(4)
「貴方のこともしょっちゅう想像したね」
黒衣に身を包んだ、黒髪の青年。私を迎えに現れる異界人の一人……
「そうだね。そして君が想像したなら、僕は本当に存在するんだよ」
彼に関しては、現れるのに窓も鏡も必要ない。常に、気付いたら私のすぐ傍にいる。
「これは、幻想、だよ……」
「幻想? それじゃあ、僕が君を抱き締める感覚も……これは幻想かい?」
黒い男の腕は、強く私を締め付ける。波打つ黒衣が私の体をいくらか包み込む。足を撫でるベルベットの感触は妖しく、くすぐるようで貼りついてくる。
「君がどれだけ拒否しても、僕は決して消えたりしないよ」
そんな風に、私が想像したから。
「嫌……」
「あれ? 君、ひょっとして怯えているのかい? 君が作った僕に?」
黒い男はさも楽しそうに、私の顔を覗き込みながら笑う。
「それは嬉しいな……君は僕をそういう風に作ったものね。君が怖がってくれないと、物語は盛り上がらないもの」
私はもうすっかり彼に抱き上げられてしまっている。
私は幻想の一つとして黒い男を想像した……他と比べて異質だという認識はなかった。けれど確かに彼は、無理強いして私を連れて行く力を持つ唯一の存在だった。
「君は随分たくさん、僕の話を作ってくれたよね。それじゃ、実際にはどうしよう? テレビ画面からがいいかい? それとも、床か壁に『穴』を作ろうか?」
彼は、詩的に話すのが好きだった。狭い空間を通り抜けるのも。
「どうやって君を閉じ込めてしまおう? 小瓶に入れる? それとも風船に閉じ込める? でなきゃ、小さなお人形に変えてしまう? 使い魔に食わせるのもいいね。悪鬼? 蜘蛛? 植物っていうのもあったね」
全部、私が想像したのだ。
私がそうなるように。
毎日が苦しくて、苦しくて、でも何も出来なかったから。
耐えて耐えて、それも限界だったから。
何をする気も起こらなくて、何もしたくなくて、
逃げたかったから。
だから私は、想像することで逃げて隠れた。
だから私は、彼を作った。
もう
消えてしまいたかった から
けれど。
「……でも、嫌。本当に、行きたくない!」
もう私は気付いてしまっているのだ。
その種の幻想が一番、たちが悪い……連れて行かれる、という強烈な印象ばかりが強くて、その後に残るものが全くない、救いようのない物語。
その中で私が快感を覚えるとするならば、それはその一瞬にしかない。誰かにさらわれていく、そして誰かの物になる、誰かに所有されてしまうその瞬間。緩やかに自分の意志が消えて、物体になって、そして私を心から愛でてくれる誰かのなすがままに、封じられる。
それは快感だ。間違いなく、私にとっては堪らないほどの。
確かにその想像はいつも、私を興奮で身震いさせた。白い男だって、羽の女だって、想像の根本にあるものは大して変わらない。抱き上げられ、拘束され、動けなくなって、自分ではないものにさせられる、それは確かに一種の快感だ。
でも、私はこの事も気付いてしまっている。
その快楽は、結局一瞬でしかない。誰かに所有されたと感じた、その一瞬で終わってしまう。その後にはもう……全く何も残らない。
「私は……、もの なんかじゃない!」
「嫌かい?」
黒い男は笑う。
「でも、そこで無理を通すのが僕の仕事なんだよね……ほら」
目の前の壁には、人がくぐれるほどの黒く渦巻く穴が開いている。黒衣が流れる……吸い込まれている。
彼が私を放り投げれば……一瞬の陶酔と永遠の虚無、それで終わりだ。
「ね、一緒に行こうよ」
私が本気で叫ぼうとした、その一瞬で。
急に全てが消え去った。
私は椅子の上に落ちた。ちょうど横向きに座れている。黒い男も、吸引力を持った穴も消えてしまって、跡形もない。部屋の中に動くものはなく、聞こえるのは窓の向こうの喧騒だけだ。
いや……もう一つ。あまりに日常的で気付かなかったけれど、稚拙すぎる電子音が机の上で鳴り響いている。
……携帯電話。
反射的に開くと、他愛もない雑談のメールが届いていた。
「……そっ、か」
私には仲間がいる。
それが、あの頃と今との唯一の差。
メールに返信して、机に向き直った。
……とりあえず今はまだ、解答集を見てもいい。次で、本番で、ちゃんと対応できればいい。
あの頃行きたくて堪らなかった新しい世界は、決して今の場所と隔絶されているわけではなくて……だから、自分から足を進めなければならないのだろう。
そしておそらくその先に、いざないはもう用意されている。
彦星こかぎです。
読んでくださってありがとうございました。
これは私の大学文芸部デビュー作品です。後半が拙い感じではありますが……
これからもよろしくお願いします。




