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七句 あの人は

 九月十五日、朝。


 煌羽に肩を揺さ振られて、凪は飛び起きた。椅子に座って机に突っ伏したまま寝てしまったらしく、首や肩は痛いし、束帯が皺になっていた。煌羽は煌羽で服のまま寝た為、ワンピースの裾がよれよれになっている。


「私、シャワー浴びてからご飯にしようと思うんだけど……。昨日あのまま寝ちゃったし……あれ?」


 机に置かれた紙切れに、煌羽が気付く。


「それ、バッグに入れてたはず……。落としてた?」

「説明しろ煌羽。このメモは俺の……」

「なんて書いてあるか分からなかったでしょ? だから晴彦伯父さんに解読を頼んだの。伯父さん、古文書の復元とかの仕事してるから」

「古文は晴彦なんかより俺の方が読める。仕事の資料とかもわざわざ蝦夷地に送らずに俺に見せろといつも言っているだろう」

「でもこれは分からなかったでしょ」


 言い返せず、凪は不満そうに眉根を寄せる。


 それを見て、煌羽の顔が自慢げに笑う。


「解読したやつ、読んだ? 伯父さんすごいでしょ?」


 凪はコピー用紙を見る。虫食い部分が埋まり、『十五日、鶴様に会う。亥の刻に私の家』と読めた。煌羽は日付の部分を指さし、


「噂の地縛霊が現れるのが十五日。調査内容と関係ありそうだよね、凪のメモ」


 コピー用紙を持つ凪の手が小さく震えていた。


「違う、これは俺が書いたんじゃない。千年も前のことだったから、忘れていた。ずっと自分のものだと思っていた。でも、これは……」

「恋人の?」


 凪はゆっくりと顔を上げ、煌羽を見る。切れ長の目は驚いたように見開かれ、何か言いたげに口が少し開いている。


「あ、やっぱりそうなの? なんとなく言っただけなんだけど。鶴様って、凪のことだよね。凪鶴(なぎつる)だから、鶴様」

「……煌羽、噂の地縛霊は今夜は出ない」

「えっ?」


 再びコピー用紙に目を落とし、凪は小さく息をつく。


「記憶というのは、そう長続きはしない。されど、突然思い出すこともある。そうだろう?」

「え、あー、うん?」


 十九年しか生きていない煌羽には、あまりその感覚が分からなかった。千年もこの世を漂っていると、そういうこともあるのだろうか。


「今回の調査依頼、じつはあまり乗り気ではなかったんだ。ここは俺の故郷だし、楽しい思い出もたくさんある。でも、逃げていた。千年間、逃げ続けていた」


 冠から垂れるえいが揺れる。コピー用紙を机に置いて、凪は懐から扇を取り出した。広げられたその面に、太陽と鶴が描かれていた。平安貴族よろしく口元に扇を添えながら、軽く目を伏せる。


「怖かったんだ。だってそうだろう? 誰だって、自分が死んだ場所になんか来たくない。そうやって目を逸らして、俺は忘れようとした。だから分からなかった。でも、俺は今ここにいる。御前がいれば平気だと思った。一緒ならきっと大丈夫。……思い出したんだ、あの場所のこと」

「あの場所?」

「地縛霊の出るっていう和菓子屋がある場所。あそこは、千年前、あいつの邸があった場所だ」

「じゃあ、地縛霊は凪の……」


 凪の端正な顔が歪む。扇を閉じて、袖で顔を覆う。


「おそらく現れるのは陰暦の十五日。ずっと待ってるんだ……俺のことを……」






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