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第一話

 私が、前世の記憶があると自覚したのは、十一歳の頃だった。

 お仕えするお嬢様と恐れ多くも、一緒に机に着く事を許され神話について勉強していた時だ。

 生まれて初めて聞いた筈の神話なのに、私はそれを知っていた。

 世界を創ったという女神のことも、世界を憎み魔物を産んだ邪神のことも。そして、その二神が双子であることも、私は既に知っていたのだ。

 私の中に、次々と記憶が溢れていった。

 私の中に溢れたのは、地球という星にある日本という国に住んでいた少女の記憶である。

 記憶が告げる。私が生まれた世界は、地球ではないと。

 記憶が、告げた。

 私の生まれた世界は、前世で遊んだことのあるゲームの世界に酷似していると。

 世界観も、国々の名前も、ぴったりと当てはまる。

 何よりも、お嬢様だ。滑らかな白い肌と絹糸のような美しい金色の髪を持つお嬢様。その容姿は、ゲームの主人公によく似ていた。

 深き森に囲まれた村の、村長の孫娘。流行り病で二親を亡くし、祖父に育てられたという境遇まで似ている。

 私は、確信した。お嬢様こそ、前世で大好きだったゲームの主人公であると。

 ゲームの名前は、『予言の乙女』。

 女神に選ばれた聖なる乙女と、運命に翻弄される騎士達との恋物語だ。つまり、女性向け恋愛ゲームである。

 前世を思い出した私は、目が眩みそうになった。今の世界がゲームだなんて、嘘だ。


 お嬢様は、とても美しくお優しい方だ。

 ご自身も親を亡くされたばかりだというのに、同じく流行り病で両親を亡くした私を引き取り、育ててくれたのだ。

 当時、私は五歳。お嬢様は、七歳になられたばかりであった。

 両親の死により心を閉ざした私を、お嬢様は根気よく支えて下さった。

「ほら、見て。綺麗な青空」

 私の手を握り、空を指差し、世界の美しさを教えてくれる。

 優しい微笑みで、私を見つめてくれた。

「雨音がする。静かね。でも私達のとくんとくんという音もするわ」

 雨天。部屋で二人きり。喋ろうともしない私なのに、お嬢様は隣で優しく寄り添ってくれた。

 暗く濁って見える世界に、光が差した気がした。

「ふふ、外は寒いのに、私達はあったかいわね」

 寒い冬。お嬢様と私は、同じ布団にくるまって眠った。お嬢様の子守唄が心地良い中、私は眠りに就いた。

 時間にして、一年。私は、お嬢様に愛情を注がれ、穏やかに過ごした。

 そして、私は自覚する。私の世界は、優しく美しいのだと。

 一年もの間、私はお嬢様と共にあった。それは、片時もお嬢様が私から離れなかったということを意味する。

 お嬢様に、見守られていたのだと。

 そして、一年もの間。村の誰も、無為に時間を過ごす私を責めなかったことにも気付いた。皆、私を優しく見つめていた。

 空に、二羽の鳥が舞う。仲睦まじい姿に、自然と、私とお嬢様のようだと思う。

 優しい光景だと、私は思った。思えるようになった。全ては、お嬢様や皆のお陰だと。

 私は、泣いた。一年振りに、声を出し泣いた。隣には、お嬢様。手を握ってくれている。

 世界は、悲しみや絶望をもたらしても、優しく導いてくれる光をくれるのだ。

 私は、お嬢様に尽くそう。幼心にも、そう誓った。


 前世の記憶が蘇っても、私は変わらなかった。

 生まれた村をゲームとは思えないし、

私自身もゲームのキャラだとは感じない。私は、私。世界は、世界。

 命は、重い。失ったら、取り返せない。

 世界観は、ゲームに酷似しているけど。私達は、日々を生きている。もしかしたら、お嬢様の運命だって変わるかもしれない。

 十一歳の私は、そう思っていた。

「あら、おはよう」

 朝日が差す中、今日もお嬢様は優しい微笑みを浮かべている。それだけで、私は満足だ。

「おはようございます、お嬢様」

「もうっ、堅苦しい呼び方! いつも言ってるでしょう! 名前で呼んでって!」

 不満を露にするお嬢様に、私はとんでもないと首を横に振る。お嬢様は、お嬢様なのだ。

 お嬢様は、ため息を吐く。

「……本当に、頑固に育ったものね」

 私を育てたのは、お嬢様である。しかし、空気を読める私は黙っておく。

「でも、ご飯は一緒にしましょ。お願い」

 こてんと首を傾げて、上目遣いをするお嬢様。ぐっ、なんという威力だ。私は、よろめくのを何とか堪える。お嬢様、そのお願いは卑怯です。

「ね? お祖父様も言ってるの。貴女は、家族の一員だって。家族なら、ご飯は一緒にするものだわ」

 その言葉に、私は食卓に既に座っていらっしゃる旦那様を見る。旦那様は、笑い皺の深い穏やかな方だ。旦那様は、ゆったりと頷いた。

「お前も、私の孫だ。さあ、おいで」

 旦那様にまで言われては仕方ない。

「ありがとうございます」

 私は、お礼を口にするとお嬢様と共に席につく。

 最近の私は、お嬢様達と距離があまりにも近いのではないかと、悩んでいた。私は、元は村人の一人だ。それが、村長である旦那様や、その孫娘であるお嬢様と食事を共にしている。良いのだろうか。

 ……私は、こんなにも幸せで、良いのだろうか。

 そんな私の葛藤を、お嬢様達は気付いていらっしゃるのだろう。事あるごとに、家族だと言ってくださるのだ。

 本当に私は、幸福者だ。

 この幸せが、ずっと続けば良いのに。

「……神託なんか、なければ、良いのに」

 ぽつりと、私は口の中だけで呟いた。


 世界を守る女神の神託。

 それが、お嬢様の運命を動かすことになるのだ。

 この世界が、『予言の乙女』と同じ運命を辿っているのならば。女神の予言というやつが、お嬢様が生まれた日に成されている筈だ。

 『世界を闇から救う娘が、十六年後に覚醒する』と。

 『予言の乙女』は、予言から十六年後──つまりゲームの主人公の誕生日の、1ヶ月前から本編は始まる。

 王国から特務を受けた少数精鋭の騎士が、深き森に囲まれた村を訪れる場面が、ゲームのオープニングだ。

 特務騎士達は、深き森の更に奥にある精霊の森に用があるのだが。精霊の森には結界が張ってあり、ある娘が森に入る為の鍵になると特務騎士達は教えられている。

 その娘が、主人公……つまり、お嬢様である。

『ある村に女神の神託を授かる娘が居る。その娘に、助力を乞うのだ』

 予言の内容は故意に伏され、特務騎士達に伝えられる。だからか、ゲーム開始時の特務騎士達の主人公への態度は、素っ気ないものになっている。精霊の森の鍵代わりが、まさか世界の命運を握っているなんて思わないだろう。

 それがまた、好感度を上げる気にさせるのだが、まあ、それは置いておくとして。

 今のお嬢様は、十三歳を迎えたばかりだ。

 食事を終え、村の子供達と遊ぶお嬢様を見て、私はそっとため息を吐いた。

 輝く笑顔を浮かべるお嬢様は、私にとって幸せの象徴だ。

 そんなお嬢様に三年後、過酷な運命が待っているなど、考えたくない。

 どうか、ゲームと同じ運命が来ませんように。

 私は、毎日祈った。

 村の教会にも、足しげく通った。

 だけど、運命は動き出してしまう。


 私は、十四歳になった。

 お嬢様は、十五歳を終えようとしているそんなある日。

 穏やかな筈の村が、にわかに騒がしくなった。ある報せが届いたのだ。

 王国の騎士様達が、村にやってくる、と。



 


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