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リメルス海戦《壱》

島の端から、空を見ていた。

 ――否。船を見ていた。船が、天空に浮遊するこの小さな島を曳航しているのを眺めていた。

 進行方向は、北。二年に一度の、北回り航路。

 空には未だ沈まず、天空を漂い続ける満月の姿がある。本来ならばその反対側にもう一つ月があるはずなのだが、生憎今日は新月で見ることができない。

 背後を振り返ってみた。

 新緑が連なる山々を包み込み、獣駆くる草原では風が舞い踊る。

そんな大自然が広がっていた。人が住むのは、この島の僅かな場所だけ。

 三方向を山に囲まれ、前方には大きな空が開ける地に聳え立つ、湖の上に作られた柊耀城の周辺地域、つまりは城下町にだけ人は住んでいる。

 城下町へと目を走らせれば、そこには湖に浮かぶ柊耀城を始めとし、幾つもの木造住宅が軒を連ねており、さながら中世の東国の様だ。

 ……日本、といったか。この国の原型となったのは。

 この国が日本、その中でも中世の時代である戦国時代を参考とした生活様式を取り入れているせいで、人々の格好や生活習慣、建物はどこか古臭い。――が、それ故に懐かしさや温もりを感じたりもするのだ。

 寺の鐘の音が、城下町に鳴り響いた。山の中腹にある寺だ。名を柊耀寺という。

 その柊耀寺の、朝六時を告げる鐘の音だ。

 音は見えぬ波紋となってあたりへ散らばる。

 音の欠片が島の周囲を警備しながら航行する、計四隻の軍艦の元へとたどり着く。

 その中の一つ、船体に黒々と《紀伊》と書かれた戦艦の甲板上に。

 一人の少年が立っていた。

 白銀の髪を天空の強風に揺らし、そして静かに目を瞑り、羽織った袴を風になびかせながら。

 ――彼の名は、ソナタ・出雲。十七歳。この空中戦艦・紀伊の艦長にして、第八十四期学生団の副団長。

 彼はヘッドフォンを外し、音の欠片に聞き入りながら、しかしそれでも内心は別の事を思う。

 それは、

「そろそろ戦争でも始まるんじゃないのか……?」

 そんな期待と不安の入り混じった、特殊な思い。

 戦争ともなれば、軍艦の艦長たる自分は戦いに参加できるし、討死の不安はあるけれど畳の上で死ぬよりは本望だ。そう思っての言葉だろう。

 そして再びヘッドフォンを耳に付ける。すると、

「そんな物騒なことを仰られては困りものです。もっと艦長らしく緊張感をもって――」

 ヘッドフォンから聞こえてきたのは、苦情の声。それにソナタは、

「北回り航路の進路上に存在するものは、我が国の軍艦以外なら問答無用で叩き墜としていい。……ノア皇国が各国と結んだ、レーベル条約の内容だ。そして、だ。軍艦探知機を見てみろ。どう考えても島の進路上に軍艦の影が映ってる。これで攻撃しない方が可笑しいだろう」

 そう、反論した。

「しかし艦長。勝手に判断してよろしいのでしょうか」

「良い訳がないだろう。……艦隊司令部、護衛艦《高波》に問い合わせてみろ」

「will Noah」

 そんな言葉が聞こえ、通信は途絶えた。

 風が、強くなった。――艦が加速したのだ。

 ……いや、違う。風が避け始めたのだ、島と軍艦たちを。

 風向術式。それは風に意識と自らを制御する力を与え、障害物から避けることができるようにするもの。その術式が浸透しなかった風が暴走し、こうして勢いを強めてやってくるのだ。

「……あー、リリシア・蜂須賀っている?」

 空を眺めながらソナタは言葉を発し、直後に、

「――リリシア・蜂須賀です。何かご用件でも?」

 そんな応答が聞こえてきた。

「……主砲副砲関係なく、砲弾を叩き込んでおいてくれ」

「え……それは、一体全体何故に、ですか?」

「――戦争が起きた。一言で言えば、そういう事だ」

その声に、艦内は騒然となる。

眠りこけていた搭乗員は皆叩きこされ、各々の持ち場へと連れていかれた。

 ソナタの視線の先に写っていたものは――砲撃戦。それも彼の祖国たるノア皇国と、対立するイージス皇国との、一番後始末が面倒くさい種類の争いが起こっていた。

 そんな光景を見ていたソナタに、

「――こちら艦隊司令部・《高波》艦橋。紀伊艦長・ソナタへ連絡。敵の姿は?」

 艦隊司令部司令官、イコナ・宇喜多から連絡が入る。

「こちら紀伊艦長、ソナタ・出雲。イコナか。紀伊前方に六隻、撃ち合いをしている軍艦の姿を確認済みだ。――どうもウチの空中警備艦と、イージス皇国の空中駆逐艦との諍いっぽいぞ」

「will Noah.あまり状況は良くないみたいね。イージス皇国が、何でこんな所に……」

「理由は知らん。ただ、一隻撃沈されてるぞ。あれは――」

 そう言って彼は一度言葉を切り、

「ウチの船が墜とされてるぞ!」

 そう、叫んだ。

 刹那――。

 前方で一筋の閃光が輝いた。

 爆発だ。爆風だ。衝撃波だ。

 殺戮の旋律が熱を持った風とともに流れてきて、そして消えていく。

 超重量級の戦艦である紀伊の船体が大きく揺さぶられ、通信術式が粉々に砕け散る。

 甲板に続々と搭乗員が上がり始め、

「――敵討ちだ!」

 一様に、怒気をはらんだ声を上げた。

「――という事だが、どうする、イコナ」

 再び回線を開いたソナタが、司令官たるイコナに問いかける。

「このまま見過ごしたら恩知らずと罵られるだろうし、戦ったら相手国から第三者の干渉と言われる。――どうする、司令部代表。いや、第八十四期学生団団長」

「……煩いわね。今考えてるの」

 その返答を聞くとソナタは、

「なぁ、イコナ。もし仮に。もし仮にだぞ? 俺たちに勝機があったとしたならば、どうする?

戦うか、それとも尻尾巻いて逃げ出すか」

 そう、イコナに問うた。

「……軽々と言えないの分かってるくせに、嫌な奴ね」

 イコナは苦々しげに言う。

「私の発言は、そのまま本国のデータベースに記録されるのよ? 戦後処理の責任を取らされてもいいっていうの?」

「まぁ、それは確かに。――だが、そんなこと言ってる場合じゃないだろ。既に一隻、墜とされてんだ。早々に対応を決めてもらわねぇと、味方の救助すらできない」

「――分かったわよ」

 イコナはそう言って一度言葉を切り、そして――。

「全艦隊に通達! これより敵軍艦の撃墜、及び味方艦搭乗員の救助に向かいます! 基幹高波と四番艦葛城は救助に、二番艦紀伊と三番艦疾風は攻撃へと移行してください! 尚、イースター島を曳航する曳航艦、秋月・淡海・白根の三艦は直ちに緊急停止! イースター島の移動を停止! ――各艦艇、作戦行動へ移行してください!」

 声高らかに叫んだ。

 それと同時に各艦から歓喜の声が上がる。

 呑気な奴らだよな、と。そんな声を聴きながらソナタは、そう感じた。

 刺激に忠実だな、と。

 確かに、毎日毎日繰り返される平凡な生活に飽きているのは認める。

将来の事を考えたら憂鬱になるし、過去を思い出したら眠くなる。かと言って、ともに現在を楽しめるパートナーがいる訳でもない。

だから彼らは、こうして刺激を求めているのだ、と。

甲板から駆け下りていく搭乗員を見ながら、ソナタはそんなことを思う。

 ――速度が、上がった。今度は確実に、戦艦の鼓動が早まっていく。

燃料術式を媒体として動いているこの戦艦・紀伊は、巨大すぎる故に最大速で動くと、僅か三時間で燃料切れとなる。普通の航行状態で動いていても、まる一日で航行不能状態へと陥る。

術式補助を掛けることで、鼓動の回数を増やし、燃料消費を抑えてはいるものの。

「後三十分で、紀伊は燃料切れに陥る。機関部だけじゃなく砲塔までもが、燃料術式を使用して初めて使えるように作られているからな……。流石、環境にやさしい戦国時代風な戦艦ってとこか。排気も出なきゃ悪性物質も生まない、クリーンな戦艦、か。――その代償として機動性を失うのは、どうにも勘弁してほしかったな……」

 そんな現状が、ソナタを襲った。

 しかしそんなことなど気にしていられないとでもいうように、紀伊の速度は上昇する。

 避け切れない風を斬り裂き、そして天空を突き進み――目標へと、迫った。

「総員、砲撃用意」

 ソナタはヘッドフォンを耳に当て、そう言い放つ。

「全砲門、砲撃せよ!」

 ――直後。紀伊の進行方向前方には、文字通り紅く熱せられた鉄の塊があった。

黒煙を吐き出しながら力なく航行する敵国の軍艦は、不定期に爆発を起こす。その度に大気が激震し、巨大な鉄の塊である紀伊さえも揺らしていく。

 空中駆逐艦と思われた敵国の軍艦は、もはや見る影もなく、ただただ熱せられて、朽ちていた。そして最後に――一際大きな爆発を起こすと、地上へと墜ちていった。

「こちらソナタ・出雲。敵空中駆逐艦を撃沈。これより敵突撃艦へと肉薄する」

 ソナタは本部ヘ向けてそう言い残すと、

「機関部へ指令! 全速力で敵突撃艦へと突っ込め!」

 司令を飛ばした。

 直後に機関部からは、了解、という返事が返ってくる。

 ――加速が、続けられた。

「リリシア・蜂須賀と通信術式を繋げ!」

 ソナタは艦橋の連絡係に命じると、

「蜂須賀! 第二次砲撃を開始してくれ!」

 そう言い捨て、自らは双眼鏡で遠くの敵を眺める。

 艦橋から、リリシアの砲撃の命が下り、総ての砲塔が火を噴く。

 悪魔の微笑みを連れた黒き弾丸はまっすぐ突撃艦へと突っ込み、そして――。

 業火を生み出した。

 業火だ。文字通りの、業火だ。

 万物を焼き尽くさんと欲す業火は風に煽られて勢いを増し、次第次第に艦全体を包み込んでいく。繰り返される爆発、火を船体から火を噴きだす、軍艦。

 一般的な軍艦が、そんな強烈な衝撃に耐えられるはずもなく。

 ――黒々とした煙を身に纏いながら、ゆっくりと、地獄に墜ちていった。


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