思ってない?」
「ん?違ったのか?話を聞いていると、一人だけ髪を染めて学校もたまにはサボって、なんか周りから浮いてる人間みたいに聞こえてたからなあ。孤独の不良少女みたいで」
「友達くらいいるわ!そんなに多くないだけで親友がいるんだからな!」
こいつ、ずっと私の事を独りぼっちの寂しい人間だと思ってたのか。む、むかつく。お前も三百年間独りぼっちだったくせにぃ。
「おいおい。いいのか。そんなに大きな声出して」
ボッチだとバカにされた苛立ちからつい大きい声を出してしまったところで、私がなんで隠れているのか思い出した。
「やばい。バレたかな」
「僕は少し黙るよ」
カケルが空気を読んで黙ってくれた。そのままずっと黙ってろ。
そして私はぴったり止んだ女の子の歌声から、既にバレていることが察することができた。
「あの、そこに誰かいるんですか?」
うん。もう完全にバレているな。
ここはもう、素直に出るか。特にやましいことしてたわけでもないし。堂々と行こう。
「あー、ごめんね。邪魔するつもりはなかったんだけど」
「いえ、別に大丈夫です。私も、歌の練習してただけなんで。もしかして、聞こえてました?」
小柄な体躯とは裏腹に、腰まで長く伸びた綺麗な髪をした女の子だった。この子がさっきまであの綺麗な声で歌ってたのか。制服的にも、私と同じ高校だろう。やっぱり後輩か。さっきまで歌っていた歌は本当に綺麗で、歌に関しての知識が全くない私でも称賛の拍手を送りたいほどだった。しかし彼女はずっと、どこか自信なさそうに下を向いていた。
「うん、聞こえてた。上手なんだね、歌。きれいな声だったし。合唱部?」
「はい。一応合唱部ですけど、私なんてそんな。まだまだです」
「そんなことないって。自信持ちなよ」
「はあ...ありがとうございます」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
うーん。これはどうやって会話を終わらせればいいんだ?終わるに終わらせることができなくなってしまった。なんか悩み抱えてそうな子だしなあ。
「あの、私まだ部活があるので、これで」
「う、うん。頑張ってね」
意外にも彼女からそう切り出し、私の横を通って校舎に戻るために歩き出した。
私の右腕にはまだカケルが潜んでいる。本当にこれまで一言も話さずにいてくれたようだが、ふと右腕を見てみると、カケルがなぜか話したそうに口をパクパク動かしていた。
おいおい、お前が話しかけるのだけは絶対ダメだって。もし何の声か聴かれたら、私はなんて誤魔化せばいいんだよ。
そして合唱部の女の子が私の横を通り過ぎた時、そしてカケルに何も話させまいとした時、本当に何気なく、ふと気になった疑問が私の口から出ていた。
「ね、ねえ君さ、最近変な祠見たことない?木でできた祠で、なんかぐるぐる巻きにされているやつとか」
我ながら唐突に出た言葉とは言え、もう少しマシな質問はできなかったのかと後悔した。いきなり祠の事を聞いてくる女子高生とか普通に気持ち悪いだろ、と。
「おいおい繋、急に何聞いてるんだ?」
「いやいや、なんとなく聞いただけなんだけど、もし見たって言うんだったら、私にも教えてくれないかなーって、わ、私最近祠鑑賞にはまってさ!」
誤魔化そうとして弁明したらもっと酷いことになった。酷すぎる。なんだ、祠鑑賞って。そんな趣味の女子高生いるわけないでしょ。どんな歴女だ。祠単体の歴女ってなんだ。それこそ歴史に残るわ。
だが、私のこの苦し紛れの質問のおかげで、私たちは思わぬ展開を迎えることができた。
「祠、ですか?」
「いや、知らないなら別にいいんだよ。ごめんね、練習の邪魔をしちゃった上に、急に変な質問して。それじゃ」
内心恥ずかしさのあまり、死んでしまいたくなった。そして、そのまま私から立ち去ろうと、肩からずれ落ちたカバンを背負い直してから校舎に向かって歩き始めたとき。
「変な祠。見ました。太い縄でグルグル巻きにされた、木でできた祠」
「「えっ!」」
そ、それは私が今までに見た二つの木祠の特徴に見事に一致している。
彼女の思わぬ言葉に、私だけでなく、カケルも大きな声を出してしまった。
「祠、見ました。少し前に、急に私の目の前に現れました」
「ほ、本当に?!その祠今どこにあるか分かる?私、探してるの!」
これはもう、端から見れば今の私は立派な歴女だろう。
思わぬ証言に動揺してしまい、彼女の肩を掴み急に迫るような口調で聞いてしまった。
またこの気弱な子を困らせてしまうと、はっと我に返った私だが、女の子は意外にも動揺すらせず、むしろ私の事を正面から見据えるようにしていた。
「祠はもうありません。もう私の目の前から消えてしまいました」
「・・・あー、そっか、もう他の人の所に飛んで行っちゃったのか」
どうせそんなこったろう、と、やっぱり進展無し、私がそう落胆していると、
「・・・いえ、あります」
「え?」
私の言葉を素直に聞き入れ、淡々と返答してきた彼女に私が違和感を覚えたとき、彼女は急に制服の上をするすると脱ぎ、上半身ブラジャー一枚だけの状態になった。
「えっ、なになになになになにっ!」
何?なんでこの子急に脱ぎだしてるの?学校裏にいるのは歌の練習とかじゃなくて、隠れて脱ぐ為だったの?それじゃあ、歴女の私に対して、彼女は痴女だよう。
急な彼女の行動に逆に私が動揺していると、彼女は若干声を震わせながら話してくれた。
「あの祠自体がどこに行ったか分かりませんが、祠の中にあったものなら今、私の体の中にあります」