無邪気な笑顔と一回目の我儘
5月2日(土)/夕
無事に祠を見つけ封印から解放し、帰ろうとしていた時の事。祠に封印されていた体の部位が『顔』であったことについて語っていた。
「顔、か」
いろんなコンプレックスを持つ多感な高校生が、一番悩みがちな部位が顔である。自分の顔に自信がない。もっとかっこよくなりたい。もっとかわいくなりたい。簡単に言うと、モテたい。容姿の違いに興味を抱き、恋愛に関心を向け、悩み抜く青春時代。そんな若者たちに望まれて出ていくのが顔であるのも全く不思議な話ではないと思う。
それにしてもカケルの顔は整った目鼻立ちをしている。
吸い込まれそうな瞳に大きい目、すっと顔の中心を細い一本の筋のように通る鼻。さらさらとした髪に、明らかに柔らかそうな唇。本当に三百年以上封印されていた男の顔かこれ。私よりも若く見えるんじゃないの?
「私的には最初が顔でよかったと思うよ?いきなり口の次に別の部位が見つかると、繋がらなくて気持ちが悪いし。それに、早くカケルの顔を見れてよかったと思ってる。慣れたとはいえ、口だけで動いて喋ってるのも気持ちが悪かったんだ。カケルはこんなにかわいい顔してるんだから、口だけじゃもったいないよ。えへっえへっ」
ぷかぷか浮いてるカケルの頬を両手でガシッと挟みながら、顔をマジマジ見る。
「ふがっ!にゃ、にゃんか、顔が見えてかりゃ、急に態度が変わったくにゃいか?!」
「カケルって本当に三百年も生きてるの?どう見ても童顔の男の子にしか見えないじゃん。何この綺麗な黒い髪の毛。私染めちゃったから傷んで傷んで、苦労してるんだよなあ」
最初は頬を触っているだけだったが、いつの間にか髪の毛まで撫でてた。
「う、うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
三百年も生きているとは思えないその少年のような顔を両手でぐりぐりいじり倒す。もう少し、もう少し、と、やめようとは思っていたが、長い時間触ってしまっていた。
がしっ!!
カケルの頬を揉みしだいていた両腕が、何かにがっしり掴まれ動かせなくなる。
「触りすぎだろ!」
「へっ?!う、腕が動かない!なんでなんで!もうちょっと触っていたいのに!」
「動かせないのは僕が今、繋の腕を掴んでいるからだ」
「あんた掴む腕無いでしょうが!」
カケルが私の腕を掴んでいるだって?掴むも何も、カケルは最初から口しかない。やっと顔が戻ったっただけだ。
「別に僕の体は存在していないわけじゃない。実体化するのが少し面倒なだけだ。頑張れば物を掴んだりすることができるし、叩いたりすることもできる。おらっ!瓦割り!」
カケルが私を突き放すように手を放し、よろよろよろめいた私の頭をチョップする。
「あいたっ!」
「まあ、今はこんなもんか。腕で物に触れるのは三百年ぶりだな」
何も無いのに急にチョップされた。どうやら今カケルに腕があるのは間違いなようだ。実体化できるなんて聞いてないぞ。
「実体化できるなら最初から私の腕になんて張り付かないで、自分で探していればいいじゃんか」
ガクン
「はあ、はあ、はあ...?」
チョップされた拍子に地面に尻もちをつく。そんなに強い威力でもなかったぞ?貧血起こしちゃったかな。あれ、でもこれチョップで倒されたというより、無性に疲れたというか。
「何をするにしても、実体化があればすごい楽なんだけど、結構な力が必要になるから滅多なことじゃないとできないのが玉に瑕だな」
「結構な力って、疲れてるのはどう見たって私じゃないか」
「最後に実体化できたのは昨日の夜、繋が僕から逃げようとして自転車に乗り込んだ時に、繋を逃すまいと足を踏んで動かせなくした時だ」
確かにあの時は自転車を走らせるために足を上げようとしたが、上げることができずにそのまま倒れてしまった。
まさか、使う力って...
「あの時は足を踏んですぐ、繋は気を失って倒れてしまったから気が付かなかったんだろうけど、この様子だと僕は、自分の体を実体化する際に、"繋の体力"を使っちゃうらしい」
「やっぱり。じゃあ、カケルが実体化する度に、私の事を叩く度に、私がいちいち疲れるっていうの?一回のチョップでこれだけって、不便にも程があるってそれ...」
地面にへたりながら、納得いかない事実に不服の声を漏らす。
「目とか耳は、ほとんどずっと実体化させてたから、この二日間は元から疲れていただけだ。僕は口だけじゃ何も見えないし聞こえないからね。でもこれで顔が戻ってきたし、目も耳も実体化する必要はなくなった。さすがに腕だけでこんなに疲れるなんて思ってなかったけど」
「実体化されるたびに毎回これだけ疲れるのは流石に嫌なんだけど。どうにかならないの?」
殴られた上に疲れたのは私。自分にしか被害ないじゃない。
「僕に体力を吸い取られてもいいように、繋がたくさん体力を付ければいい。食って動いて寝る。そうすれば、多少疲れても大丈夫だろう」
「それって、結局損しているの私じゃない?」
まあ、帰宅部だから、運動することはいいことだと思うけど。走ってみようかな。ちょっと、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、太ってきたし。
「今日の夕飯何なんだろ。ちょっと私の分の量を減らしてもらおうかな。でも今日の夕飯は唐揚げって言っていたような気が...。仕方ない、明日から気を付けるか」
「...べたい」
「なんて?」
座り込んでいる私の上から、こちらを見て偉そうに言った。
「僕も、何か食べたいって言ったんだ」
「何か食べたいって、そんなこと言われても」
三百年も封印されてたのに、今更カケルは何か食べるのだろうか。ていうか、食べたいなら、勝手に何か食べればいい。その辺の草でもなんかの実でも。
「なんでもいいんだ。いいだろう。封印されている三百年間空腹にならなかったし、本来僕はご飯なんて食べなくてもいいんだろうけど、何か食べ物をお腹に入れたい気分なんだ」
「何でもいいって、そもそもカケルにはその何かが入るお腹が無いじゃないか」
「見えないだけ。食べたものはちゃんと僕の中に僕の血肉として残る!...かは分からないけど。ていうか、繋だけご飯食べてるのずるいぞ!」
「私は人間だから食わなきゃ生きていけないでしょ!」
「僕にも食わせろ。顔も見つけたんだし、お祝いとして食べてもいいじゃないか」
相変わらずに偉そうにしている。この二日間で、というかほぼ今日一日で、カケルは随分馴れ馴れしくなったな。
「一応聞くけど、一体何を食べたいの?」
顔だけの、人間ではないこいつはいったい何を食べたいと思うのか、ちょっと気になっていた。まさか、生きた動物とかじゃないよな。蛙とか、犬とか。人間の生贄とか言わないとも限らない。
「そうだな...甘いものが食べたい」
普通だった。
「完熟の果物みたいに甘いものだったら何でもいいぞ。リンゴでも、梨でも、スイカでも、アケビでも」
「何でもいいとか言いながらさりげなく完熟の果物をご指名するんじゃない。今の時期はそんなに美味しい果物は無いよ」
「じゃあ、完熟じゃなくてもいい。果物が食べたい」
「最初からそう言え。果物ならりんごが毎日うちの食卓に並ぶから、腕に張り付いてたらこっそり食べさせてあげ......あれ?あんたは私の腕から果物食べることできるの?ていうか、顔まで戻ったから、私の腕に張り付くことができないんじゃない?家族がその姿見たら、流石に卒倒してしまうと思うんだけど」
「大丈夫だ。心配ない」
自信満々に顔だけでぷかぷか浮いているカケルは、すうっっと私の右腕に入り込み、奇しくも見慣れてしまった口だけの状態になった。
「顔が戻ってもその状態になれるのね」
「これで、繋が手に取った果物を僕が食べることができるな」
腕の表面で口だけのカケルは無邪気な子供のように、にっこり笑って見せた。
「分かった。食べさせてあげるから、家族の前では絶対に喋らないでね」
「わーい。三百年ぶりだあ!」
「じゃ、そろそろ家に帰ろう」
吸われた体力も回復し、私はゆっくり立ち上がった。もうだいぶ日が暮れている。
長居しすぎた。誰も通らないとはいえ、端から見れば道端にへたりこんで独り言を話す危ない女子高生。もし誰かに見られて噂を立てられたら堪ったもんじゃない。それに、一日掛けて見つけたのがこの通学路にある顔ただ一つ。どうやら他の部位は自力で歩いて探すしかないらしい。でも今日はもう帰ろう。一日歩いて疲れてしまった。
休日にこれだけ話し込んだのは本当に久しぶりだった。名前を呼んで話してくれるカケルは、不思議と嫌いな存在ではない。それに、私が願ってしまった"何か"も一緒に探してくれるらしい。この契約が終わったら、私はその"何か"を得ることができるのだろうか。その何かを得ることで、自分の成長に"繋がる"ことを信じて、私とカケルは家に帰った。