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EXTERNALIZER  作者: 流川真一
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PROLOGUE The Explosion

・この作品はアナログハック・オープンリソース(http://www63.atwiki.jp/analoghack/)を使用しています。

・アナログハック・オープンリソース内の設定の独自解釈・改変・独自設定を含みます。

 穏やかな初夏の日差しが降り注ぎ、眠気を誘う温い風が吹き抜けていく。白い公園を行きかう人々の足音と、人の形をしたモノの足音。彼らを平等に祝福するように、街路樹の葉がさわさわと音を立てて歌った。

 そんな穏やかな時間にあって、桜庭在真さくらばあるまは落ち着かなさそうに視線を揺らす。上滑りするように公園の風景を見渡して、結局、隣に腰掛ける彼女に目を奪われる。それを繰り返していた。

 だから、


「そんなに見つめてきてどうしたの」


 隣に座る女性――沐凪蒔絵あらなぎまきえがそう問いかけてくるのも、ごく自然な流れだった。

 涼やかな一重目蓋の瞳を、動揺する在真へとひたと向ける。変化の乏しい表情は今回もほとんど変わらず、純粋に疑問なのか、からかってきているのかは分からない。彼女の額に掛かった茶色のショートヘアが、風と戯れるように揺れていた。


「別に何でも……」


 在真はそんな彼女に数秒ほど時を奪われ、情けない誤魔化しの言葉をなんとか口にした。気まずさから、手にしていたソフトクリームの包装紙をくしゃりと握り締める。

 蒔絵はそんな藺弦を見つめて、


「そんなに見つめられると照れる。ドキドキしちゃった」

「嘘ですよね。全然そんな風に見えないんですけど。てかあんた、いっつもそんな感じでしょうが」

「失礼だと思う。私にも人並みの羞恥心くらいある。穴があったら入りたい」


 蒔絵は表情をさっぱり変えないまま、残りのソフトクリームをちまちまと食べている。その様子はどこか小動物を思わせた。


「私、何か変だった?」

「変ってことは、……まあ、普段から若干変なんで」

「私が観察し始めてからざっと二十秒強は視線を固定してた」

「そんなに!?」

「私の主観では」


 じっとこちらを見つめてくる蒔絵に、在真は逃げるように視線を公園へと向ける。


「……何を見てるのかなって思っただけですよ。急に静かになったから」

「私が無口なのはいつも通り。デートだからお喋りになると思った?」

「――、」


 在真がぴくりと肩を震わせ、何かを言おうと口を開くが、そこで固まった。


「――想像してたよりもいい反応」

「って、今何か言っただろあんた」

「別に何も。純真無垢な後輩に感心してただけ」

「人を玩具か何かみたいに思ってませんかあんたは。研究室でも俺が弄られてるのって、元を辿れば先輩のせいですよね!」

「そんなことない。キミの人望が成せる技。愛されポジション」

「どこがですか! てかあんただって同じ場所で作業してるんだから知ってるでしょうが!」

「物品の破損は全てキミのせいになってるよね。一種のスピリチュアルな存在。工学系なのにオカルト方面もフォローするなんて私には真似できない」

「扇動してるあんたが言うな!」

「hIEを見てた。今日も頑張って働いてるなって」


 唐突に蒔絵が話題を変えた。

 在真は少し虚を突かれたが、すぐに立ち直る。蒔絵がころころと話題を変えるのはいつものことだ。

 蒔絵の視線を追って、公園を行きかう人々を見る。少し意識すれば、人間とモノは意外と簡単に見分けがつく。


「そんな珍しいもんじゃないでしょう。普通の家庭用のばかりじゃないですか」


 道を行きかう人型のモノ――【humanoid Interface Elements】、頭文字を取ってhIEは、人間型のロボットだ。二十二世紀現在、人間はhIEに労働を代理させることによって、日々の生活に豊かさと潤いを得ていた。

 今二人が座っている都心外れの公園にも、大勢のhIEが行きかっている。割合にすれば、人が六に対してhIEは四くらいだろうか。日中ということもあり、家庭用の機種が多かった。hIEは特別なものではなく、一昔前の携帯電話やパソコン、テレビや電話のように、ごく一般的な日常生活のツールだ。

 人間とモノが溶け合った風景は、在真たちにとってはごく当たり前のものだ。隣にいる人の形をしたモノが、本当に人間であるという時代は数十年前に終わっている。

 だが、蒔絵はそのありふれた風景を前に、特別なものを見るように微かに目を細めた。


「この光景を見るたびに、人間とhIEに違いはないんじゃないかって思う」

「……どういう意味ですか?」

「言葉通りの意味。人間が脳で思考するのと同じように、hIEはAASCで思考してる。違いがあるとすれば、考える場所が内側か外側かってだけなんじゃないかって」


 蒔絵が言ったAASC――【action adaptation standard class】とは、hIEを動かしているプログラムだ。ネットを通じてAASCを利用することで、hIEは遅滞のない協調行動を可能としていた。

 それを知っているからこそ、在真は蒔絵の言葉に違和感を覚える。


「AASCってプログラムでしょう。結局、Aを入力したらBを出力するっていう、原始的な会話ボットみたいなもんですよ。思考とは言えないんじゃないですか」

「知ってるよ。私が何を専攻してるか忘れたの?」

「そりゃ知ってますよ。インターフェースの社会利用とその変遷。同じ研究室なんですから」

「うん……」


 蒔絵は公園の風景を見つめながら、


「人間とhIEが根本的に違う、っていう君の意見はもっともだと思う。私もつい最近までそう思ってた」


 蒔絵は微かに視線を伏せる。


「でも、人間の思考、というか記憶も、結局のところこれまでの経験の積み重ねでできているものでしょう。それを元に、人間は外界からの刺激に対して脳で反応する。hIEは外界からの刺激に対して、超高度AI【ヒギンズ】が作ったAASCで反応する。原理的には同じ」

「そりゃ、言い方によってはそうですけど。でも、それはやっぱりおかしいですよ」

「両者の違いを、論理的に説明できる? hIEがどんなふうに物事を捕えて処理しているのか、言うならばhIEの【意識】がどのようなものなのか、私たちは知らない。人間同士が、互いの気持ちを体感できないように」

「まあ、そう言われてしまうと、何ともいえないんですけど……」


 在真は少し考えて、


「ほら、人間の脳はオリジナルじゃないですか。hIEはAASCで動いてる。つまり同じシステムで何千万機という機体が稼働してる。オリジナルかコピーか、っていうのも大きいんじゃないですか」

「なら、在真はオーバーマンは人間だと思う?」


 在真は少し虚を突かれた。

 オーバーマンとは、記憶を外部に記録した人間のことだ。肉体を人工的なものに変え、その上に記録しておいた記憶を乗せることで、半永久的に生きることができる。だが、


「オーバーマンはAIでしょう。二十一世紀後期のデリー会議で明確に定められてる。条約ですよ。日本も締結してる」

「そういう話じゃない。キミ自身が、オーバーマンのことをどう思っているか、ということ」

「俺自身が……?」

「例えば、今私がオーバーマンであると告白したら、私のことを即座にAIと認識できる?」


 在真はすぐには答えられなかった。

 蒔絵は続ける。


「原理的には意識を完全に複製して再現することができる。人間もオーバーマンも、通常のコミュニケーションでは何ら差がない。それどころか、知識や意識のレベルでも、全く人間と同等と言える。ただ違うのは、全身義体による身体能力の変化と、脳の機械化による情報処理能力の拡張がされているということ。逆に言えば、それ以外に人間との相違点を見出せない」


 蒔絵はソフトクリームのコーンの最後の一かけらを口に放り込んで、在真に僅かに顔を寄せた。


「人間であることの証明は、人間の限界を持っていることなの? それとも、人間の意識を持っていることなの?」

「俺は……」


 在真はのけぞるように蒔絵から身を引く。その問いかけよりも、むしろ、顔を寄せてくる蒔絵の表情に――その目鼻立ちや澄んだ瞳、桜色の唇に――意識の大部分が割かれていて、それどころではなかった。

 だが、まともに働かない頭でも一つはっきりしていることがあった。


「もし先輩がオーバーマンでも人間でも、俺にはあんまり関係ないですよ。俺は先輩が先輩ならそれでいいです」

「……答えになってる?」

「なってますよ。俺の中では」


 在真の答えに、蒔絵はきょとんと在真の顔を見て、やがて微かな笑みを浮かべた。


「……うん。そうだね。君の言う通りかもしれない。……結局のところ、人間が人間である証明なんて、必要なくて、誰かがその誰かだと分かっていれば、それだけでいいのかも」


 その穏やかな微笑みに、在真は目を奪われる。

 蒔絵は在真を見つめて、


「君は気持ちいいね」

「は?」

「考え方とか、そういうの。理屈っぽくなくて、救われる感じがする。理屈で作られた城みたいなところで生活してるのにね」

「……まだ四年ですから。院生とは違いますよ」

「それは確かに、そうかもしれない。実益か趣味かの差なのかもね」

「それって、先輩が趣味で研究してるってこと?」

「どうかな」


 蒔絵は立ち上がって、在真に手を差し出した。


「午後もエスコートしてくれるんでしょう?」


 在真はぽかんとして、慌てて立ち上がった。


「た、ただの買い物の案内、ですけど」


 ごにょごにょと言いながら、差し出された手を握ろうとした。


 人間の桜庭在真の記憶はここで途切れる。

 それ以外に残っているものは、全てが断片的だ。巻き上がる焔と耳を聾する爆音。体を引き裂くような風圧に舞い上がる瓦礫。次々と自爆していくhIEの姿。気が付けば体の感覚はなく、視界も潰され、ただ――体の上でしっかりと抱きしめてくる先輩の感触は、何故か鮮明に伝わってきて。

 それが全て。

 それから二年。西暦二一〇八年。桜庭在真は存在していたが、人ではなかった。

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