表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/14

第七話

 ビット捕獲作戦から、お屋敷の空気は格段と良くなった。

 ギスギスした空気は、もはや微塵もない。良いことだ。

 因みに、朝の恒例であったジャスティ様床とこんにちはは無くなった。

 ビット捕獲作戦の翌日、ジャスティ様はお嬢様に起こされる前に自ら起きてきたのだ。

 驚きのあまり、ジーン様は包丁で指を切り、クウリィ様は床に水をぶちまけた。

 私は、花壇から誤って薬草を抜いてしまい、クリフ様に慰められた。

 私達の混乱を余所に、ジャスティ様は一直線にお嬢様の元にむかい、満面の笑みを浮かべた。

「おはよう」

 と、お嬢様に挨拶したのだ。お嬢様にだけ! こ、これは、もしや!?

「まあ! ジャスティ様、おはようございます!」

 ジャスティ様が一人で起床出来たことを、お嬢様は殊更喜んだ。ジャスティ様に、愛らしい笑顔を惜し気もなく向ける。

 ジャスティ様の頬が、赤くなる。お嬢様! 危険信号ですぞ!

「あ、ああ。今朝もいい天気だ。その、菜園の野菜達もさぞかし瑞々しいことだろうな」

「そうね! 今日は私も収穫を手伝うわ!」

 お嬢様は嬉しそうに笑う。ジャスティ様が一人で起床したことを、心から喜んでいるのだ。

 でも、お嬢様。今、その笑顔は危険です。

「そうか! では、共に行こう」

「ええ!」

 ジャスティ様とお嬢様は、並んで歩いていく。お似合いだけど! お似合い、だけど!

 お嬢様の娘的存在としては、複雑です!

「ジャスのやつ、抜け駆けー」

 二人を見送ったクウリィ様が、むうっと口を尖らせる。おや?

「ええ、態度が急変し過ぎです」

 台所の窓から顔を出したジーン様も、何だか不満そうだ。おやおや?

「んー……、俺も負けてらんないや」

 そう言うと、クウリィ様は立ち去っていく。

 闘志に満ちた目をなさっていた。

「……」

 ジーン様は、無言で窓を閉めた。しかし、珍しく眉を寄せていたな。

 これは、まさか。

「君の、お嬢様。愛されてるね」

 ですよねー、クリフ様。

 それから数日経っても、朝の恒例は起きなくなった。ジャスティ様凄い。


 さて。いきなりだが、自由時間である。

 最近の私は、何かとクリフ様と一緒に居るが、それは仕事があったからだ。

 お嬢様流のおもてなしで、私の仕事がクリフ様の仕事になっている。だから、私に何も無ければクリフ様も仕事が無いわけで。今、私とクリフ様はする事が無いので、別行動中である。

 私は、村の外れにある草花が群生する丘に来ている。お弁当もある。プチピクニックだ。

 ……本当なら、お嬢様と来たかったけれど。今のお嬢様は、青空学級中だ。邪魔は出来ない。

 他に誰かを誘うという考えがあったにはあったけど。思い浮かんだのは、最近一緒に居るクリフ様だ。でも、本当に長いこと一緒に居るから、折角の自由時間ぐらい私から開放してあげたいし。

 そういう思いから、一人なのである。

 うむ。サンドイッチ美味しい。

「……良い青空だなぁ」

 綺麗な青に、私は嬉しくなる。

 はむっと、サンドイッチを頬張る。美味しい!

「おい、お前」

「ひ……っ」

 突然背後から声を掛けられた。聞き覚えのある声だ。ジャスティ様だ。ジャスティ様に、話し掛けられたのだ。そう理解した瞬間、私はサンドイッチを瞬時に片付け、口元を拭い振り向いた。

「な、にか、ご用でしょうか」

 ジャスティ様は、軽く目を見張ったあと、眉を寄せる。

「そう、畏まれると、何だかな」

「す、みません」

 仕方ないじゃないか。ジャスティ様と私って、会話したことあんまりないですしー。

 ジャスティ様は、立ったまま話し出す。

「その、お前とはこうして話すのは、初めてだな」

「そうですね」

 困った。会話が弾まない。

 しかし、ジャスティ様は気にした様子がない。それが救いといえば救いだ。

「……お前に、聞きたい事がある」

「なんでしょう」

 ジャスティ様は、眉間の皺を濃くしてしまう。深刻な表情に、私は喉をごくりと鳴らす。何だろう。何を聞く気なんだ。

「……かっ」

 ジャスティ様が、声を引き絞るようにして漏らす。か? か、とは。

「彼女は、何が好きなんだ……っ」

「え……」

 私は、目を瞬かせる。彼女。ジャスティ様の言う彼女とは、お嬢様の事を指すのだろう。それが分からない程、私は鈍くない。多分。

「……好きなものは、ないのか?」

「い、いえ! ありますよ! お嬢様は、ほら、このお花が好きです」

 私は、すぐそばに咲く、可憐な花を指差す。

「……野花ではないか」

 ジャスティ様は、不満そうだ。

「確かに、都で売っているような花の美しさには敵いません。でも、この花を見るお嬢様の目はとても優しいです」

「そうか」

 ジャスティ様は、花を摘もうとする。お嬢様に差し上げるのだろう。

 私は、ある事を思い付いた。

「あの、どうせなら花冠を作りませんか?」

「花冠……」

「はい! 普通に渡すより、もっと喜んで下さいますよ!」

 私の言葉に、ジャスティ様の目が輝いた気がする。

「そ、そうか。ならば、作り方を教えてくれないか」

「はい!」

 私は、ジャスティ様と花冠を作った。作成中のジャスティ様は凄く真剣で、お嬢様が本当に好かれてるのだとよく分かる。お嬢様、罪作り!

 ジャスティ様は、完成した花冠を持っていそいそと走っていく。あ、ちゃんとお礼は言われましたよ。ジャスティ様、変わったなぁ。


「ねえ、きみー」

 サンドイッチを食べ終わり、後片付けをしていると、今度はクウリィ様がやって来た。

「お嬢さんって、何が好きー?」

 聞き覚えのある質問がきた!

「す、好きなもの、ですか」

 私はちらりと、側で風にそよぐ可憐な花を見る。この花はもう使えない。

 クウリィ様は、期待に満ちた目で私を見ている。私は考えた。

「お嬢様は、静かな景色が好きです」

「景色ー?」

 クウリィ様は怪訝そうに私を見ている。

「はい。静かな森。静かな川。綺麗な青空を舞う鳥の姿。そんな景色です」

「ふーん、そっかー」

 クウリィ様は、いまいちピンとこないようだ。

 だから、私は熱弁をふるった。二人で並び見る景色の素晴らしさを。そして、語る。クウリィ様のように普段賑やかな方が、静かな空間に寄り添ったら普段との印象の違いにお嬢様も、胸をときめかせるのではないか、と。所謂ギャップ萌えである。

 そして遠回しに釘を刺すのも忘れない。下心は隠すべし。

「へー、キミって凄いんだね」

 クウリィ様は、感心しきりだった。えへん。

「ありがとー」

 クウリィ様は手を振って、去っていく。

 上手く助言出来たようで何よりである。

 ……ジャスティ様達は、お嬢様のこれからに大きく関わってくる。お嬢様と仲良くして頂いて損は無いのだ。

「……お嬢様のこと、お願いします」

 私の呟きは、風の中に消えていった。


「お嬢さんは、何か好きな食べ物がありますか」

 ……ジーン様、貴方もですか。

 プチピクニックを終え、お屋敷に帰れば今度はジーン様の番だった。

 分かっていた。予感もあった。ただ、言いたい。

 お嬢様、愛され過ぎです。こんちくしょう。

「……お嬢様は、村の特産品で作ったパイがお好きです」

「作り方を教えてもらっても?」

「お任せください」

 これも、お嬢様の旅路をより良いものにする為だ。どんと、こい!


 ジーン様とのお料理教室で、私の自由時間は終わった。なかなか有意義に過ごせたのではなかろうか。うむ。

 夕方になり花壇の薬草を摘む為に庭に行くと、クリフ様が既にいらしていた。

「お待たせしましたか?」

「ううん」

「なら、良かったです」

 私は、花壇へとしゃがもうとしたが、クリフ様の挙動がおかしい事に気付き立ち上がる。

 クリフ様は、両手を後ろに隠し、ちらちらと私を見ているのだ。どうしたのだろう。

「クリフ様?」

「あの、その、僕。これ」

 クリフ様はもじもじしながら、後ろから袋を取り出した。見覚えのあるそれは、いつかの折り二人で食べた焼き菓子の袋だ。

「今日、時間が、あったから、教わった」

 そうか。今日の自由時間、クリフ様はおばあさんの所に行ってたんだ。

 夕日に顔が赤く染まったクリフ様は、私にそれを差し出す。

「……あげる」

 私は反射的にそれを受け取り、笑顔を浮かべる。

 お嬢様、クリフ様が!

 あの、芋を大量廃棄してしまったクリフ様が!

 お嬢様に、焼き菓子を!

 もう、本当に皆様、お嬢様が好きなんですね!

 お嬢様の未来が明るいと分かり、私は嬉しくなる。

「ありがとうございます!」

 お礼を言えば、クリフ様も嬉しそうにしてくださる。

 お嬢様の為に、頑張りましたもんね!

「お嬢様も喜びます」

「え……」

 瞬間、クリフ様から表情が消え去る。

 え、何故?

「く、クリフ様?」

 呼び掛ければ、クリフ様の体がぴくりと動く。同時に、表情も動く。

「……違う」

 クリフ様の声は震えている。悲しそうな声だ。

 クリフ様は、私の持つ袋に触れるとぐいぐいと押す。つ、潰れませんか焼き菓子!

「それ、君の……っ」

 クリフ様の泣きそうな表情と、言葉に馬鹿な私は理解する。

 この焼き菓子は、クリフ様が私へと焼いて下さったのだ。

「すっ、すみません! すみません、クリフ様!」

 私は、一生懸命謝罪を口にする。

 私は、馬鹿だ。思い込みで、クリフ様の真心を台無しにしてしまった。

 私は、何度も謝った。土下座も辞さないつもりだ。この世界には、土下座ないけども!

 何度目かの謝罪で、クリフ様は私から離れた。顔を俯かせている。本当に、ごめんなさいクリフ様。

「僕も、言葉、足らなかったから」

「クリフ様……」

 クリフ様は、顔を上げる。そこにはもう悲しみの色は無かった。

 クリフ様は、私の持つ焼き菓子を指差す。

「それ、頑張ったから、食べて」

「は、はい! 必ず!」

 私は、必死に頷く。

 すると、クリフ様は満足そうに笑って下さった。

「僕、他のひととは、違うから。覚えておいて」

「え……?」

 それは、どういう?

「それ、じゃあ」

 聞き返す前に、クリフ様はお屋敷のほうへと走って行ってしまう。

 残された私は、とりあえずその場で焼き菓子を食べた。

 焼き菓子は、甘くて、私の心に染み込んでいった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ