1…始まりの前
真っ黒な空間で、声が聞こえる
子を寝かしつける母のような、優しい女の声で
うば………うば………うば………うば………
子を叱る父のような、厳しい男の声で
まも!まも!まも!まも!
優しい声と、厳しい声を、交互に、延々と、聞かされる
そして、いきなりチャンネルが変わるように場面が変わり
フードを目深に被った老婆が、口元をにやけさせながら、指を指してくる
パッと目が覚める
時計を確認する、時刻は5時
横を見ると、子供と嫁が、いつものように寝ている
以前は嫁に起こしてもらわないと起きれなかったのに
この夢を見始めてから寝起きがすこぶる良くなった、それだけはちょっと嬉しい
でも、毎日同じ夢をみるなんて異常だし、起きる時間も毎日同じ、
最初めちゃくちゃ怖かった、そりゃもうネットで検索しまくった
勿論精神科にも通ったし、有名な霊能力者って奴らにも会ってみたりもした
結果なんの意味もなかった
高い金を払って糞みたいなアドバイスと、
ひたすら「はっ!」とか「えい!」とか「出てけ!」って言ってるのを聞いたり、塩や水をぶっかけられたりしただけだ
毎日にやけ面のばばあを見て起きる、
悪夢以外何て言ったらいいのかわからない
聞こえてる声も意味がわからない、うるせぇだけだ
てか、いつも思うけど最後まで言えよ
うば…うば…
まも!まも!
赤ちゃん言葉かコラ!むかつくな!俺の娘のほうが喋るの上手だぞ!
朝の支度をしながらそんな事を考える
一年間同じ夢を見せられ頭がおかしくなったのか
今は、朝早く起きれるからいいや位の気持ちである、
むしろ一年間も聞かされてるんだ、そろそろなんかあってもいいんじゃないかと期待している
いきなりだが、朝早く起きると暇だ、身体を動かしたくなる
夢を見て早起きできるようになるまで、ほとんど考えたこともなかったし、仕事をするようになってから運動なんてしてこなかったが
今からランニングと筋トレの時間だ
夢を見始めてからの朝の日課として毎日続いてる
小学生の頃から高校まで剣道をやって三段まで持っているし
高校のとき喧嘩でぼこぼこにされて
強くなるために空手をやっていたので鍛え方は知っている
友達には病気か心配され
「朝鍛えてんだよ、朝っぱらから運動すると気持ちいぞ」と伝える
前は顔もパンパンでビール腹だったのに全然違げぇな
リアルでラ◯ザップのCM見てるみてーだわと苦笑いされている
一通り朝のトレーニングを終え、シャワーを浴び、スーツに着替え、家族で朝飯を食べ、歩きで会社に行く
仕事はいつも同じ繰り返しだ、つまらないしやりがいもない、なんの代わり映えもない
そのくせなぜか残業が多い、定時で帰りたい、
そしていつもの残業をして会社をでる
帰宅していると、ふと違和感を覚え立ち止まる
「ああ、街灯が切れてんのか」
所々街灯がきれていて、何時もより暗いし、人通りもない
「街灯ってどこが管理してんのかしらねぇけど、しっかり仕事しろよ」
たぶん暗いからこの道をいつも使ってる奴らはびびって違う道通ってんだなと一人納得する
人が居ないことを良いことに吉◯三っぽい感じで歌いながら歩きだす
「あ~そうしましょっ!そうしましょっ!そうしましょっ!たらそうしましょっ!」
気持ちよく歌い終わったとき、足音が聞こえる
あ、これ後ろついてきてる人いるじゃん、と物凄く恥ずかしくなり
気まずくて後ろを振り返れない
あー恥ずかしい、絶対クスクス笑ってんだろーな、動画とか撮られちゃってたらどうしよ
あそこ曲がっちゃうか、と夜には絶対通らないような、細い路地に逃げるように入る
路地に入ると声が後ろから聞こえてきた
『うば…』
『まも!』
は?
マジ?
夢の中の声聞こえちゃったよ
ここで振り返えったらババア来ちゃう系?
ババアに備え、覚悟を決め、ばっ!と振り返る
そこには、帽子とマスクを着け、右手に包丁をもった、
THEコンビニ強盗風の男が、ビクッとしていた
「か、か…金だせ…」
ここで普通だったらすぐ財布を差し出し
顔を見ないようにして強盗が去るのを待つだろう
でも普通じゃなかった
一年間ずっと夢で聞かされ、悩んで、色んなことを試し、結局害はないと受け入れて、早起きできるからラッキーなんて考えて、最近なにが起こるのかワクワクしてたそんな矢先のことである
夢の声が聞こえて、普通でいられる訳がない
だって夢じゃなく現実で聞こえちゃったんだもの
そこで振り返ったらババアいるのが普通じゃね?
めちゃくちゃでかい声で
「そこで!ババア登場じゃねーのか!!ぶち殺すぞ!!」
と叫んでいた
!