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Invisible Body   作者: 阿久
3/11

突き付けられた契約

5月1日(金)/深夜


 「ん、あれ」


 私は気を失って倒れてしまったらしい。

 倒れた私に寄り添って寝てるマシと、天井にぶら下がった電球が、仄暗い月夜の光に反射し照らされているのが見えた。

 

 「何があったんだっけ」


 まだ目覚めたばかりの朧げな頭で記憶を辿る。


 「そういえば、不審者が、私が一人で家にいるところを狙って、窓越しに喋りかけるように迫ってきて、怖かった私は自転車で逃げようとしたけど...」


 逃げようとしたけど、、足を踏まれて、動けなくなって。


 「あれ?私結局逃げれてなくない?!」


 飛び起きた私は急いで自分の体が無事かどうかを確かめた。

 服もはだけていない。変な汚れもついていない。どうやら襲われたわけではないらしい。

 私は自転車を足で挟むような体勢で倒れていた。


 「痛ったた...」


 自転車を巻き込み倒れた時に、地面と自転車に挟まれた右足を怪我したらしい。内腿が少しだけ切れている。特に目立たない位置なだけ、まだマシだな。

 内腿の切れた傷を押さえながら、もう一度思い出してみる。


 「そういえば、あいつなんか私に言ってたよな。『お前の願い事を叶えに来た』とか、『お前を食べたから逃げても無駄だ』とか。」


 そして私は思い出した。もっともあり得ない光景。この世にあってはならない、人の形を成していない造形。耳元でささやかれ、振り返った私は、口だけが、鋭い歯を剥きだしにして浮いていることに驚いて倒れてしまった。


 「あれは人じゃなくて、幽霊、、、だったのか。うわあ、怖いもん見ちゃったな。本当に、幽霊なんているんだ。今まで信じてなかったけど、あんなはっきり見えちゃたらな。」


 怖いものを見たという恐怖感と、いまだ信じられないという懐疑的な気持ちが入り混じり混乱している中、また自分に言い聞かせる。あれはきっと、見間違いなんだと。


 「うん。私は、やっぱり幽霊なんて見てな――――」

 「そう、幽霊なんてものは現れてはいない。お前の前に現れたのは僕だ」

 「ひゃっ!」

 

 姿は見えないが近くからさっきの幽霊の声がした。

 

 「どっ、どこ?!」

 「お前が寝ている間にずいぶん体に慣れたな」


 姿は見えないが、声の位置はやっぱり近い。まるで、すぐそばから聞こえてくるような。


 「おい。こっちを見ろ」


 声が、自分の腕から聞こえてくる。そんなことありえるはずないし、まったくもって理解できなかったけど、恐る恐る自分の腕を見る。そしてそこには、、、


                     ない


                    ないない


ないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないなないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないなないないないない!!!!


 「ありえない!!」


 倒れる前に見たあの口だけの化け物は、私の前腕に溶け込み、こちらをにたりと笑っていた。私の腕を裂くようにして口の形が成形されているのに、不思議と痛みは全く無い。


 「ようやく目が合った。いやでも、お前から見えてるのは口だけだから、実際には合ってないんだな。ここまで長かったぜ。それと、お前って意外と怖がりなんだな。大丈夫かなこれから。初っ端から心配だぜおい」


 私の腕にできた口はあろうことか喋っていた。幻聴と言い張るにはあまりにもはっきりと、長々と喋っていた。


 「いやあああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」


 「おい、うるさい!近所迷惑だぞ。落ち着け。話を聞け。もう逃げたって無駄なんだぞ!」


 私が口を閉じる間もない間に、というかずっと驚きすぎて閉じることができなかったのだが、私の腕から延々としゃべりかけている。


 おかしいよね、やっぱりまだ夢見てるの?私の想像力なのこれ。私の腕から口が生えてる?


 恐る恐る確かめるように、自分の腕でもぞもぞ動いている口に、手を伸ばす。


 「ん?どうした?まだ信じられないのか?」


 ガチッ


 「い、痛いっ」


 自分の前腕が自分の指を咥えて離さない。前腕にあるこの口が、表面に浮かんだただの幻覚ではないことを、その事実を伝えていた。


 「もう、分かったから。早く離して!」


 自分の腕から、腕にできた口から、指が離された。しっかり歯形が付いている。


 「まあ普通にはあり得ないことだからなあ。でもいい加減認めてくれよ。目が覚めても何をしても、僕とお前はもうしばらくは離れることができないんだ。物理的に距離ができても、もう、"願い"で繋がってるからね。」


  願った覚えもないのに、口はつらつらと語っている。


 「ね、ねねね願い?願いって私は何も、、、」

 「願いだよ。お前が僕にだけ言った願い。お前は、僕の祠にお供え物をし、手を合わせ、口に出して、『私に、他の人とは違う"何か"をください。』と言った。そんな意味不明な願いだが、切実な願いを叶えに来たんだよ。そしてそれは同時に、僕とお前の繋がりになった」

 「意味不明なお願いって、、、」

 「曖昧でいつ終わるのかも分からないくらいの雑なお願いだったが、確かに契約として僕とお前との間に成立したものがある」


 確かに私の願い事ではあるが、こんな腕になることを望んだことではない。


 「でも、だからって私の腕にくっつく意味は、無いんじゃないの?」

 「ああ、腕に張り付く意味は全く無いね」

 「張り付くって、これはもう、どうみたって同化してるでしょ?」

 「物理的に距離ができてもって言ったろ?俺は好きなように離れることができるんさ」


 そういうと私の腕に張り付いていたらしいこの"何か"は、私の腕からスゥっと剥がれ、私と同じ目線の位置で止まった。


 「ひいっ!」


 「ほら」


 右腕にはもう口は無かった。手でさすっても何も変わらない、私の腕だ。


 「で、一応契約は成立したんだが、僕はまだお前の名前を知らない。そろそろちゃんと、名前を教えてくれないか?」


 空中でパクパク動いている口を見ながら話を続ける。


 「名前を他人に聞くんだったら、まずは自分から名乗るものじゃない?」

 「へえ。なんか急に冷静になったね」

 「一周回って慣れてちゃっただけ。まだ夢だと思っている部分もあるけど。だってこんなこと、ありえないし」

 「まあ、現実逃避しても変わらないのだから今は認められなくても、それでもいい」

 「で、結局、あんたの名前は何なんだ?でなきゃ名乗らない」


 慣れたと言いつつも、若干震えた声で"何か"に名前を聞いた。


 「では自己紹介としよう。僕の名前は"歯牙(しが) カケル"。歯と牙の二文字でシガと読む。なんて安直な名前なんだろうと思うが、これ以上に今の僕の姿を表した名前は無いな。理由あって今は口しかない状態だが、お前は僕の契約者だ。これからよろしく頼むぞ」

 「()()口しかない?もともと口だけの存在なんじゃなくて?」

 「そうだ、僕にはもともと全身の部位がちゃんとある。今、口しかないのにもそれなりに理由があるのだが、それはまた追々分かってくるだろうよ。で、お前の名前は?」


 名乗られたのなら、自分も名乗るしかない。


 「上井(かみい)、、、(けい)。上の井戸に繋がると書いて、カミイ ケイ」

 「ケイか、繋と言うのか。あまり女の子らしくない名前だな。まあ容姿も似たようなものか。不良みたいな姿だからな」

 「う、うるさいな」

 

 名前は昔から男っぽくて勘違いされたことは何回もある。それこそ慣れてしまってから大丈夫だが、容姿も一緒に言われると何かカチンとくる。というか容姿に関しては初めて言われた。


 「んなっはっは。気に障ったか。すまんやすまん。気にしてたのは、名前の事か?容姿の事か?」

 「見た目はいいんだよ。私が自分で髪を染めて、好きでこうしてるんだから」

 「ほう、それは染め髪か。まあどうでもいい」

 「、、、、」

 「どうかしたのか?」


 聞いておいてどうでもいいとか。やっぱ頭に来る。


 「あんた、私と契約して何がしたいの?呪いとかだったら、受け入れないよ」


 最初から聞きたかった本題を私は尋ねた。望まざるとも契約をしてしまったらしいが、ならその契約の内容は何なのか、知っておかなければならない。


 「呪いを受け入れないと言って、その通りになれば、呪いなんて成立すらしないんだが、まあこれは呪いじゃなくて契約だからね。簡単に言うと、願いの叶え合いっこだよ」

 「叶え合いっこ?」

 「そう。僕が繋の願いを叶える。だから、繋は僕の願いを叶えるんだ」

 「私があんたの、願いを?」

 「歯牙 カケルだ」

 「え?」

 「僕の事をあんたって言うのはやめだ繋。もう名前は教えたんだから」

 「...」


 正直、さっきから話してるだけで怖すぎる。口だけで生きていられる理由が分からない。


 「その、口だけでいるのってどうにかならないの。やめてほしいんだけど」

 「いきなり僕に慣れろってのも、無理な話なんだよな。でも慣れてくれなきゃ僕の願いを叶える事ができない。」

 「だから、その願いって...」


 「僕と一緒に、僕の体の部位を全部集めてくれ。」

 

 「体の...部位?」

 「そう、今は口だけだが僕はもともと全身の部位はちゃんとあったんだよ。繋には僕の体を僕と一緒に集めてほしい。それが僕の願いだ」

 「でも、体の部位なんてどうやって見つければ」

 「大丈夫。繋は僕が外で活動できるようにするための宿主になってくれればそれでいい」

 「体を探すときに、借りるっていうことね。それって私の体に憑依するって事なの?」

 「いや、さっきみたいに体に入り込ませてくれればそれでいいさ」

 「それだけで、自分の体見つけられるの?」

 「もう一つお願いがある。祠は一緒に見つけてほしい。」

 「祠って、あの注連縄でぐるぐる巻きになって逆さに刺さった祠?」


 私が今日の帰り道に初めて見つけた祠。今までは暗くて見えなかったのか、普通に気が付かなかっただけなのかって思っていたが。あれはやっぱりただの祠ではなかったらしい。


 「僕の体は、それぞれの祠の中で封印されている。あの祠は誰にでも見つけられるわけではない。見つけることができる人とできない人がいる」

 「私はたまたま見つけることができたって事?」

 「しかし祠はそこら中にある。求める人の数だけある。条件さえ整えば誰にでも見つけることはできるんだ。」

 「求めるって、私は別に求めてないって」

 「求めたんだよ。求められた結果僕は繋の前に出てきたんだ。まあ、そこで契約の条件が整うかどうかは流石に運なんだけどね。条件というより、大事な儀式って方が正しいね」

 「大事な儀式って、私がその願いを口に出し、お供え物をして、手を合わせたから、たまたま整ったの?」

 「それはただの礼儀であり、作法だ。僕はそんなことは気にしない。僕の言っている大事な儀式は、願った者の体の一部を食べることだ。僕は繋の一部を食べたから契約が成立したんだ。」

 「その私の体の一部というのが、右腕」

 「違う。そこはただ僕が契約の成立を確認するために入っただけ。僕が食べた君の一部というのは、繋の唾液だよ。」

 「唾液...」


 唾液。私が窪みにはめ込んだ飴玉に付いていた私の唾液。私の体から作られたものであり、立派な私の一部なんだろう。


 「唾液って、飴玉の周りについていただけじゃないか。そんな少量で契約できちゃったのか?」

 「むしろ唾液ってのは僕の口の部位と関係が深い。だから少なくてもいけたんだよ」

 「それで私との契約が成立しちゃって、私の家まで来たって事か」

 「そういうことだ」

 「祠を見つけたことも、祠に飴をお供えしたことも、祠で唾液を食べさせてしまったことも、ただの偶然だよ」

 「だがその偶然によって僕はこうやって繋との契約が成立し、自分の体を取り戻す機会を貰うことができた。繋にはこれでも、とても感謝している」


 口だけの得体のしれない者に、礼を言われた。いつの間にか震えは収まり、普通に会話することができている。ここはもう夢ではないと認め、慣れたのだろう。


 「体を全部探すことができたら、繋の願いを叶え、契約を全うしたこととし、繋からは離れよう。約束する。」


 しばらく一緒にいなければいけないってことだよね。なんてことだろうか。


 「じゃあ、体を探すのは明日からでいい?もう今日は夜遅いし、明日はちょうど土曜日で学校は休みなんだ。今からやる理由もないでしょ」

 「ああ、それでいい。よろしく頼む」


 理解と協力を得ることができたことに安心したのか、口しか見えないが、口角が上がり、少し笑っているのが見えた。


 正直、自分の中で昂る感情がある。変わり映えのしない日常に唐突に訪れた、生物でない存在との遭遇。気絶から目が覚めてから一気に周りの空気が変わった。家にいるのに、もうそこですら新鮮に感じて。


 「何か他に聞きたいことはあるか?」

 「私には口だけの姿に見えるけど、他の人にはどんな風に見えているの?」

 「僕の姿は他の人に見えている」

 「ああ、またベタな結論なんだね」

 「幽霊とかじゃないからね。霊感無くても見ることができるのさ。それにみんなに見えない祠だったら、全く意味ないしね」

 「幽霊でもないって、結局なんなのさ」

 「強いて言うなら...分からない。何なんだろうな」


 えらく溜めて言ったその言葉からは、結局答えは出ず、その後の追及もしなかった。追及が怖かった。漠然とし過ぎている。本当に人間ではないのだ。


 歯牙との契約の内容を聞かされ、強制的に手伝わされることになったが、正直どうすればいいのか全く分かっていなかった。まだ月夜に照らされている豆電球から、自分の体勢を見直し、まだ横たわっていた自転車を起こして家の中に入った。マシはもう犬小屋に戻ったのか、姿はどこにもなかった。

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