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EXTERNALIZER  作者: 流川真一
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Chapter 8 The Escape from Closed Space

 撤退。

 考えるべきことはそれだった。アルマの義体は既に限界に達しようとしていた。ノアも先程の戦いを通して消耗していた。何より悪いのが、潤一とザイドリッツの戦力が正確に把握できていないことだ。

 一旦退いて、立て直す。活路があるとすればその先にしかない。

 しかし、分かっていたことではあるが、周りに抜け出せるような隙間は存在しない。高周波ブレードでも切断不可能な強度を持った素材で囲まれている。先程までの常軌を逸した戦闘の余波を受けても、壁や床は歪みもしていない。


『必ず、どこか弱い部分がある。戦いながら探るしかないと思う』

『同感だな。今更部屋から出してくれるわけもない』


 アルマは潤一とザイドリッツを見ながら言った。

 状況は圧倒的に不利。しかし、できることはまだある。


『磁力場を展開したときの反応で辺りを探るぞ。思考共有時なら、複雑なデータでもタイムラグなく受け渡せるはずだ』

『君の義体の状態も』

『……そうだな。スクラップ寸前だからな』


 アルマが口元を僅かに歪めながら言った。

 思考音声だからこそこうして流暢に喋れているが、肉声での会話となると既に掠れた声しか出なくなっている。顎を撃ち抜かれた衝撃で人工声帯が機能不全を起こしているせいだ。それだけではなく、全身の至る所が損傷し、体を少し動かすだけで装甲の欠片がパラパラと落ちた。


「座して死を待つよりも戦って死ぬことを選んだ、ということなのかな」


 潤一は肩を竦めた。


「それは。もちろん、私としてもその方が望ましいのだが。しかし、もう少し早くからやる気になっても良かったのではないかね? 見るからにボロボロだよ、君」


 アルマは答えず、ノアに向けて思考発声を行った。


『始めるぞ』

『分かった』


 ノアの涼やかな声に、アルマは潤一とザイドリッツを見据えながら呟く。


『思考同調、開始――』


【ElectroMagnetic Accelerator】の頸部デバイスが起動し、アルマとノアを一つの戦闘ユニットへと昇華させる。

 二人の思考が溶け合う。見ているもの、注意しているもの、行動の選択肢、そして、何より重要な、お互いの位置と干渉できる範囲が、五感の一部であるかのように鮮明に理解できた。

 アルマは軋む腕を動かしてブレードを握る。ノアも同じように攻撃の姿勢を取った。

 二人の様子を、ザイドリッツが静かに見据えていた。少し興味を持ったかのように、観察するような気配があった。

 アルマは正面の二人を見据えながら、静かにデバイスの状態を確認する。

 思考を同調させたことで、先程までのノアの戦闘経験が、アルマにもフィードバックされていた。潤一とザイドリッツがどのように動き、どのように攻撃してきたのか、自分のことのように理解できた。

 一方のノアは、アルマの義体の状態を把握していた。デバイスを用いての戦闘は、義体にそれなり以上の負荷が掛かる。アルマの義体は激しく損傷していて、長時間の戦闘行動は出来そうもなかった。

 それでも動かなければ壊されるだけだ。

 アルマは覚悟を決めて、ブレードを握る手に力を込めた。

 ――行くぞ。

 アルマは心の中で言った。ノアが了解するのが分かった。

 アルマが僅かに前に体を倒した瞬間、爆発的な磁力場がアルマの進行方向にレールのように出現した。ノアの干渉だ。アルマはその磁力場に乗って、潤一までの二十メートルほどの距離を一瞬で詰めた。


「ッ!?」


 潤一が息を呑み、辛うじて体を逸らした。潤一の腕を、アルマの振るったブレードが掠めた。


「っ、ほう……」


 潤一が口元を歪め、手の平を突き出した。

 ノアがアルマに干渉した。アルマの体が空中で複雑に軌道を変える。潤一のデバイスによって圧縮された空気が立て続けに破裂するが、アルマには一切当たらない。

 アルマは反対側に着地。即座にノアに干渉する。磁力の腕に引き寄せられたノアが、砲弾のように潤一へと迫った。潤一は反応して斬撃を回避するが、ノアは潤一に引き寄せられるように空中で自在に動きを変えた。

 アルマがノアに干渉し、ノアがアルマに干渉した。二人は一つの系となって潤一に超高速の連撃を仕掛けた。

 これこそが、人類未到産物【ElectroMagnetic Accelerator】の真骨頂だった。互いの動きを互いが補助することにより、高速攻撃・複合対処・空間移動を可能とした、最速の近接戦闘デバイスだ。

 何度目かの斬撃で、潤一の反応が一瞬だけ遅れる。


(取った――)


 だがそこで、アルマの義体が不吉な軋みを上げた。関節部が引っ掛かったように動きが固まり、連撃の流れが一瞬だけ滞った。

 その僅かな隙を突いて、漆黒の匣が突き出された。

 ザイドリッツが片腕を緩く持ち上げていた。その掌の内側から匣が生み出され、アルマへ向けて殺到した。

 ノアが反応した。アルマの体に干渉し、引き寄せる。漆黒の匣が空を切った。

 回避したアルマはバックステップ。十分に距離を取りつつ、ノアを加速させた。全く同一のタイミングで磁力場を生成したノアは、相乗した加速度によってザイドリッツに雷光のように踏み込んだ。


「――、」


 ザイドリッツが僅かに目を剥いた。掌から瞬時に匣が生成され、寸でのところで攻撃が阻まれる。

 ノアは止まらない。上段からの斬撃を弾かれれば、力の流れを殺さずに側方からの斬撃へと変化させる。自分に磁力を向け、攻撃を補助していた。


「邪魔だ」


 ザイドリッツが短く唸った。匣の形状が変化し、ノアを左右から押し潰すように広がった。

 同時、アルマがノアに干渉した。ノアの体が鋭く後ろに下がる。匣の攻撃は掠りもせず、ただ空気を震わせるのみだ。

 引き寄せられたノアはアルマの隣に着地した。

 アルマはぎこちなく体を動かしている。


『体、大丈夫?』


 思考発声でノアが訊いた。


『あちこちガタが来てるな。長続きしないことだけは確かだ』


 特に関節部のダメージが深刻だ。相手の攻撃を受けなくとも、自分の攻撃の反動で損傷は深まっていく。


『一見しただけじゃ、この部屋の弱点も分からんしな。とにかく異様に頑強だ。のっぺりと一様で、継ぎ目がない』

『構造的には地下室の一部なんだから、完全な密室じゃないはず。空気を循環させる部位が、今は隠れているにしても、どこかに必ずある』


 ノアはそう言うが、今のところそのような場所は発見できていない。

 この空間だけは、他の研究区画とは明らかに別物の設計をされていた。まるで初めから、アルマたちと戦うためだけに設計されたかのような強度だ。


「素晴らしいじゃないか! 初めからそうやってくれていれば良かったものを! 磁力による相互干渉を前提とした、二機で一組の戦闘ユニット――独創的だ! そして確かに近接戦闘では有効だ!」


 潤一は熱に浮かされたように笑っている。双眸には紛れもない歓喜の色があった。

 その隣で、ザイドリッツはますます冷たさを増した目で二人をじっと見据えていた。彼の周りで漆黒の匣が複雑に凹凸を繰り返しながら縮んでいった。


「前哨戦としては十分だ! 新しい武器の着想も得た……名残惜しいが、そろそろ終わりにしようか。私たちはこれから約束があるのでね」


 潤一がゆっくりと歩み寄ってきた。

 アルマはどうするべきか必死で考えた。相手が潤一だけならまだ勝機があったが、後ろからザイドリッツの援護が飛んでくるのでは明らかに分が悪い。アルマの体は既に限界に達しようとしているのだ。だが考えが纏まらない。

 止む無く応戦しようと身構えかけたアルマの下に、ノイズが届いた。


(通信――?)


 ノイズは次第に消えていき、旧時代のトランシーバーのような音質に落ち着いた。その向こうから、耳慣れた声が聞こえてきた。


『やっと繋がった! アルマ君、無事っ?』


 シズキが焦燥を滲ませながら言った。


『遅いっての。こっちは死にそうだ。冗談抜きで』


 ノアがアルマを庇うように前に出た。アルマはノアの援護をするように見せかけて身を引き、早口で通信に応じた。


『早速で悪いが、俺たちの状況は確認してるだろ? ここから出るために、何とか手を回せないか?』

『もうやってる! そろそろ届くはずだけど』

『届く――?』


 アルマは、シズキの妙な言い回しに口をつぐんだ。

 衝撃が届いたのはほぼ同時だった。


「何だ――?」


 潤一が足を止め、天井を仰ぎ見た。ザイドリッツも顔を動かして音の方を見る。

 ただ一人、ミストだけが全ての事情を察したように溜息を吐いた。


「あーあ、時間切れかあ。まあ、けっこう足止めできたほうかな。同じ超高度AI相手なら仕方ないよね」


 ズズン――という低い音が連続し、天井が揺れた。かと思うと、部屋の隅、普通の地下フロアであれば換気ダクトが設置されているだろう天井の端から、一斉に爆炎が噴き出した。


「な――」


 アルマは絶句した。アルマのみならず、潤一もザイドリッツも、一瞬だけ言葉を失ったようだった。

 爆発は連続し、天井の一部をごっそりと抉り取って、一つ上のフロアへと続く巨大な斜め方向の穴をぶち開けた。数十メートル四方のこの部屋から、角が消滅した。熱と衝撃で折れ曲がった建物の基部が、パノラマのように数十メートルも続いていた。


『IAIAと提携してる軍事企業に開発させた、マイクロマシン爆弾、らしいんだけど』


 シズキが言った。


『気流に乗せて運んで、決められた位置で結合させて起爆させるんだって』

『……もう何でもいいさ。俺たちをここに送り込んだのはアストライアなんだから、責任くらい取ってもらわないと困る』


 アルマはそう言って、磁力の腕を開けられた穴へと伸ばした。全く同じタイミングで、ノアも同じ行動を取る。


「待ちたまえっ!」


 潤一が叫び、空気の弾を射出した。だが遅かった。アルマとノアは、互いに磁力で干渉することで距離を取り、空気弾を回避。まだ表面が溶けている鉄材を縫うようにして、閉鎖された空間から脱出した。

 シズキとの通信が正常に戻り、アルマの視界にARでの誘導が表示される。アルマとノアは互いに干渉しあうことで宙を泳ぐようにフロアを移動した。

 フロアの警備に当たっているはずのドローンは一機もいなかった。最初、アルマたちを襲撃したときの大量の機体は、やはり地下フロア中の警備ドローンをかき集めていたようだ。

 アルマとノアはフロアを横切り、まだ破損していないエレベーターをこじ開け、開かれた縦穴を垂直に上昇した。すぐ足下には、熱と衝撃で捻じれた骨材が密集していた。

 アルマとノアはそのまま屋上へと上り、ホールに着地した。

 その瞬間、アルマが体勢を崩した。


「っ?!」


 ギシ、と鉄を引きちぎるような音と共に、アルマの右脚が股関節からだらりと下がった。度重なる磁力干渉と戦闘行動で、とうとう関節部が完全に壊れたのだ。


「大丈夫。私が連れて行くから」


 ノアは磁力場で抱きしめるようにアルマに干渉した。

 アルマはノアの助けも借りながら、片足でヘリポートに出た。吹き抜ける夜風が二人の髪を揺らした。夜空を見上げれば、見慣れたティルトローター機が滞空しているのが目に入った。アルマは苦々しく笑みを浮かべた。


「こうなることは想定済みってことかよ、アストライア」

『アルマ君、義体が――』


 シズキが慌てたように言う。


「ノアに連れて行ってもらうさ。……それに、俺がこうなることも織り込み済みだったんだろう。アストライアは」

『そんな――』


 シズキは言いかけて、口をつぐんだ。


『……そうかも、しれないね』

「織り込み済みで、しかもこれからも働かされるわけだ。向こうは俺たちの報告を待ってるんだろ。それしか仕事がないからな」

『……そんなこと言ったらアストライアに怒られるよ』


 アルマとノアはティルトローターへと干渉して浮上していった。ハッチに体を滑り込ませると、ティルトローターは垂直に上昇を開始し、夜の闇へと吸い込まれた。



     ◇◇◇



「なぜ止めなかったのかね。ミスト」


 潤一が訊いた。


「施設の機能は全て君に開放していた。彼らを足止めすることも十分可能だったはずだ。我々と手を切るつもりかい?」

「そんなつもりはないよ。ただ、こうした方が面白くなるだろうと思って」


 ミストは悪びれもせずに言った。


「僕の目的は、自分の能力の測定と観察。それは君たちも了解しているはず。お互いに利害が一致しているから協力しているだけで、そこまで親身にはなれないんだよね」

「……なるほど。道理ではある」


 潤一は複雑な表情で言って、小さく溜息を吐いた。


「つまり、彼らを逃がした方が、君自身の能力を発揮する機会が増えると?」

「うん。彼らは間違いなく君を止めに来るよ。彼はオーバーマンだ。記憶は全てデータ化されている。さっきまでの君との会話を、アストライアが抽出するだろうね。君の目的を絞り出し、プランを立てるまで、半日も掛からないはずだ」

「それは全く、ありがたくない話だけどね。……もちろん、君が私たちを隠してくれるんだろう」

「任せてよ」


 ミストは請け負った。


「それにしても、最後の方の彼は凄かったね。人間の変化は劇的だ。潤一、君はどう感じた?」

「可能ならもう少し彼を見ていたかった。同一環境下でのデバイスの成長。個人のメンタリティに左右されるのがデメリットだけでないとするなら、オーバーマンの兵器運用にも多少は利点が見出せる」

「君らしいね」


 ミストは微笑み、


「君は? ザイドリッツ」

「奴のあれは、成長などでは断じてない。あれは、ただ堕落しただけだ」

「あらら」

「奴が見出したものが何にせよ、虚構に過ぎない。俺たちはオーバーマンだ。存在としては、お前に近い。ミスト。俺たちの自我は電子的に再現されたものでしかない。奴はその事実から目を逸らした」

「ふーん、君はそういう考えのままなんだね」

「腕を飛ばされ、足を潰され、体を消し飛ばされても、復元される存在を人間と扱うのか?」


 ザイドリッツが表情を険しくした。


「否だ。俺たちは器さえ用意されれば無限に再生を続ける怪物だ。記憶の全ては保存され、いくらでも複製が利く」

「コピーできるから、価値がないってこと?」

「人間的な価値は存在しない。価値があるとすれば、俺のように、一つの戦闘単位としての話だ。いくらでも補充が利く、人間の形をした道具だ。奴はあの場で俺たちに負けて無価値となったのにも拘らず、それを認めていない」

「どうしてそんなに悲観的なのかなあ。彼……アルマを庇うわけじゃないけど、もう少し肩の力を抜いてもいいんじゃないかな」

「原理的に、俺という存在は、義体が百機あれば同時に百人存在できる。そんな状態で、どこに自己を見出せと言うんだ」


 ザイドリッツは僅かに口調を荒げた。眼光が鋭くなり、無機質な殺意が全身から滲み出た。その殺意は他の誰でもない、自分自身に向けられているようにも見えた。


「まあ、過ぎたことを議論しても仕方がない。私たちも準備に移ろう」


 潤一がそう言って出口へ歩き始めた。


「僕を置く場所を作ってくれるんでしょう? 成功したら、それはそれで楽しい未来が待っていそうだよね」

「もちろん楽しいさ」


 潤一が口元を歪めた。


「最高に美しい世界が実現する。君の知恵と僕の組織力。二つを合わせて、永遠に戦場を渡り歩こう」


 潤一は酔ったように、しかし確かな声で言った。

 ザイドリッツも部屋を出ていった二人に続いた。


「桜庭在真――」


 その名前の響きの輪郭を確かめるように、重々しく呟いた。

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