王女の怒りと国王の憂い
「ですから、なぜいけないのです!」
神聖な黄金の間に、怒号が響き渡った。
黄金の間に相応しく、一面を眩い金で覆われた絢爛な部屋。
赤い絨毯の敷かれた中央で立つのは、部屋には似つかわしくないくたびれたドレスをまとった少女だった。
日に透かせばさぞかしい美しい白金の髪を結えもせず、背に流したままの姿なのがとてももったいない。
彼女は、毅然と玉座にいる国王を見上げた。
「わたくしがなんの教育も受けていないからですか? それとも、呪われているからですか? 王女であるというだけで虐げられるのですか? この身に流れるのは、ほかの兄弟と同じ尊い血のはず。わたくしは、王族の端くれとして、権利を主張します! ええ、主張しますとも!」
同世代の子と比べると小さく、息を吹きかければ簡単に倒れてしまいそうな細さだったが、大きな紫の双眸だけが爛々と輝く。
父である国王にも、母である正妃にも似ていないその色。
今は亡き王太后の色を濃く受け継いだ王女を一瞬、眩しげに見やった国王は、けれどすぐに興味を失ったように目を細めた。
「よくさえずる鳥だ」
「……っ」
少女――アンレッティの顔が怒りと羞恥で真っ赤になった。
居並んだ近衛兵や侍従から密やかな笑い声が漏れる。
王女だからと侮り、嘲笑を唇に張り付ける彼らを睨めつけたアンレッティは、心が折れることはなかった。
「陛下。――いえ、あえてお父様と呼ばせてもらいます。こんなことがなければ、死ぬまでお会いすることがなかったお父様」
皮肉るように口の端を持ち上げたアンレッティは、続けて言った。
「なにもしてくださらなかったお父様をお恨みしているわけではありません。わたくしはただ生きたいのです。そのささいな望みさえも叶えることはできないのですか?」
「そなたの望みは途方もない。第一、今更、呪いを解いてなんの利がある? そなたのその細い腕と、空っぽの頭でなにができる?」
「では、機会を与えてください」
「機会、だと?」
「わたくしはこのままなにもせず、死ぬのは嫌です。なれば、最期まで醜くあがいてみたいのです」
「――なにを望む?」
国王が静かに問いかけた。
「手始めに、玉藍子になります」
「すでにその地位は埋まっている。それに、十六を迎えなければその座に就くことは適わぬ。まして、そなたは……」
「いやですわ、お父様。考え方が古くていらっしゃる」
国王の言葉を途中で遮ったアンレッティの目がきらりと光る。
「こほんっ。いいですか、お父様。今は適材適所の時代ですわ」
「適材適所、だと?」
「ええ。能力があれば、貴族も平民も、性別や年齢ですら関係ありませんわ。隣国では、すでに女性の官吏もいるというじゃありませんか。大陸の模範となるべきセルヴィアス王国が後れを取ってどうします。なんの努力もなしに与えられる地位に貴族が居座るから、この国は発展しないのです」
「閉じこもっていた王女に何がわかる!」
「王族の証すらないあなたに、発言権などあるものですかっ」
アンレッティの暴言に、わずかに部屋に残っていた重鎮たちが堪らず怒りの声を上げた。
そうだ、と賛同する声が次々と上がる。その中には、居並んだ近衛兵たちもいた。
彼らは、国王がいなければ襲いかかってきそうなほど、ぎらついた目でアンレッティを睨みつけていた。
けれど、つんと愛らしく顎を持ち上げたアンレッティは、突き刺すような視線をもろともせずに平然と口を開いた。
「外の世界にでなくても知っていますわ。わたくしに残酷な運命を教えてくださった魔導師様が、親切にも水鏡で見せてくれたのです。絵物語とは違う現実を、ね。あなた方こそ、しっかり見ていますの? 今ある豊かさは、民のおかげ。それを軽んじては、よい国は作れませんわ」
「なんと生意気な!」
「さすがに口が過ぎるのでは?」
王ばかりか自分たちも貶める言葉に、顔を真っ赤にして声を荒らげる彼ら。
まさに一触即発。
それを押しとどめたのは、すっと片手をあげた国王であった。
静まれ、という合図に気づいた重鎮たちは、顔色を変えると口を閉ざした。
蜂の巣をつついたように騒がしかった黄金の間が、静けさを取り戻す。
だれよりも高いところに座す国王は、ゆっくりと手を黄金の肘掛けに置くと、口を開いた。
「そなたは、異な事を言う。この国を治める余の力量を疑うのか?」
無感情だった金の瞳に、ほんの少し色が宿る。
瞳に浮かぶ太陽の模様が、高窓から差し込む光りの中でいっそう輝きを増した。
たったそれだけで、空気が変わった。
重苦しい空気と緊張感が辺りに漂う。
逆らいがたい雰囲気に、けれどアンレッティは呑まれることはなかった。
挑むように国王を見上げ、反論した。
「わたくしも疑われているというのに、なぜお父様を信じないといけないのです? 第一、わたくしは、嘘は申しておりません。曇った眼で周囲を見渡しても、なにも見えてきませんわ」
いくら王女といえ、この国では王女の地位は無きに等しい。
なのに、果敢にも国王に意見し、頭を垂れることもせずに真っ直ぐ見つめるアンレッティは、不敬罪で捕らえられてもおかしくはなかった。
国王は、初めて会った娘をしばらく眺めると、すっと目を細めた。
「――そうか。沙汰は追っていたす。華の離宮へ戻るがよい」
「っですが、お父様!」
「これは命令である」
「……っ」
悔しげに唇を噛んで黙り込んだアンレッティを乱暴に掴んだ近衛兵たちが、無理矢理外へと連れ出していった。
ようやく厄介者ができたとばかりに、重鎮たちの顔にも笑みが宿る。
「分を弁えないからだ」
「生意気な口を叩くから、陛下の気に障ったのだ」
無様に去っていったアンレッティの姿がツボにはまったのか、密やかに笑う彼らに、国王がぴくりと眉を上げた。
耳障りだとばかりに人払いをした彼は、静寂を取り戻した中で、ようやく息を吐いた。
だが、それも一瞬だった。
「はははっ、これは愉快!」
玉座の傍にある隠し扉の奥から現れたのは、国王の右腕でもあるカンフィート宰相であった。
「なにが、おかしい?」
「世間知らずの小娘が正論を吐く。これほど面白いことはないだろう」
旧知の仲である国王に対しては、カンフィート宰相も少し砕けた態度で応じた。
人気もないこともあり、国王も肩の力を抜いた。
「聞いていたのなら、身を隠さず、出てくればいいものを」
「表舞台にあがらないからこそ、見えるものもあるというもの。しかし、姫君だからとこれまでの慣習に従い、隔離してきたが、なかなかどうして興味深いお方だ。屈強な大男であろうと身を竦ませそうな視線を四方から浴びて、怯まずに、堂々と渡り合える娘もそうそういないだろう」
姫君だからという理由で、見向きもしなかったことをどこか悔やむ物言いに、国王はぼんやりとアンレッティがいた場所を見つめた。
真っ直ぐな眼は、王族の証を宿してはいなかったが、だれよりも力強く輝いていた。
それは、在りし日の母の姿を思い起こさせた。
彼女もまた不正を嫌い、民に心を砕き、時には夫である王にでさえ意見した。
強い女性であった。
そして、だれよりも優しく、美しかった。
彼女が神の御許へ旅立ったときには、国中が喪に服し、涙したものだ。
だれからも慕われ、敬われていた王太后に、アンレッティが重なって見えたのだ。色は同じでも、姿形はまったく違うというのに……。
「我々はどうやら、見誤っていたようですな。姫君だからと存在自体を無き者にしてきましたが、その考えも改めねばならない。そうは思いませぬか?」
「だが、アレは、そう遠くない未来、消える。弱い者に目をかけて、なにが変わる。死にゆく定めにある者に手を差し出すなど、愚かしい」
「陛下。友ではなく、この国の未来を背負う者として申し上げます」
カンフィート宰相は玉座の前へ移動すると、両膝をついて顔を下げた。
「貴方もわかっているはず。長年巣くってきた闇は、払われるばかりか広がるばかり。変化は怖いものです。けれど、変革がなければ、なにも変わりませぬ。与えられた地位にあぐらをかいて、ただ享受していては、下が肥えるだけです」
「伝統を廃せよと?」
「腐敗を甘んじて受け入れるのならば、それでよいでしょう。膿を出したいのならば、あの娘……いえ、王女殿下を使うのも一手かと」
「……」
なにかを考えるように目を瞑る国王に、畳みかけるようにカンフィート宰相は言った。
「亡き王太后は、だれよりも呪いを憂えておいででしたな。高名な魔導師も解くことができなかった王家の呪いを、王女殿下が解けるとは思いませぬ。あまりにも荒唐無稽。彼女に入れ知恵をした者の真意は図りかねませんが、光明があるならすがってみるのも一興かと。そろそろ新しい風を起こしてはいかがです?」
それに、と彼は続けた。
「どうやら、息子が王女殿下に出会われたようで。これも神のお導きかと」
神か、と呟く国王の声は、静まりかえった中に消えていった。




