約束と、悩みの多い道
5月2日(土)/昼
この町、私が住んでる前郷地区には人が集まる場所がほとんど無い。
人が集まる場所といえば小さな町病院しかないのだが、その町病院に来るのは余生を農業やゲートボールで楽しんで過ごすお年寄りくらいが薬を貰いに来るだけだ。今さら祠の力が欲しいという人はいない。
「こ、この町って、そんなに人少ないのか?」
今さらそれに気が付いたように口をぽっかり空け、確認するように私に問いかけた。
「今日の朝から散歩して、何人とすれ違ったか覚えてる?」
「1時間歩いて、5人ほど...」
すれ違った人数を覚えておけるくらいの人通りしかないこの町。
「この町の駅は無人駅。高校を卒業した数少ない若者はどんどん街を出ていく。中学校はもう学年1クラスが当たり前。さて、人はどこにいるんでしょうか。」
「こ、この町って、そんなに人少ないのか...」
「そ、そんなに驚くこと?そう、もうこの町は遊びに出かけるような家族や子供が少ないんだよ」
この町から全く出られないくせに、こいつは知らなかったのか。
「なんで若者はそんなに都に出たがるんだ?」
「さあ?確かに、なんでだろう」
中学生の時に行った東京への修学旅行で、あまりの人の多さに目が回った事を覚えている。私は生まれてからずっとこの町だっただけに、あの人の数は強烈だった。毎年この田舎を出て上京することを志す人が多いのは、修学旅行のせいだと思う。というか私も高校を卒業したらこの町を出たい。
「で、どうするの?」
「どうしようか」
「他に祠が出現しやすい場所はないの?」
「...思いつかん。やっぱり町をくまなく歩くしか、ないのか?」
「それは、絶っっ対に嫌」
万策尽きたというか、そもそも策らしい策なんて一個も無かったというか。初日にしていきなりどんづまってしまった。
「そうだ!スーパーとかなら人が来るだろ!そこに祠が現れるのを待つというのはどうだ!」
「スーパーに来る人が欲しいのは食材でしょ。祠に何願うことがあるの?」
「うう...」
何かないかずっと考えている様子だ。私は全く見当がつかないが。
「なら、繋がこの町の人にアンケートするのはどうだ?あなたの欲しい体の部位はどこですかって紙に書けば必然的に願うだろう?」
「誰がそんな恥ずかしいことするか!」
ゴンッ!ぷかぷか浮いてる歯に向かって左腕で正拳突きをかます。
「痛いっ!」
「そんな怪しいアンケート取ってたら変な目で見られるに決まってるでしょ!私のせいで家族にも迷惑をかけらんないっての」
「そうだよなあ」
なかなかいい案が出ない。やはりくまなく歩くしかないのか。
「でも、人がたくさん集まる場所に、祠が現れる確率が高いという僕の考えは、間違ってないと思うんだけどなあ」
「はあ、だから肝心な人がこの町にはいないんだっての」
「うぅ、すまんやすまん...」
今朝までの威勢はどこに行ったのか、口しか見えないのに、明らかにしょんぼりしているのが、下がりきった口角から分かった。意外と落ち込みやすいのねこいつは...
「ちょっと!急に弱気にならないでよ。初日からそれじゃ、いつまで経っても終わらないじゃん!分かったから!私もこの町で人が集まる場所は一緒に考えるし、学校はあるけど、部活には入ってないから帰りとかに一緒に探して...」
「うぅ、ありがとう。繋」
「...あ」
「...?どうした?」
人がたくさん集まらない場所。集まらなくても絶対に人はいる場所。
「分かったかもしれない。祠の場所」
「え?どこ?」
「行くよ!別の場所に行ってしまう前に見つけないと!」
「ま、待て!繋!どこに行く!」
私は家を飛び出し、いくつかある候補の場所へ自転車で急いで足を運んだ。口だけのこいつは私の腕に張り付き、黙ってついてきてくれた。
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複数あった候補の中から、2時間程かけて探し回り、ようやく目的の場所にたどり着いた。そうだ、最初からここを探せばよかったのだ。
「はあ、はあ、あった」
「おお、あった!あったぞ祠!確かにこれは僕の祠だ!!」
相変わらず、過剰に注連縄にぐるぐる巻きにされ、逆さまに地面に刺さっている木祠だった。
こいつは腕に巻き付きながら、誕生日プレゼントに欲しかったゲームを買ってもらった子供かのようにすごい喜んでる。出会ってから今までで一番の笑顔かもしれない。いや、きっとそうだ。
「何でここにあると分かったんだ?!すごい!すごいぞ繋!」
次はマジックショーを初めて見た子供みたいだな。口だけなのによくこれだけ感情が伝わってくるもんだ。なんか褒められてるこっちが照れ臭くなってくる。
早く祠を見つけられた理由を聞きたそうにしていたので説明をしてあげた。
「おほん。ここは滅多に人が通らないけど、一日に2回だけ人がたくさん通るんだよ」
「一日に2回とな?」
「うん。朝と夕の2回。ここは私が毎日通ってる前郷高校の通学路なんだ」
「一日2回だけたくさん人が通る場所。なるほど、高校生の登下校用の通学路か」
私は今は、この道を朝しか通らないが、長い一本道なのでたくさんの高校の生徒が利用していることを知っている。去年まで下校時にも利用していたが、同じ部活の者同士や、同級生と一緒になどで、家路に帰るまで、様々なことを話しながら下校している姿をよく見かけていた。
「この道なら友達と話すことに夢中で、祠を求めても、簡単に視界に入って見つけることはないと思ったんだ。それに、何かを考えるなら他に気が散ることが無い登下校中だってことは、私が一番知っているからね」
「そうだったな。繋が祠を求め、祠に気が付き、僕と出会ったのも、繋が学校から帰る途中の事だったか」
私が家の中で考えている時にふと思いついたのが、自分が祠を見つけた時の事だった。私が心の中で"何か"を求めたのは学校帰りの道だった。なら一番可能性が高いのは近くにある小学校や中学校なども含めた登下校の道だろう、と。結果は高校の通学路だったわけだが。
「確かに、悩み多き多感な学生たちが、誰にも聞かれず、友達にだけ自分の悩みを吐露する道か。ふん、全くその通りだな」
「本当にどうしようもない悩みから、自分の将来の進路の悩みまで、意外とこの道で未来を決めた人も多いんじゃないかな」
私にも、ここで将来を決める機会があるのだろうか。
「自分の悩みは自分で考えて解決するもんじゃないのか?なぜ他人に結論を委ねる」
「他人じゃないよ。友達。友達だから隠さず相談できるんだ。それに本当に欲しいのは、結論とか答えじゃなくて、ほんのちょっとの後押しだけなんだよ。」
自分の中学生時代を思い出し、懐かしくて和むような気持ちで語っていた。私もよく帰りに相談した覚えがある。相談というか、一方的に聞いてもらっていただけだけど。あの時は結局、結論も何も出なかったんだよな。
「友達か、封印されてたから考えたことなかったな。」
「ずっと一人だったんだもんね」
「じゃあじゃあ、そろそろこの祠の封印を解くか!」
早くしてくれと言わんばかりに声が一段高くなって催促する。右腕に張り付きながら、祠に近づこうと右腕を引っ張ってきた。こいつ少し動けるのか、、、
「やっぱりこれって封印されてるってことになるの?」
「見たまんま封印だろう。これだけ絞めつけられていて、開放的ってことはないだろう」
「じゃあ私は封印されるような危ない奴を、世に開放しちゃったって事?!」
「そういう事ではないと思うぞ。封印されてるものが、何でもない凡庸な人間に開放されるようなことがあったら、封印として意味を成していないし、大惨事だろう」
祠にジリジリと近づこうとする右腕を押さえながら、自分のしてしまったことが、悪いことなのではないのかと考える。今朝の悪魔の話といい、封印されるべくして封印されているのだから、開放してしまったのは、悪いことが起きてしまったら私の責任なのではないかと常々頭をよぎる。
「じゃあなんで今まで、こんなに注連縄にぐるぐる巻きにされながら、封印されてたの?」
「さあ、なんでだろう。気が付いた時にはもう封印されている状態だったから。覚えているのは自分の名前と、封印される直前の事と、この祠に関することだけだった。日の本をこれだけ自由に動けるようになったのは、実に三百年ぶりだ」
「さ、三百年!?」
こいつは江戸時代からこの町に封印されていたのか。悪いことをしたから封印されてしまったのかどうかは、私は知らない。まだ昨日出会ったばかりだが、あまりにもこいつの事を知らなすぎる。得体の知れなさすぎる者と繋がってしまった。
「僕が、なんでこの町に存在しているのか、知りたい」
こいつも自分の生い立ちに関して何も分かっていない。
「僕は自分が何者かも、なぜバラバラに封印されているのかも分からないけど、悪事を働き封印されているんだと、決して思いたくないんだ。僕は自分がなんで封印されてしまったのか、本当の事を知りたい」
表情が見えないため、どんな顔をしているか分からないが、きっと心からの切実な願いなのだろう。
「何勝手に契約の内容増やしてくれてんの。その願いも私が叶えてあげないといけないんでしょ」
「別に契約の内容に付け加えたわけではない。これは僕の単なる思いだ。僕が勝手に解決することだ」
単なる思い?体を探してくれって頼まれた時よりも、真剣に悩んでるじゃない。
「いいよ」
「え?」
「そのお願いも叶えてあげる」
「...本当か?」
「答えが出るかどうかは分からないけど、体を見つけるまでは一緒に考えてあげる」
「...僕が、こんな祠に封印された理由を、一緒に考えてくれるのか?」
「うん」
「...」
どんな表情をしているのだろうか。こいつの今の顔を見てみたいと初めて思った。
「じゃあ、封印を解くよ」
右腕が引っ張られるように動き、祠にできた窪みに手を合わせる。
「嬉しいなあ。人間にこんな風に親切にされたのは、いつぶりだろうなあ」
祠を絞めつけていた注連縄が緩み、格子戸が開く。
「いつぶりって、たった三百年ぶりでしょ?」
「三百年をたったとは、きっと繋の寿命の三倍以上は生きているぞ」
「願いを叶えるまでは死ねないって?」
格子戸から出てきた妖しい光の縄が、私の右腕に巻き付く。
「なあ繋。僕たちは契約者だ」
「分かってるよ。あんまり、苦労させないでね。疲れるのは得意じゃないんだよ」
「ああ、分かっている」
右腕から光の縄が解け、空に落ちるようにゆったり浮かび、目の前で止まる。
纏わりついていた光の霧散に思わず目を閉じる。
夕日に照らされ、静まり返った毎日通う高校の通学路。
光が消えてたことが瞼越しに分かり、ゆっくり目を開ける。
目の前で浮かび、私を見ている顔。相変わらず体はない。だがそれ以上に私の目を引く、綺麗な顔をした少年の姿がそこにはあった。
「よろしくな。繋」
夕日に照らされた明眸皓歯、朗らかで優しい笑顔。私はその笑顔に思わず目を引かれる。こんな笑顔で頼まれれば、私は絶対、こう答えざるを得ない。
「よろしくね。カケル」