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Invisible Body   作者: 阿久
10/11

少し違う

5月4日(月)/夕


 一人学校の裏で歌の練習をしていた後輩の彼女から話を聞くために、私たちは放課後まで待って、部室に誰も居なくなる頃を見計らってから音楽室に入った。


 「ここならもう今日は誰も来ない筈です。―――すみません。先輩も今日は学校に用事があったんですよね」

 「いや、別にいいよ。私にとっては学校の補習なんかより、祠に関しての方が重要だからね」


 数日前まで、まさか私がこんなことを言うようになるとは思ってもみなかった。祠なんて今まで17年間生きてて一度でも気にした事ないのに、今は何よりも祠という言葉にアンテナを張っている。


 「先輩にとってそんなに、気になることなんですか?―――あの祠の事が」

 「まあそれなりに、というか、かなり気になっている、かな?」


 この後輩が持っているというカケルの一部。それが本当の話だったら、私はこの後輩から返してもらわないといけない。私とカケルの契約こそが体の回収なのだから。


 「あの、先輩は祠に関して、どこまで知ってるんですか?」


 恐る恐る彼女が聞いてきた。

 どこまで知ってるのか、か。いきなり困る質問が来た。正直私は祠に関して何も知らない。その中にいた本人も知らないんだから、三日前から知り始めた私がその質問に答えられるわけがない。むしろ私が根掘り葉掘り聞きだしたいくらいだ。


 「あーーっと、いろいろ知ってるって言いたいけど、全然知らないってのが本当の所なんだよ。目的があって調べようとしてるのは本当だけど、実際、私以外に祠を見つけた人と出会ったの、君が初めてだもん」

 「そ、そうなんですか。あの、先輩は口ぶりからすると、見つけた祠の中身を、自分の身体に宿している、という事ですよね」

 「うん、そうだけ―――」

 「私みたいに体の部位を!祠の中身と!交換してしまったという事ですよね!」


 ついさっき知り合ったばかりの後輩に急に詰め寄られ、今日一番大きい彼女の声に私は驚いてしまいのけぞってしまったが、今何か、それよりも驚くべきことを唐突に告げられた気がする。なんだって?身体の部位を、交換?何のことだ?


 「え?いや、それは、知らないけど。体の部位を、交換?って言った?今」

 「宿してるんですよね。その体に」


 確かに私は自分の体に祠の中にいたカケルを宿している。いや、私のこの状態は、宿しているというのだろうか。正確に言うと、寄生されていると言った方がいいのかもしれない。だが確実に言えるのは、私はカケルと自分の体を交換したことは絶対にない。私の体は今も五体満足+無駄に頭が余るくらい、しっかり揃っているのだ。もし、頭を交換してしまったら、今の私のこの体にカケルの頭が乗っかっているはずだ。なんて醜い光景だろう。アンバランスすぎる。


 「先輩は本当に、何も知らないんですか?これを宿したら、宿してしまったら、宿した本人がどうなってしまうのかも」

 「し、知らない。宿したら、どうなるか?・・・ごめん。分からない」


 どうやら、私よりも彼女の方が祠の事を知っているらしい。

 彼女はきっと祠に出会ってから、何かしらの変化があったんだ。彼女を見て私はそう感じた。


 「知らない。そうですか」


 少し失望落胆した彼女は、私から離れて音楽室のステージの上に登った。なぜ彼女がそこまで肩を落として悲しい様子になるのか、この時の私はまだ理解ができていなかった。


 「先輩、私、今からここで歌っても、いいですか?」

 「は?歌?」

 「う、歌えば、歌っているところを見てもらえば、少しは私の体の事が、分かると思います」

 「それは、いったいどういう・・・・・いや、いいよ。歌って」


 さっきから彼女に圧倒されてばかりで、私の方はめっきり着いていけていない。

 今はもう、グダグダと時間使ってしまうのはやめよう。一度彼女に任せてしまおう。結局これからどんな状況になっても私の脳が追い付けないのは分かっているのだ。こういう時こそ、頭の回転を一度リセットすればいい。どうせこれからまた困惑するのは分かっているのだから。


 「あ、そういえば。私の名前は上井(かみい) (けい)。三年生だよ」


 一呼吸おいてから、私はまだ自己紹介をしていない事を思い出した。


 「上井 繋先輩ですか。やっぱり」

 「やっぱり?」

 「あの、実は私、先輩のこと知ってました」

 「あ、そうなの?実は私って有名?」

 「この学校で、先輩みたいに髪染めてる人、他にいませんから」


 なるほど。それは確かにもっともな理由だった。多少先生に気づかれない程度に茶髪に染めてる生徒が他にはいれど、私程までがっつり染めてる生徒はいない。


 「要するに、私はこの学校で悪目立ちをしてるって事か」

 「いえ、決してそういう意味じゃ。あの、すみません。―――先輩ってその、不良、じゃないんですか?後輩の私たちは大体、先輩の事を"不良の怖い先輩"だと思っているんですが」

 「髪を染めたら不良って考え、やっぱり田舎だけだよ。都会に行ったらそんな目じゃ見られないのに」


 私が髪を染めたのは、何でもいいから自分に個性が欲しかったから。好評でも悪評でもいい。前途有望な若者だと思われている内から、自分に合った何かを見つけたい。そういう思いだった。髪を染める以外の事も、中学生の頃からいろいろやった。そこだけ見れば、私は行動派の人間かもしれない。

 しかし私はいつの間にか、個性も面白みも無い、行動もしない人間になってしまった。

 だが、今中(いまちゅう)の今というか、ほんの三日前からの私は、中々他の人には無い個性を持っている。念願の個性、と言いたいところだが、とても喜べる代物ではない。

 自分の体に人の体が宿っているという個性。正直この個性があったところで、将来何の役に立つというのだろう。それに、その念願の個性はすでに私だけが持っている個性ではなかったようだし。


 「あの、私の名前は枯芝(かれしば) 美来(みらい)です。枯れた芝生に、美しい未来で枯芝 未来です」

 「枯芝 美来ちゃんね。よろしく」


 私たちは出会ってから、正確に言うと知り合ってから数時間経ってようやく、お互いがお互いの名前を知った。部活や生徒会も入ってないから、後輩と知り合う機会がほとんどない。もしかしたら、いや、もしかしなくても初めての後輩の知り合いだ。

 私は少し、嬉しかった。

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