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死にかけ姫は、覇王となる  作者: 桜ノ宮
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ハルヴァートの怒り

「姿を消した、だと?」


 ハルヴァートは、手の中にあった書類をぐしゃりと握りしめた。


「も、申し訳ございませんっ」


 すっと表情を失くしたハルヴァートに恐れをなしたのか、伝令兵の顔からは血の気が引いていた。


「ふっ……ふはは!」


 突然、哄笑したハルヴァート。

 怖じ気づく伝令兵を横目にしばらく狂ったように笑い続けた彼は、ぴたりと笑いを止めた。


「なんとも小癪な……」


 そう呟くと、額から冷や汗をながす一瞥した。


「今より、玉藍子はこの碧緑州に仇なす反逆者とする。発見しだいワシの元に連れてこい」

「はっ」


 一礼した伝令兵がくるりと身を翻すと、その背に付け加えた。


「ああ、生死は問わぬと全兵士に伝えよ」

「……! 御意」


 残されたハルヴァートは、苛立ちを抑えきれないように握りつぶした書類を床に投げつけた。


「忌々しいガキ共めっ」


 気分を落ち着けるように杯をあおった彼は、口元を手の甲で拭った。


(あと一歩だというところでいつも邪魔をする)


 脳裏に浮かぶのは、息を吹きかければ飛んでしまいそうなか弱げな少女だった。

 なにを血迷ったのか、王が玉藍子に据えた少女。

 生意気にも口答えし、民に肩入れする彼女は、小さなトゲだ。

 そのトゲはいつか大きくなり、ハルヴァートに突き刺さるだろう。

 その前に始末したかったが、獲物に逃げられては意味がない。

 ハルヴァートは、金の指輪がはめられた左手の中指をさらりと撫でた。

 本来ならここに、別の指輪がつけられる予定だった。アレがなければ、主張をすることもできない。

 早く、この手にする日のことを考えると胸が高鳴った。

 もうすぐ、

 もうすぐなのだ。

 ようやく夢が叶う。

 我が儘で暴虐な主人に仕え、辛苦を舐めながら耐えてきたのも、すべてはこのため。

 属家の出である彼とって、それは決して望んではいけない夢だったろう。

 けれど、たかだか血統のせいで、有能な自分が支配者になれないのは、間違っている。


「閣下!」


 息せき切って現れたのは、碧緑州の二柱の一人である智将であった。


「どうした?」


 狂気を笑みの下に隠したハルヴァートは、穏やかに問いかける。


「仮とはいえ、玉藍子はこの碧緑州の守り神。生死を問わずに捕らえるなど、正気の沙汰ではありません! ただでさえ、結界が揺らぎ、不安定な中で、玉藍子を失えば被害は甚大になりましょうっ」

「案ずるな。魔導師とワシが力を合わせれば、結界を強化することも容易い。なにも玉藍子お一人が負を担う必要もないのだ」

「閣下……?」


 ようやく彼の目が訝しげな光りを宿す。

 なにを言い出すのだとばかりにきゅっと眉を寄せる彼を見つめたハルヴァートは、くつりと喉の奥で嗤った。


「今更、怖じ気づいたか?」

「……っ」

「なんの才もなかったそなたをここまで取り立てたのは誰だ?」

「そ、れは……」

「そなたはただワシに従えばよい。そなたの座など、いくらでも替えがいるのだからな」


 愕然とした顔でハルヴァートを見つめた智将は、弱々しく首肯した。

 彼に、否と答えることは許されなかった。


「愚かな小娘は、身近に敵が潜んでいることにも気づきもせず、つかの間の自由を得るだろう。それが、自滅への始まりとも知らずに。我々は、ただ待てばよい。そのときが来るのを、な」


 ハルヴァートの目の奥に、仄暗い炎が灯った。


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