三句 任務です
今回の喧嘩は長引いた。互いに負い目を感じていたが、謝ることができないでいた。煌羽は一人で大学に行き、凪は一人で留守番をした。家の中での会話はなし。ぎくしゃくしたまま、ほぼ一日中同じ空間にいることになる土曜日がやってきた。
黙々とトーストを頬張りながら、煌羽はテレビを点ける。いつもの情報番組。
今話題の心霊女子が群がる、とある場所についてのニュースをやっていた。その和菓子屋には毎月十五日に女の地縛霊が現れるという噂があり、十三日頃から泊りがけで見に来る女性が後を絶たないそうだ。しかしほとんどが空振りだという。
「普通の人に見えるわけないじゃん。ね、凪」
「ああ」
数日振りの会話。そうだと気が付いてから、互いに笑う。仲直りのきっかけなんて、何でもよかった。
「ごめんね凪、あれは、ちゃんと分かるまで秘密にしたいの」
「俺も……少し我儘だった。すまない」
笑い声が居間に響いた。
♪
毎週土曜日は集会所での定例会。強制参加ではないが、私達は真面目なので毎週参加している。先週遅刻しかけたなんて、そんなの知らない。何かの間違いだ。
「やあやあみなさん、こんにちは」
代表の老人が部屋を見回しながら言う。すこぶる胡散臭い。そのぼさぼさの髭も、黄ばんだ歯も、ぶよぶよの腹も、嫌い。そして何より、私を見る時の目が大嫌いだ。夜の歓楽街で水商売の女の品定めでもしているかのような、舐め回すようにいやらしい目で私を見るのだ。そんなに私が気になるのか。気色悪い。
「――以上で……あ。そうそう、今日はみなさんに依頼がありましてね」
依頼? 何だろう。
「今朝の情報番組を見た人はいるかい? 誰か、京都まで行ってくれないかな」
情報番組? 途中からだったから分からなかったが、そうか。心霊女子が集まるのは京都の和菓子屋なのか。
「だーれーかー」
老人は部屋を見回す。そして、私を見た。いやらしい目。こっち見るな。あろうことか、老人は私の方へ歩いてくる。なんだと。こっち来るな、じじい。
「雨夜さんにお願いできるかな」
あくまでもこの老人は代表だ。失礼のないように、私は笑顔を作る。
「え、私ですか?」
「君はまだ若いし未熟だから、実戦経験を積んでおくべきだ。調べて来るだけでいいんだ。お願いできるかな」
みんなの前で代表から直々に頼まれて、断れるわけないだろう。
「分かり……ました。頑張ります」
「はい、じゃあ今日はこれでお開きでーす」
代表からの依頼。これはきっと試練だ。一人前になるために、乗り越えなくてはいけない試練。おっさんばかりの中、女子大生は目立つ。失敗すれば、すぐに分かる。笑われるだけで済めばいいが、もし何かよからぬことにでもなったら……。想像しただけで鳥肌が立った。それは避けなくては。
しかし、京都か……。
「煌羽ちゃん」
数少ない女の一人、壮年の女に声をかけられた。
「頑張ってね」
「はい」
「凪様も、ちゃんと煌羽ちゃんを守ってあげるのよ」
「……あ、はい。そう……ですね」
「凪? どうかしたの?」
「いや……」
代表直々の依頼、もはや任務とも言えるそれはしっかりとこなさなければならないな。