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死にかけ姫は、覇王となる  作者: 桜ノ宮
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第六章 居候中なのです

「アンちゃん、ご飯できたよ~」


 惰眠をむさぼっていたアンレッティは、その声にパッと目を覚ました。


「ご飯! お腹ぺこぺこ~っ」


 粗末な藁の上から飛び起きると、いい匂いがする方へと駆け寄った。


「ごめんね、これしかなくて……」


 申し訳なさそうにそう言った少女は、堅いパンと具だくさんのスープを食卓へ並べた。

 貧しいこの地域では、余分な食材などありはしない。

 アンレッティのために一生懸命用意をしてくれたのだろう。

 笑顔でお礼を言ったアンレッティは、口いっぱいに堅いパンを頬張ると、もぎゅもぎゅと動かした。


「あ! あ~。スープに浸してからって言おうと思ったのに。ぷっ、小動物みたい! 頬袋がパンパンっ」


 なかなか噛みきれないパンに苦戦しながら目を白黒させていると、ちょうど正面の扉が開いた。


「あ~、腹減った」

「お帰りなさい、お兄ちゃん!」


 腹をさすりながら入ってきた青年は、どかりと椅子に座ると、アンレッティの顔を見て吹き出した。


「なんです、その顔は!」

「……んぎゅっ」

「黒パンを柔らかくしないまま食べちゃったのよ」

「ああ、なるほど。それはまた難儀なことで。……って、これしかないのか」

「当たり前でしょ。み~んな、天上の方々へ献上してるんだから」

「はぁ。宮廷生活で舌が肥えたオレには、なんとも辛いな」


 そう嘯いた青年は、肩をすくめながら黒パンをちぎってスープに浸した。


「外はどうだった? 父さんたちは?」

「ん? ああ、無事だ。あらかた片付いたが、まだ結界は不安定だな。領主の力が弱っているとは思わないが、まさかアーヴァレー中央領だけでなく、地方も魔物の襲撃を受けているなんてな」

「しょうがないわよ。こんな片田舎の情報なんて、城にいるお兄ちゃんの耳になんて入るはずもないんだから」

「護将として耳が痛い話だ」


 苦く笑った青年は、懐かしい味だな、と黒パンを噛みしめた。

 ようやくスープで黒パンを流し込んだアンレッティは、残った具も完食するとにっこり笑った。


「ごちそうさま! とっても美味しかった!」

「ええ? アンちゃん、それホンキ? こんな味のない食事を美味しいなんて……」


 驚く少女に、小首を傾げながら見つめたアンレッティは、なんてことないように言った。


「どうして? へたに香辛料で味付けしてあるより、素材そのままの味がしておいしいわ。それに、食べられるだけいいもの」

「アンちゃん……っ。お兄ちゃんが連れてきたから訳ありなのは知っていたけど、苦労しているのね。今日の夕飯は、お兄ちゃんのお金でいい物食べましょうね!」


 お下げが可愛い少女は、ぎゅっとアンレッティの手を握るとうっすらと涙ぐんだ。


「急いで宮殿を離れたから、そんなに手持ちはないがな」


 ゆったり食事を続ける青年は、冷めた目で妹を一瞥したが、彼女の耳には届いていなかった。


「ああ、もぅっ。せっかく、中央領から戻って来たなら、珍しい食材でも大量に購入してくれれば家計も助かったのに。ほんと、役立たずなんだから」

「うわっ、毒舌。だから、嫁のもらい手がいないんだろ」

「はぁ!? 違うわよ!」


 アンレッティに対する慇懃さはなく、すっかり砕けた雰囲気を醸し出す青年に、アンレッティの目元もゆるむ。

 あのとき、決断を強いられた彼女が選んだのは、逃げることだった。

 生きるために逃げたのだ。

 そして、護将である彼も巻き込んでしまった。

 彼の生まれ故郷に連れてこられたアンレッティは、身を隠すよう言われたのだ。


(スノーランとレイティスは無事かな……)


 アンレッティが失踪しても、二人に危害を加えられることはないだろうと彼は判断していた。

 それでも、心配なのだ。

 生まれてからずっと傍にいたスノーラン。

 自分の我が儘で傍にいることになったレイティス。

 二人ともアンレッティにとったら、とても大切な存在なのだ。


「アンちゃん、お兄ちゃんから虐げられたら言ってね! アタシは、アンちゃんの味方だから」

「アンに変なことを吹き込むな」

「いたっ。ほんとのことじゃない~っ」


 こつんと頭を叩かれた少女は大げさに痛がると、アンレッティの背後に回った。


「ねっ、アンちゃんってしばらくここにいるんでしょ? 魔物がいなくなったら領内を案内するね! っていっても、目新しいものなんてなにもないけどさ。あ、でも、アンちゃんには退屈かな」

「フィーリー、アンは移動で疲れているんだ。休息のためにここに立ち寄っただけで、物見遊山に来たわけではない」

「わかってるわよぉ。アタシも転移の塔を利用できるくらいの身分になりたいわぁ」

「その前に魔力量が足りないだろ」

「そんなもの、増幅装置があればへっちゃらよ」

「また、どこでどんな知識を」

「お兄ちゃんの悪友」

「アイツか……」

「さ、アタシは夕食の準備でもしようかな。お兄ちゃんのお金でいいもの買ってくるから待っててね」


 追及されるのを逃れるように少女は出て行った。

 残された青年ヴァイセスは、ため息を吐いて、申し訳なさそうにアンレッティを見下ろした。


「うるさくて申し訳ない」

「どうして? とっても楽しいわ。仲がいいのね」

「まあ、血は繋がっていないですがね」

「え?」

「オレの両親は、小さい頃に疫病で亡くなりました。オレもその病に冒されているんじゃないかと穿った親類はだれも手を差し伸べてくれなかったんですが、事情を知った叔父さんが引き取ってくれたんですよ」

「そう、なんだ……」

「フィーリーは、こんなオレを兄と慕ってくれているし、オレも年の離れたアイツが可愛くて仕方ないんですけどね」


 照れたように笑うヴァイセスは、護将ではなく、妹を想う兄の顔をしていた。


「フィーリーが羨ましい」


 ぽつりと漏らしたアンレッティに、ヴァイセスがしまったとばかりに顔色を変えた。


「わたしにもたくさんのお兄様がいらっしゃるけど、顔もお名前も知らないもの。きっと、お兄様たちも同じね」


 初めて会った二人目の兄は、アンレッティが妹である事実をなかなか受け入れようとはしなかった。

 ようやく、王族の証である黄金の双眸に気づいて、認めてくれたのだ。


「わたしは世間ではいないものとされていて、こうしてここにいるのも奇跡だもの」

「オレは、あんたのことを知りません。前玉藍子のこともそう詳しくはない。だから、なにかを言うことはできないが、王族であっても幸せではないということはわかります」

「幸せではない?」


 アンレッティが目を丸くした。


「そうでしょ。前玉藍子がされた仕打ちを見てもわかるはずだ。囚われ、逃げ出すことも、死することも叶わず、ただ生かされているだけの状況のなにが幸せだと?」

「でも、わたしは幸せだもの」


 恨んだこともある。

 泣いたこともある。

 なぜ自分だけがと絶望したこともある。

 けれど、その分、嬉しいこともたくさんあった。


「一人じゃなかったから。たくさんの人にも出会えたし、生きる喜びも感じている。わたしはお姉様や妹たちの分まで生きて、美味しいものもいっぱい食べて、学んで、この国の覇王となるの。だから、ここで立ち止まってちゃ駄目なの」


 アンレッティの目に宿る黄金の輝き。

 簡単に消し飛んでしまいそうな小さな体からは想像もできないような凛とした眼差しに、ヴァイセスが唾を飲み込んだ。


「……これが王家の血」


 初代の王から受け継がれたのは魔力だけでない。他者を惹きつける強さと風格だ。

 王者と呼ぶにはまだ輝きは足りないが、数年後には見違えるような大輪の花を咲かせることだろう。

 それは予感ではなく、確信であった。



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