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彼と彼女【短編集】

無理やり奪って、今すぐに


 そこでは、微睡まどろむほど穏やかな木枯らしが吹いていた。






「もう帰るの?」


 校門からひょっこり顔を出したのは、一番会いたくない人物だった。


「あぁ。女が待ってるから」

「そ、か」


 微かに頬を赤らめ視線を彷徨わせる彼女は、相変わらず男馴れしていない。それでも彼には屈託のない笑みを惜しげもなく見せる理由は、彼が一番わかっていた。


「……は」

「え?」


 声にする筈ではなかった言葉の尻を取られ、内心で舌打ちする。そこで誤魔化すのもどうかと思い、溜息と共に女々しく呟く。


「彼氏くんはどうした」

「あーっと」

「……おい」

「へへっ。……うん、いつもの」


 苦笑しながらも懸命になんともないふりをする彼女は、それが恋人の不満であることを知らない。

 そして、彼にとっても不満であることを。


「文句は言え。じゃなきゃわからねぇぞ」


 どうして彼女はわからないのか。恋人に妬いて欲しくて、尻の軽い女どもを切っていないことを。どうして彼女は知らないのか。彼女の恋人が、幼馴染たる彼との関係を疑っていることを。


 何度目かわからない忠告をする。返ってくるのは、寂しげな微笑。――それがいつものやり取りだった。

 それなのに、


「男の子なんて皆、遊び慣れてる子がいいんでしょ?」


 不貞腐れながら責めているのは、彼女。痛いところを突かれたのは、彼。

 不特定多数との付き合いを揶揄していることは、嫌ってほど伝わってきた。


 奥歯で苦虫を噛み潰す。


「彼氏くんは兎も角な。俺にとって近寄ってくる女は誰でもいいんだ。一人寝でなければ、それで」


 闇夜に一人でいることが苦痛になったのは、いつからか。


 ふと、二人に漂う空気が変わる。言ってはいけないことを言ったことに彼が気付いたときには、遅かった。


「誰でも、いいなら。ただの暇潰し、なら。――私を抱いてよ」


 震えている声は、逃げようとした彼を抑え込むように熱い。


「            」


 その願いのままに。焦がれて欲してやまなかったその身を手に入れることが出来たら。


 脳が麻痺するほど甘い誘惑を、耳元で囁かれた言葉を、それでも必死に否定する。


「……莫迦言うな」


 彼女の震えが、伝染していた。情けないほどに。

 それでもなんとか跳ね除ける。


 彼と彼女は、タイミングを逃した。所詮すべて今更だった。


 沈黙が満ちれども、二人はなにも言わない。

 やがて彼女は静かに立ち去った。彼は、顔を上げることもできなかった。






 そこには、泣きたいほど冷たいこがらしが吹いている。

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