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「貴方のこともしょっちゅう想像したね」

 黒衣に身を包んだ、黒髪の青年。私を迎えに現れる異界人の一人……

「そうだね。そして君が想像したなら、僕は本当に存在するんだよ」

彼に関しては、現れるのに窓も鏡も必要ない。常に、気付いたら私のすぐ傍にいる。

「これは、幻想、だよ……」

「幻想? それじゃあ、僕が君を抱き締める感覚も……これは幻想かい?」

 黒い男の腕は、強く私を締め付ける。波打つ黒衣が私の体をいくらか包み込む。足を撫でるベルベットの感触は妖しく、くすぐるようで貼りついてくる。

「君がどれだけ拒否しても、僕は決して消えたりしないよ」

そんな風に、私が想像したから。


「嫌……」

「あれ? 君、ひょっとして怯えているのかい? 君が作った僕に?」

 黒い男はさも楽しそうに、私の顔を覗き込みながら笑う。

「それは嬉しいな……君は僕をそういう風に作ったものね。君が怖がってくれないと、物語は盛り上がらないもの」

私はもうすっかり彼に抱き上げられてしまっている。

 私は幻想の一つとして黒い男を想像した……他と比べて異質だという認識はなかった。けれど確かに彼は、無理強いして私を連れて行く力を持つ唯一の存在だった。

「君は随分たくさん、僕の話を作ってくれたよね。それじゃ、実際にはどうしよう? テレビ画面からがいいかい? それとも、床か壁に『穴』を作ろうか?」

 彼は、詩的に話すのが好きだった。狭い空間を通り抜けるのも。

「どうやって君を閉じ込めてしまおう? 小瓶に入れる? それとも風船に閉じ込める? でなきゃ、小さなお人形に変えてしまう? 使い魔に食わせるのもいいね。悪鬼? 蜘蛛? 植物っていうのもあったね」

 全部、私が想像したのだ。

 私がそうなるように。


 毎日が苦しくて、苦しくて、でも何も出来なかったから。

 耐えて耐えて、それも限界だったから。

 何をする気も起こらなくて、何もしたくなくて、

 逃げたかったから。

 だから私は、想像することで逃げて隠れた。

 だから私は、彼を作った。



  もう

  消えてしまいたかった  から




 けれど。

「……でも、嫌。本当に、行きたくない!」

 もう私は気付いてしまっているのだ。

 その種の幻想が一番、たちが悪い……連れて行かれる、という強烈な印象ばかりが強くて、その後に残るものが全くない、救いようのない物語。

 その中で私が快感を覚えるとするならば、それはその一瞬にしかない。誰かにさらわれていく、そして誰かの物になる、誰かに所有されてしまうその瞬間。緩やかに自分の意志が消えて、物体になって、そして私を心から愛でてくれる誰かのなすがままに、封じられる。

 それは快感だ。間違いなく、私にとっては堪らないほどの。

 確かにその想像はいつも、私を興奮で身震いさせた。白い男だって、羽の女だって、想像の根本にあるものは大して変わらない。抱き上げられ、拘束され、動けなくなって、自分ではないものにさせられる、それは確かに一種の快感だ。

 でも、私はこの事も気付いてしまっている。

 その快楽は、結局一瞬でしかない。誰かに所有されたと感じた、その一瞬で終わってしまう。その後にはもう……全く何も残らない。

「私は……、もの なんかじゃない!」


「嫌かい?」

 黒い男は笑う。

「でも、そこで無理を通すのが僕の仕事なんだよね……ほら」

 目の前の壁には、人がくぐれるほどの黒く渦巻く穴が開いている。黒衣が流れる……吸い込まれている。

彼が私を放り投げれば……一瞬の陶酔と永遠の虚無、それで終わりだ。

「ね、一緒に行こうよ」



 私が本気で叫ぼうとした、その一瞬で。


 急に全てが消え去った。



 私は椅子の上に落ちた。ちょうど横向きに座れている。黒い男も、吸引力を持った穴も消えてしまって、跡形もない。部屋の中に動くものはなく、聞こえるのは窓の向こうの喧騒だけだ。

 いや……もう一つ。あまりに日常的で気付かなかったけれど、稚拙すぎる電子音が机の上で鳴り響いている。

 

……携帯電話。


 反射的に開くと、他愛もない雑談のメールが届いていた。



「……そっ、か」

 私には仲間がいる。

 それが、あの頃と今との唯一の差。


 メールに返信して、机に向き直った。

……とりあえず今はまだ、解答集を見てもいい。次で、本番で、ちゃんと対応できればいい。


あの頃行きたくて堪らなかった新しい世界は、決して今の場所と隔絶されているわけではなくて……だから、自分から足を進めなければならないのだろう。

 そしておそらくその先に、いざないはもう用意されている。


彦星こかぎです。

読んでくださってありがとうございました。

これは私の大学文芸部デビュー作品です。後半が拙い感じではありますが……

これからもよろしくお願いします。

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