表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死にかけ姫は、覇王となる  作者: 桜ノ宮
13/28

レイティスの活躍


 空気をビリビリと震わせる咆哮と同時に、ドンッという振動が伝わってきた。

 攻撃されて怒り狂う魔物。

 松明の明かりに照らされ浮かびあがったのは、醜い異形の姿だった。狼のように鋭く尖った口からは大量のよだれがしたたり落ちる。酸が含まれているのか、地面に落ちるとじゅっと音を立てて穴が開いた。

 錆びた鉄のような色をした体は針金のような毛で覆われ、血走った真っ赤な目は、蛇のように細く、鋭かった。

 人間の三倍もありそうな巨体から生み出される威力はすさまじく、魔物が腕を振り下ろしただけで、民家が半壊した。

 これ以上、被害を出さないように、年若い魔導師たちが囲み、結界を張って閉じこめようとするが、魔物のほうが強かった。


「レイティス……あれは」


 怖々と魔物を観察していたアンレッティは、なにか気づいたようにレイティスを見上げた。


「ええ……増幅の腕輪ですね。なぜ、アレが魔物に」


 通常でさえ手強い魔物だというのに、魔物の力を増幅させる装置を取り付けられたら歯も立たないだろう。

 住人たちはすでに避難させられ、離れた場所で治癒師たちが怪我人の手当をしていた。


「君たち、危ないから下がって」


 野次馬が入らないように巡回していた守護騎士団の一人が、声をかけてきた。

 町の治安を維持する自警団とは違い、多少の魔力を有する守護騎士団は普段、城の警備に当たっているはずである。

 それがここにいるということは、よほど被害が甚大なのだろう。

 と、そのとき。

 子供の泣き声が響き渡った。


「うわ~ん。とう…さ、かあ、……ん、どこぉ? ふぇっ……っ」


 混雑の時に取り残されたのだろう。

 崩れ落ちた瓦礫の隙間に、煤だらけの幼女が両親を求めて泣きじゃくっていた。

 その後ろに炎が迫っている。


「くそっ。しっかり確認したのに。水の精霊を使役できるやつは……いないかっ」


 守護騎士団の多くは消火に当たっているために、仲間の援助は望めないようだった。

 彼は水を操ることができないようで、歯がゆそうにほぞをかんだ。


「アン……っ、アン!」


 偽名を呼ぶレイティスが焦ったように手を伸ばしたが、それは虚しく宙をかいた。

 考えるよりも先に動き出していたアンレッティの目には、魔物も炎も映っていなかった。

 火除けにと被らされていた毛布を片手に持ち、幼女に向かって、手を差し出した。


「ほら、怖くないから。ね? こっちへおい……っ」


 途中で声が途切れた。

 幼女の顔が歪んでいたからだ。

 骸骨のように空洞となった目は、一目で人ではないことを感じさせた。


「ほんとぉに?」


 身を引こうとしたアンレッティの手を幼女らしきものが掴む。

 真っ赤な小さな口からは、愛らしい声が聞こえてくる。


「じゃあ、ずぅっといっしょだ」

「ひっ」


 小さく悲鳴をあげたそのとき、幼女の枯れ木のように細い腕がぶつりと斬られた。


「たかだか魔物ごときが、この方に触れるなど、いい度胸だ。その行為は、万死に値する」


 聞いたこともない低い声で言ったレイティスは、短く詠唱すると、光の矢を頭へと打ち込んだ。


   キエェェェェェェェェッ


 甲高い声をあげた幼女らしき魔物は、さらさらと灰となって消えた。


「レイ、ティス……」


 恐怖が去って、ぽろぽろと涙を流すアンレッティ。

 大きな目を見開いて静かに泣く様は、見ているほうの心が痛んだ。

 叱ろうと思っていたレイティスは、あまりの痛々しさに怒りを霧散させると、きゅっと眉を寄せた。


「怖い思いをさせました」


 火の粉から守るようにアンレッティが持っていた毛布を優しく肩にかけると、そっと指先で涙を拭った。


「泣かないでください。あなたに泣かれると、胸が痛くなる」

「……っ」


 切なげに耳元に囁かれたアンレッティは、かあぁぁと顔を赤くした。

 ぱっと耳を押さえると、「涙、止まりましたね」とおかしそうに微笑んだレイティスが、最後の雫をすくい取った。


「な、な……っ」


 声にならない言葉が口の中に消えていく。


「すごいな君! さぞ、高名な魔術師なんだろ」


 感嘆とした声が二人の間に割り込む。


「っと、賞賛している場合じゃないな。火の手が迫っている。そこにいたら危ないぞ!」


 守護騎士団の団員が、アンレッティたちの背後を気にしながら、こっちへ来いと手招きしていた。

 しかし、焦る彼とは反対に、レイティスは冷静だった。

 迫り来る炎や暴れ回る魔物を睥睨すると、アンレッティの手のひらに、光の球を一つ落とした。


「暗いと、足場が悪いでしょ?」

「レイティス……?」

「俺が力を使うのは、ただ一人の主のため。その他大勢の命がどうなろうと、どうでもいいんだ」

「!」

「ふふっ、怒った? でも、それが、カンフィート家の(さが)だ。俺は一族の中でも、血が濃くてね、主以外は本当にどうでもいいんだよ。自分だけの主を守り、命を散らすことが栄誉であり、本望だ」


 燃えさかる炎からアンレッティを遠ざけるようにゆっくりと移動しながら、でも、と続けた。


「どうしてかな。あなたは主ではないけど、つい自分の力を使ってもいいと思えるのは。無知で、無鉄砲で……本当にどうしようもない人だけど、あなたが泣くなら俺がその憂えを払うから」


 だから笑っていてと、どこか苦しげに告げたレイティスは、困惑している団員にちらりと視線をやった。


「まあ、あなた程度でも、いないよりはましだね」


 使えないけど、と笑顔で毒を吐き捨てたレイティスは、アンレッティを団員に預けた。


「この方に、傷を一つでもつけたら許さないから」と冷ややかに脅すと、踵を返した。


「レイティス……!」

「大丈夫ですよ。公には知られていませんが、レイティス様といえば、魔導協会会長が直々に教育にあたったそうですわ。残念ながら魔導師として進まれないようでしたけれど、当時は宮中でも話題になっていましたわ」


 おろおろと成り行きを見守っていたスノーランは、アンレッティの元へ駆け寄ってくるとぎゅっと手を握った。


「さ、レイティス様の勇姿をその目に焼き付けて下さいませ。魔導協会会長によって開花された魔力は、存在する魔導師の中でも上位に入るでしょうね」

「あれだけ容易く魔力を操って魔導師じゃないなんてな。末恐ろしいヤツだ」


 驚嘆というよりは、畏怖するように呟いたのは、団員だった。

 彼は、アンレッティに視線を落とすと首を傾げた。


「そんなヤツが守る君は何者なんだ?」

「そのうちわかりますわ」


 どこか楽しげに答えたのはスノーランであった。

 レイティスを見つめるアンレッティの耳には、もはや二人の言葉など届いていなかった。

 レイティスが地面に五芒星を描いた次の瞬間、そこから大量の水が飛び出した。弧を描いて炎に降りかかる水は、まるで生きているかのようだった。

 一瞬で鎮火させると、周囲に蒸気が漂って真っ白になった。

 次にレイティスは、魔物へと足を向けた。


「役立たずな魔導師殿は、退いてくれる? 邪魔なんだけど」

「な……っ」

「やめろ。魔力量が違いすぎる」


 額に汗を流し魔物を押さえようとしていた魔導師の一人が気色ばんだが、横にいた年長の魔導師は、レイティスから発せられる濃厚な魔力に気づいたようだった。


「こればかりにかまけていると、人型の魔物が民衆を襲うよ? ここは俺に任せて、雑魚の処理を頼んだよ」

「……くっ、お願いします。行くぞっ」


 年長の男がこの中のまとめ役のようだった。

 悔しさに顔を歪めながら、仲間たちに指示を出す。

 素早く散った彼らを見送ったレイティスは、ふぅっと息を吐いた。


「こんなに魔力を操るのも久々だ。――胸が躍るよ」


 タッと地面を蹴ったレイティスは、魔物にはめられている腕輪を手のひらに生み出した光の剣で破壊した。

 苦しそうに呻いた魔物は、長い舌でレイティスを捕らえようとしたが、彼のほうが素早かった。


「捕縛」


 光の鎖が魔物を絡め取る。

 ひときわ大きな咆哮をあげた魔物の口からよだれが飛び散る。

 それを不快そうに見やったレイティスは、一言呟いた。


「滅」


 とたん、パンッと破裂した魔物の体が灰へと変わって宙に舞った。

 あっけない終焉に、見守っていた周囲から歓声があがった。

 けれど、彼はそんな声にも得意げな顔をしなかった。

 興味を失ったかのように視線を落としたレイティスは、顔色を変えた。


「どこへっ」


 眼下では焦った様子のスノーランが手を振っていた。

 急いで彼女の元へ降り立ったレイティスは、事情を聞くとすぐに飛び立った。


「まったく、一時も目が離せないんですからっ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ