そして、最高死神は。(プロローグ)
……嫌になるほど、清々しい朝だ。
蒼く澄み渡った空を、この季節の花たる桜の、爛漫と咲き誇る花びらが風に揺られながら讃えており、それだけ見れば神秘的かつ煌びやかだと思うのだが。
残念ながら目の前で、こちらに砲塔を向けている数隻の戦艦の姿を見てしまった以上、そんな風に花を愛でていられるほどの精神的余裕などあるはずもなく。
……結論から言うと、無性に殺戮意欲が湧いて、それを抑えるのに必死だ、という事だ。
まぁ、隣に幼馴染がいてくれたおかげで、何とか踏み止まってはいるんだが……何というか、自分に殺意を向けてくれている輩を見ると、どうにも残虐に殺したくなる。
……正確に言うと、戦艦が砲塔を向けているのは俺ではなく、その先に見える城下町。
だから余計に俺は戦艦を墜とせない。
この天空要塞・ノアにいる以上、この定めは逃れられないとは思いつつ、それでもどこかに安堵を求めている住民を喰い散らかすのは甚だ不本意だが、やはりそれも一興なのだろう。
俺の娯楽のためだ。
「……どうする?」
そんな思考に浸っていると、不意に幼馴染の声がする。
その声は不安や心配など微塵も感じさせず、むしろこれから起こるであろう破滅の、その予兆を待ち望んでいるかに聞こえた。
「どうするも何も、俺たちの姿はあいつらには見えないから、どうしようもないだろ。それに、ここであの空中戦闘艦を叩き墜としちまったら、晩餐に捧げる供物が一つ欠けちまう」
「……分かった」
俺が放った言葉は、ただ単に聞けば、意味が分からない単語の羅列かも知れない。
だがそれでも、賢い幼馴染たる彼女には、ちゃんと伝わったらしい。
―――—傍観。
それが、俺の決めた選択。
「……そろそろ始まるぞ」
「……うん」
そんな声とともに、俺たちは背中に生やした翼を羽ばたかせ、遥か上空へと飛翔する。
そして、果てしなく広がる天空と、文字通り鎮座した地上の両方を見渡す。
――天空には未だ沈まずに漂う満月が残っており、本来ならばその反対側にもう一つ月が見えるはずなのだが、生憎そちらは新月で、目にすることはできない。
――鎮座した大地は禍々しい光を放つ紅に染まり、そして何人の侵入も許さない毒の結界でもって、自らを聖域に仕立て上げている。
そしてその狭間に存在するのは、天空の大地。――人類最後の箱舟。
「……なぁ」
「……何?」
「お前、本当にいいんだな?」
「……いい。私は、あなたについていく」
「……分かった」
そんな会話を終えた直後に。
戦艦の砲塔が火を噴いた。
放たれた砲弾が城下に落下し、そして爆発を起こした瞬間。
――――世界の命運をかけたチェスの駒は、斯くして動かされた。