第2話 この世界
この街…この世界に転移してきて既に数ヶ月が経っていた。この数ヶ月でわかったことが色々ある。まず、ここが俺が元いた世界ではないということだ。突拍子がない話かもしれないが事実のようだ。
その理由だが…
一つ、世界が陰に侵食されていない。
これは元の俺の世界ならばあちらこちらで様々な物や生き物が陰に侵食されていたからだ。
二つ、この世界では俺の知らない魔法が存在する。正確には俺の知らない魔力が存在し、俺の体内を巡る魔力が存在しない。
三つ、この世界の人間は食事や睡眠など様々な制限を持っているようだ。それに、感情を制御するのが不得意らしい。
この三つがここを異世界だと考える理由だ。特に二番目の理由が強い。魔力は世界中に満ち満ちているものだ。他の大陸に転移したくらいでは何も変わらない。それなのに魔力が違うと言うことはここが元いた世界ではないと言うことだろう。
そしてこの男、魔力が回復せずスッカラカンなのである。
それが原因かわからないがボックス(鞄)が開けなくなっている。火龍の血やら予備の装備などが入っていたのに出せなくなってしまった
ため息を一つついてからアスターは今日を生き始める。
*
「あ、おはようございます。アスターさん。」
そう声を掛けてきたのはあの受付嬢だった。
「ああ…。すまないが、この依頼を頼む。」
アスターは一ヶ月の間読み書きの練習をした結果一人で依頼表を読むことができるようになっていた。
アスターが手に取った依頼は「街の清掃」「行方不明の猫の捜索」「薬草の採取」etc…。
「でたよ、ギルドの面汚しが」
「子供のおつかいじゃないんだから討伐依頼の一つでもやれよな」
声を出した二人組はギルドランクDのガララック兄弟。前衛同士のチームだがそれなりに成果を挙げている。
ちなみに、ガラが弟でラックが兄の双子の兄弟である。
「…………。」
アスターは自分がギルドの面汚しであると考えたことがない。なぜなら、雑用のような依頼だとしてもそれを必要とする人がいるからこそ依頼としてギルドに張り出されているのだ。需要と供給が成されるところに恥などということはない。
そんな二人をアスターはただただ可哀想な物を見る目を向けるだけだった。
「その目をやめろ!無性に悲しくなっからよぉ!」
それにアスターは食事を必要としない。加えて、トレンチコートはすでにボロボロになったので捨ててしまったが中に着ていた月光シリーズの装備があるために衣服なども必要としない。そのため、金がかからない故に依頼のランクが下がってしまう。
アスターは依頼表を受け取りギルドを後にした。
「ちっ、あの野郎討伐の依頼でもやりゃあ、すぐに上のランクに上がれる実力があんのに勿体ねぇよな。」
「まあ、俺たちがあいつに初めて会った時にボコボコにされたからなぁ。」
*
「依頼を受けてきた冒険者だ。誰か居ないのか。」
アスターはギルドの依頼で教会に来ていた。
依頼の内容は迷子の猫を探し出して引き渡すこと。
「……。」
返事がないのでアスターは教会の中で待つことにした。
教会の中は妙に物静かで人の気配を感じさせなかった。ステンドグラスから差し込む光は御神体と思われる像を照らしている。アスターは何も感じなかったが胸の奥が暖まったような気がした。
「あら、どなたですか?」
振り向くと目元まで隠すフードを被ったシスターと思しき女性が現れた。
「冒険者だ。依頼の猫について話を聞きに来た。」
「あらあら、お話なら奥のお部屋へどうぞ、こちらです。」
ふと見ると、シスターの背後から10人程の子供が見える。少し痩せており、皆少し怯えているようだった。
「あなた達は部屋に戻って遊んでいなさい。」
子供達は足早に去っていった。数人はアスターに興味があったようだが、ほとんどの子供は恐怖を覚えているようだった。
「申し訳ありません。あの子達は大人との交流がほとんどない孤児です。失礼な振る舞いも多いことでしょうが大目にみてください。」
頭を下げるシスターの姿からは何か冷たいものを感じた気がしたがアスターはそれが何かわからなかった。
「それで猫についてなのだが。」
「はい、お伺いします。と言っても、依頼書に書いてある以上の情報は殆どないですが。」
「猫とはどんな動物か教えてほしい。」
「………。」
「………。」
しばしの沈黙、先に口を開いたのはシスターだった。
「猫をご存知ないようでしたらこの絵をどうぞ。」
シスターが取り出したのは猫の絵であった。
「この猫が依頼の猫です。色は黒く、少し小柄で高いところを好みます。警戒心が高いので見つけてもすぐに近づいては逃げられてしまいます。」
「他に習性などを教えてくれ。」
「はい、うちの猫はここら一帯のボス猫なので道の真ん中を堂々と歩いたりします。それから……………。
〜〜10分後〜〜
「情報をありがとう。」
「いえいえ。」
シスターは始めより表情が柔らかく、にこにこしていた。
「…?どうして笑顔なんだ?」
「あっ、すみません。迷子の猫を探すだけなのにこんなにも真剣に話を聞いてくれる冒険者さんがいるとは思わなくて、少し嬉しくなってしまいました。」
依頼を真剣にやらない者などいないだろうに。このシスターは何を言っているんだ?
アスターは知らなかったが低ランクの依頼は労働量に比べて報酬が少ない上に戦闘が無いために人気が無く、依頼を受ける冒険者は総じて不真面目に仕事をするのだ。
「……そうか。俺は猫を探してくる。」
アスターは教会を後にした。
「ふふ、面白い方が冒険者にもいるのですね。」
アスターが出て行った扉に向かって微笑んでいると扉が開いた。
「シスター…さっきの人帰った?」
「怖い人だった?」
「さっきの人冒険者だよな!いいなー!かっこいいなー!」
扉から入ってきたのは年長の子供3人だった。
「ええ、先ほどの…そう言えば自己紹介などもまだでしたね…、依頼が終わる時にまた来るでしょうからその時にしましょう。」
シスターが和かに話すのを見て子供達は驚いていた。子供達に対してはいつも和かなシスターだが、大人に対しては感情を出さないシスターが笑顔で大人の人の話をするのだ。
「次に来た時は俺もその人と話したい!」
「わ、わたしも…。」
「ぼ、僕もどんな人か興味ある。」
「なら、その時には彼に頼んでみますね。」
アスターがこの教会を再び訪れるのはこの二日後になる。