五句 いにしえの
九月十四日、朝。
いつもの情報番組を見ながら、煌羽は朝食を取っていた。今朝のメニューは白飯に味噌汁、焼き魚、卵焼き、漬物という、まさに定番。テレビの左上に表示される時計を気にしながら、沢庵を咀嚼する。
「ねえ凪ぃ、今日は少し観光でもしよっか」
噂の地縛霊が出るというのは十五日。予定では今日の昼過ぎに京都に着くはずなので、十分時間がある。京都へ行くのは高校の修学旅行以来だったので、煌羽はわくわくしていた。テンションが上がるたびに、あくまで仕事だと自分に言い聞かせていたが、なんだかもう楽しまなくてはいけないような気分になっていた。煌羽の頭の中で回るのは「京都観光」の四文字だ。
仕事の関係上、煌羽は古いものに触れる機会が多い。京都の話を聞くことも多かった。そして、一度でいいから凪と一緒に京都へ行きたいと思っていた。凪にとって京都はきっと特別な場所。もしかしたら行きたくないかもしれない。だから、今回は少し不安だった。「大丈夫」と言って煌羽に向けた苦笑いが、酷く気になった。本当はあまり乗り気ではないのだろうか。
「じゃあ俺が観光案内してやるよ」
「えっ」
テレビに向けていた視線を、向かいに座る凪へ移す。テーブルに頬杖を突いて、凪はテレビを見ている。
「御前より俺の方が詳しいだろ、京都。えすこーと……だっけ? それしてやるからさ」
「ありがとう。でも、凪の持ってる情報ってすごく古いんじゃないの?」
「そっ、そんなことない……たぶん」
夢にまで見た凪との京都旅行。しかも凪の案内付き。煌羽は、自分の顔がだらしなく歪むのを感じた。見られていないか気になったが、凪はいつも通りの涼やかな顔でテレビを見ている。見られていないと安心してテレビに向き直った煌羽は気付かなかった。視界の隅で、凪の表情が翳ったことを……。
京都への交通費やホテルの宿泊費などは経費で落ちる。新幹線に揺られて、煌羽と凪は京都へやって来た。
「うっわー、見て見て凪、京都タワーだね」
周囲の人に聞こえないように、小声で言う。
秋の京都はただの観光客だけではなく、修学旅行生も多い。人ごみを掻き分けるように進んでいると、何度か凪が鞄などを引っ掛けられた。
八坂神社に参拝し、境内を散策していると中年女性のグループに声をかけられた。煌羽は人見知りでいわゆるコミュ障のため、そそくさと逃げようとする。が、逃げられるはずがなかった。おばちゃん達に行く手をふさがれる。
「あらー、あんたいくつー?」
「若いのにお参りなんて偉いわねー」
「最近の子はねー」
「あ、あの、あの私……すみません……」
厄介なことになった。煌羽は助けを求めて凪の方を見るが、凪はおばちゃん達に完全にびびっていた。ものすごく目が泳いでいる。
「女の子の一人旅は危ないから気を付けるのよー」
「あ、あ、私、一人じゃないんで……」
言ってから、しまったと気付く。おばちゃん達はきょろきょろ辺りを見回す。
「いやだねえ、もっと面白い冗談言いなさいよ」
「ここにはあたし達しかいないじゃないの」