キーナの魔法
おぼろげな光。
たゆたう時間。
はざまの境界。
久遠の苦しみ。
せまる悲しみ。
つのるあせり。
そしてかの人は手を伸ばす。
届かないと分かっていても。
この愛しい世界を守るため。
光と闇の狭間から、かの者は招かれた。
暗いような明るいような。目を閉じたまま光に顔を向けているようなそんな感じ。懐かしいようでまったく知らないところ。
上も下もない空間。
さっきまで確かに近くの川原で魔法陣なんて書いて遊んでいたのに、一体僕は何処にいるんだろう?
――とのんきに考えていた。
ばっしゃーーーん!
ごぼごぼごぼ・・・
気がつくと川に落ちていた。必死に手足を動かして水面へ顔を出す。
「ぶへ!」
お上品も何もあったもんじゃない。ちらりと遠い岸辺に人影を見た気がした。
「助け・・・」
バッシャア!
水の中に引きずり込まれる。
流れが速い!
体が言うことを聞かない!
もがきながらも体が沈んでいくのを感じていた。肺が空気を欲しがっている。
苦しい。
苦しい。
苦しい・・・。
上も下も分からない・・・。
もはや動くことも出来ない・・・。
短い人生だったな・・・。お醤油買いに行ってる途中だったのに・・・。今日肉じゃがって言ってたっけ・・・。お醤油なくてどうやって味付けするんだろう・・・。ああ、冷蔵庫のプリン・・・。僕が死んだら誰が食べるんだろう・・・。僕が死んだらみんな泣いてくれるのかな・・・。小百合たちは泣くな・・・。お母さんも泣くな・・・。お酒飲むと泣き上戸だから困るんだよね。ぐちぐちと聞くこっちの身にもなれっつーの!お酒は控えろってあれほど言ってるのに!お父さんも勧めんじゃない!って僕・・・死ぬ間際だってのに・・・何を考えているんだか・・・。つまらない人生だったなぁ・・・。もっと冒険したかった・・・。そうだ・・・あの本がまだ読み途中で・・・
(注)一瞬にして思ったことです↑
まだまだあれやこれやと続きますが、いい加減うるさいので先に進みます。
意識が途切れる寸前、光の中を天使が迎えに来た・・・。
暖かく柔らかいものを顔の近くに感じた。そう感じた途端に意識が急速に目覚めていく。
「ごほっ!げほげほ!」
肺が空気を求めて動き出す。飲み込んでしまっていた水が口から溢れ出す。
肺が痛い。
器官が痛い。
鼻が痛い!
でも生きてる!
生きてる!
なんで?
「気付いたか・・・」
空から声が聞こえた。
訂正。
上から声が聞こえた。今横になっているから顔の前から。
目を開けるとフードをかぶってマスクをした、多分男の人、が僕を見下ろしていた。
顔が良く見えない。
「大丈夫か?」
「誰?」
頭がまだ少しボーっとしてる。
「通りすがりのお人好しさ」
そういうとひょいっと僕を抱き上げた!
(お姫様抱っこ!)
そっちにびっくりかい!なんて一人突っ込みは置いといて。
「向こうに火があるからそこで体を温めるといい」
そういうと軽々と僕を抱いたまま歩き出す。初めてのお姫様抱っこに衝撃を受けたものの、
(悪くないなぁ・・・)
なんて思っている僕だった。
「そこの茂みで服を脱いで来い」
そういうとその人はマントを脱いで僕に渡した。ぽたぽたと水を滴らせながら
「ほ~い」
と僕は言われた通り茂みへ入った。
パチパチと炎の爆ぜる音がする。
服を脱いでマントを羽織る。見た目よりも暖かくて軽い。
「脱いだ」
と言って出て行くと、
「貸してみろ」
とその人に服を渡した。すると何を思ったのか地面に手をついて、なにやらぶつぶつと唱え始めた。
「ウル・・・」
唱え終えた途端、地面が怪しげに光った!
するとそこからうねうねと木の根っこみたいのが伸びてきて、あっという間に服を干すのにちょうど良い物干しが出来てしまった!
(なんじゃこりゃ!)
「これでいいか」
当たり前のように服を干すと、
「どうした?座れよ」
とその人は言った。
(そうだよ!まともに考えてみたら・・・ここどこ?!僕はお醤油を買いにいって、帰りに川原で魔法陣書いて遊んでて、来年受験だ嫌だな~って思って、お月様にどうか進路がうまくまとまりますように~なんてお願いしてて、そしたら月がパーッと明るくなったような気がしたら、突然暗くなって、そしたら川に落ちて、って僕どうやって川に落ちたんだ?しかもここ近所の川原じゃないし!ってか森だし!ここどこの森?!・・・)
とぶつぶついっていると、
「おい、とりあえず座れよ」
とその人が魚を棒に刺して焼きながら言った。
「ねえ!ここどこ!」
ずずずいっと聞いてみる。
「は?どこって、ミドル王国に行く途中にある、リーヴ川のほとりだが・・・」
(どこだよ!)
聞いたこともない。
考えられることは一つ。よっぽど僕の頭が変になっていないか、誰かが大掛かりなセットで騙していない限り、いわゆる神隠しみたいなものにあって、異世界に来てしまった。
・・・
そんなことあるわきゃない。あれは空想の世界の話なんだ。そうさ、これは夢なんだ。じゃなきゃ幻か、はたまた・・・なんだろう?
とりあえず・・・
おうちに帰して~~~~!
「とりあえず、食わんか?」
「遠慮なく!頂きます!」
と言って差し出された魚をむさぼる。
悩んでたって仕方ない!
とりあえず食べて力を付けて、行動あるのみ!それに大抵物語の中だと、運命の人とかが現れて、いろいろ助けてくれるのが筋だもんね!
いや、確かに小説ですが・・・
それはおいといて。
そこで気がついた!大概最初に出会う人が、
運命の人!
その時その男は感じていた。
(なんだか妙な視線を感じる・・・)
運命の人の条件はまずカッコいいこと!そして強い!
だけど・・・
その時その男は感じていた。
(見つめられてる気がする・・・)
何でこの人、フードを取らないんだろう・・・?しかも顔が見えないようにあっち向いて食べてるし。
その時その男は感じていた。
(なんだかだんだん視線が痛くなってきた・・・)
顔が見たい!
「あの、遅くなりましたけど、助けてくれてありがとうございます」
「ん?ああ、べつに」
軽くこちらを振り向いたが、相変わらず顔が隠れている。
「つきましては恩人のお顔を拝見したいです」
脈絡も何もない。
「は?」
「ちょっとでいいからそのフードを取ってくれれば・・・」
というが早いか、男は取るもんかとばかりにフードを押さえつけた。
(隠されるとよけーに見たくなるのよね~~)
というオーラを放つが効きやしない。
効くもんか。
「お、俺の顔は見ない方がいい。それがお前のためだ」
(よっぽど変な顔をしてるのか?)
魚はうまいが小骨が痛い。
「そ、それより、服もそろそろ乾いてきたし、食べ終えたら街道まで送ってやる」
逃げ口上だ。
「その後は?」
「帰るなり王国へ行くなり好きにすればいいだろう」
(つまりお別れ!?)
が―――――――――――ん・・・
(うっそーーー!僕何にも分からないのに――!お金もないしこれからどこに行けばいい
のかもわからないのに~!どうしろと言うの~~~!)
「わ――――! 何でも言うこと聞くから僕を見捨てないでー!」
とタックルをした。
「ぐえっ」
と聞こえたような気がするけど気にしない。
「お、おま、・・・何を・・・」
「実はかくかくしかじかで・・・」
自分の身の上話を簡潔にまとめながら話し出した。
簡潔に話したつもりだけど・・・。随分時間がかかったような・・・。きっと気のせいに違いない。
話し終えて前を見ると、「胡散臭い」と言っている視線があった。その人はポンと僕の肩に手を置くと、
「サンスリーにいい魔道医がいるらしいぞ」
と言った。
「どおいういみかしら?」
(ま、信じちゃくれないとは思ってたけどね・・・)
ん?
まどうい?
魔・道・医?
魔道?
「あ、あの、ちょっと思ったんだけど、これ、どうやってやったの?」
と、にわか物干しを指差した。
「ん?ああ、ウルバルを少し制御すると出来るんだ」
「ウ・ル・バ・ル?」
「地の魔法さ」
「魔・法!!!!」
魔法?!魔法?!魔法?!魔法だって―――――?!
「本当に?!本当に魔法が使えるの――?!」
勢い込んで襟元を掴んで揺さぶる。
「や、やめれ・・・」
勢い込みすぎた。
「お、お前!・・・前!」
「え?」
身に付けていたのはマントである。勿論ボタンなどない。気をつけていなければすぐにハラリと前が見えてしまうのだ。つまりそういう状態。いやん。
「うぎゃあ!」
バゴッ!
条件反射である。悲鳴と一緒に右の拳が飛んだ。
「ご、ごめんなさい・・・、体が勝手に!」
そしてその人は殴られたところをさすりながら言った。
「お前・・・、やっぱり女だったのか・・・」
条件反射だと思う。気がつくと僕の左手の拳が飛んでいた・・・。
今までなんだと思ってたのさ!
僕は正真正銘、れっきとした女の子だい!
服が乾いたので少女が着替えると、その男は言った。
「街道近くまでは送ってやる。その後は一人で行け」
ブーたれても意見は聞き入れてくれなさそうだ。
「あなたは何してる人なの?」
少女が歩きながら聞いてみる。
「俺か?俺は・・・、あるものを探して旅をしている」
「じゃ、僕も一緒に旅をさせてよ!」
「は?」
「異世界から来たって言ったっしょ。行くとこもないし頼れる人もいないしお金もないし・・・」
「だからサンスリーに行け」
「いやだ!一緒に行く!行く!!行く!!!行く!!!!」
「だめだ。だめだ。だめだ」
「じゃあ、顔を見せて」
脈絡もくそもない。
「顔を見せるか一緒に連れてくか二つに一つ!」
最早見る気満々のワクワクした表情で、少女は逃がさないように男のマントの裾を掴んでいる。
その男は思った。
(俺に選択権はないのか?)
そしてあきらめた。
「仕方ない、顔を見せてやる。だが、・・・後悔しても知らんぞ」
フードをゆっくりと脱いでいく。
ドキドキワクワク!
かっこいい顔か、ブッ細工な顔か。
(ブッ細工だったらほかに人を探そう)
なんてやつだ。
フードがはずされ、口元を覆っていたマスクもはずされた。
するとそこから出てきた顔は・・・
一言で言ってしまえば
「端正な顔立ち」
だけど、だけど、だけど・・・
髪は銀髪。
肌の色は青緑。
耳は長く伸びてつんと尖っている。
「これでわかったろ」
そういってその男は顔を俯かせた。
「お、・・・お肌ってそんな色してんの!?」
というとその男は見事にその場にずっこけた。
「は?」
「へ~、耳もとんがってるし、髪は銀髪か~。妖精みたいなんだね~。初めて見たな~」
あまりにも珍しいので(というか初めて見るし)ずずいっと顔を近づける。
「ちょっとまて。何を言ってるんだ。よく見ろ」
といわれたので余計に顔を近づけて、じ―――――――――――っとよく見る。
「何か違うの?あ、お肌の色ね!青緑色?僕と違うのね~」
と感心。
「そうじゃない!・・・お前なぁ、ダーディンを知らんのか?」
「ダーディン?知らない」
きっぱり。
「何それ?」
「だ~か~ら~・・・ウクルナ山脈の向こうに住むと言われている喰人鬼だ。肌の色は青緑。髪は銀髪。尖った耳をしている冷酷無比な連中だ」
「へ~、そんなのもいるんだ~・・・・ん?」
銀髪の髪。青緑の肌。尖った耳。
「まさか・・・その・・・ダーディン?」
「その反応が普通なんだ!」
男は思った。
(疲れる・・・)
「信じないとは思うが、俺はダーディンじゃない。元は普通の人間なんだ。
性質の悪い魔女にこんな姿にされたんだ・・・」
哀しみをその瞳に湛え、言いにくそうにその男は言った。
「そ~なんだ~、大変だね~」
・・・・・・
「・・・信じるのか?」
「嘘なの?」
「いや、嘘ではないが・・・」
あまりに予想外の反応に男はなんと言ったらいいのか困った。
「もしホントにそのダーディンだったらもう食べられてるでしょ。そんな悪意感じないし、溺れてる僕を助けてくれたし、フードを取らなかったのも僕を恐がらせないためでしょ?なにより命の恩人だし、信じるよ」
―――――信じる。
その言葉は何よりも重い言葉である。
―――――信じる
いともたやすくその少女は口にした。
如何に重いことかも知らずに。
思いがけない言葉に男は絶句した。
顔が赤くなりそうなのを必死に隠そうと後ろを向いた。
「ち、ちょっと待ってくれ」
赤くなったのが自分で感じ取れるほど。
(何なんだこの女?異世界から来たなどと変な事は言うわ、ダーディンのことを何一つ知
らないわ、それに・・・会ったばかりのわけの分からん男の言葉をあっさり信じるなどと言うわ・・・まさか魔女の差し金?)
ちらりと観察してみる。
しかしにっこ~~~とあほな笑いを返すだけだ。
(邪気がなさ過ぎる! もしや頭が少しおかしい奴なのでは・・・)
「あーーーー!わかった!」
突然少女が声を上げた。
「何がだ?」
「旅してる理由!元に戻る方法を探してるんでしょ!」
「その通りだが・・・」
「な~んだ、だったら尚更僕を連れてってちょ!」
「どうしてそうなる!」
「僕も元の世界に戻る方法を見つけたいし、 一人より二人の方が効率も良いよ!それにその姿だといろいろ不便なんじゃないの?僕みたいのがいたほうがやり易い事とかもあるでしょ?」
にやり、と少女が笑う。
「・・・確かにお前の言うことには一理ある」
「そうでしょう♪」
「だがダメだ!連れては行かん!」
男は強く言った。
「え~?なんで~?」
「なんでもだ。行くぞ。街道までもうすぐだ」
そういうとスタスタと歩き出した。
「ぶ――――――」
(どうしてそんなに頑なに拒むのかな?)
ぶーたれながらも男の後についていった。
その時だった。
首筋めがけて何かがはしった。
「うわっ!」
間一髪慌てて避ける。と、後ろの木がスパッと切り裂かれた。
ドサッ
幾本もの枝が落ちる。
「なんだ!?」
男が振り向いた。
「い、今、今の・・・」
驚きで言葉がうまく出てこない。
「どうした?何があった?」
「今、当たってたら、首が・・・」
「!!」
「首と体を切り離してやろうと思ったのに。うまく避けたこと☆」
どこからともなく美しい女性が現れた。長い黒髪、黒いタイトなドレス。だが身に纏う気配は邪悪なもの・・・。
「お前は!魔女!」
男が少女を後ろに庇う。どうやら男の言っていた性質の悪い魔女らしい。
「なんだ、近くで見ても大した事ないわね。一文の値打ちもない小娘があたしの玩具に近寄るなんて許せないわ※それはあたしのものよ。消えなさい」
そういうと左手を前に掲げた。力が迸る!
「ウル・ロー!」
男が叫んだ!
ズギャウウウウウウン!
男の作り出した結界が力を防ぐ!
「そんな小娘を庇うなんて、あなた正気なの?テルディアス。どうなるか分かってるんでしょうね?」
テルディアスと呼ばれた男は魔女を睨みながら、
「元より、貴様に従った覚えはない!」
「そうだったわね★あなたは唯一、あたしの元から逃げ出した人形。ああ、なんて面白いものを手に入れたんだろう。でも、人形は人形なりに、大人しくしていないといけないときもあってよ♪」
「カウ・ギ・ラチ!」
ゴウッ
風が刃となり魔女に襲い掛かった!しかし、魔女は微動だにせず全てを防ぐ。
風がおさまると、二人の姿は消えていた。
「逃げても無駄なのに#」
二人は走った。
だだだだだだだだだだだだだだだだ
注)機関銃ではない
「今のが魔女?!」
走りながら叫ぶ!
「そうだ!捕まったら殺されるぞ!とにかく街道へ!あそこには結界が張ってある。少しは目を眩ませられるかもしれん!」
飛ぶように走っていく。魔女はどこまで追いついてきているのか。
「街道だ!」
木々の間から道らしきものが見えてきた。
(これで助かるの?)
と、その時!
「わ!」
木の根っこにつまづいてしまった!とっさにテルディアスが少女の体を庇った。勢いづいて転がっていく!
ずざざざざ・・・
なんとか街道には辿り着いた・・・。
「大丈夫か?」
「うん、にゃんとか・・・ごめんにゃ」
鼻を打った。
「ひ・・・・・・」
人の気配がしたと思った途端、
「きゃああああああ!ダーディン!誰か―――!」
見知らぬ女の人が逃げていった。
「ダーディンてあなたのこと?」
「そうだ。じゃあな。ここでお別れだ。達者でな」
テルディアスは短く別れの言葉を言うとあっという間に反対側の茂みへ消えていってしまった。
「え!ちょ、ちょっと!まってよぉ―!」
独り置いていかれてしまった。行く当てもなく頼れる人もなし。
さあ、どうする?
テルディアスは一人、森の中を走っていく。魔女の目を引きつける為。
突然足元の地面が消えた。体が宙に浮く。緩やかな崖だった。
ザザーッと砂煙を立てながら下まで滑り落ちる。
落ちたところで気が抜けたように座り込んでしまった。
『信じるよ』
さっきの少女の言葉が思い出される。
ダーディンの姿になってから初めて聴いた言葉。
誰も彼もが自分を恐れ、時には殺されそうになった時もあった。
誰も自分を信じない。
誰も自分を受け入れてはくれない。
そんな中、あの少女はいともたやすく言った。
『信じるよ』
だからあの少女を置いてきた。
(これでいいんだ。俺といれば魔女に命を狙われる。俺は・・・独りでいいんだ・・・)
自分のせいで死なせるなんてことはしたくない。
ましてや自分を信じるなどと言ってくれた者を。
今までも・・・これからも独りであったとしても・・・。
森の木々はそんな彼を優しく見守るようにサヤサヤと揺れていた。
しかし、静寂はいとも簡単に破られた。
「うわあああああ!」
頭の上から叫び声が聞こえた。
(なんだ?)
と思って振り返ったテルディアスの顔の目の前に、靴の裏が迫っていた。
めしゃ・・・
「あ・・・」
置いてきたはずの少女だった。
「わ――――! ごめんなさい!悪気はないんです――――!」
平謝りに謝る。
「お、おま、・・・なんでここまで来たんだ?」
顔を抑えながら素朴な疑問をテルディアスは口にした。
「へ?だって急に走り出すから追いかけてきた」
・・・・・・
「街道でお別れだと言っただろう」
「そだっけ?」
テルディアスの苦悩は一体なんだったのだろう。
「だってぇ! あんな所に置いてかれたってどこに行きゃいいんだか分かんないし!僕お金も持ってないし!」
「だからって俺について来たら命を狙われるんだぞ!」
「だって、ほかに頼れる人いないんだもん。とりあえずお金を貸してくれるとあり難いんだけど♪」
「××××××」
テルディアスは頭が痛くなった。
「全部持ってけ!」
有り金を全て渡して後ろを向いた。
「ほえ? ・・・いいの?」
「いいから早く行け!」
「早く行けって言われても・・・登れるかなぁ?」
緩やかな崖とはいっても登るのは大変そうだ。
(こいつは~~~・・・)
テルディアスは頭を抱えた。
「ふえ?」
少女の体を抱き上げて、
「カウ・レイ」
と唱えるとフワリと体が浮き上がった。
崖の上にフワリと降り立つ。
「これでいいだろう。早く行け」
とテルディアスが急かす。
「う、うんありがとう」
(と、飛んだ・・・)
飛んだ事に感動していた。
「あ、そうだ。まだ名のってなかったよね。僕の名前は・・・」
〔ダメ・・・〕
名のろうとした途端に声が出なくなった。
(え?なんで?ってか今の声は何?)
「何だ?」
「うん? あれ? 声が出る? はて? ま、いいや、僕の名前は…」
お口パクパク。
(なぜ?!)
〔名前を・・・言ってはダメ・・・〕
(だれ?!)
「どうした?」
テルディアスが不安そうに問いかける。
「僕の~名前は~・・・」
(そういえば昔のあだ名が・・・)
「キーナ!」
(あれ? 言えた?)
「それだけを言うためになにやってんだ」
安心したようにテルディアスは言った。
「う~ん? なんでかなぁ?」
「キーナか、珍しい名前だな」
「そう・・・」
パクパクパク
じゃないと言おうとしたが声が出なくなった。
(なぜ?! ま、いっかキーナでも)
いいのか?
「分かったから早く行け」
「おおっと!僕が名のったんだよ!あなたも名のって!」
「俺? 俺か?・・・俺は、テルディアス・ブラックバリーだ」
「テ、テルディ・・・」
言えなかった。
「テルディアスでいい」
「じゃあテル、このお金は有難く借りてくね☆いつか必ず返すから」
いつの間にやらテルディアスからテルに略されている。
「いや、別に返さなくても・・・」
「返すから!!!」
「あ、ああ・・・」
迫り来るキーナの迫力に何故か押し負けた。
「だから、それまで頑張ってね!」
「!!」
「じゃあね!」
そういうとキーナと名のった少女は走り去っていった。
テルディアスは遠まわしに又会おうと言っているように聞こえた・・・。多分・・・空耳ではないだろう。
「頑張ってね・・・か」
知らず、口元に笑みがこぼれていた。
少女の名はキーナ。
異界から来た者。
男の名はテルディアス。
魔女によって姿を変えられてしまった者。
運命は交錯を繰り返し、終末へ向かう。
あるべき姿に戻る為。
キーナは走った。街道を目指して。
悲しい瞳。
孤独の光。
テルディアスの瞳にはそれしかなかった。
(悲しい瞳をしてた。とても悲しそうな・・・とても苦しそうな・・・)
後ろ髪を引かれるように振り向いてしまう。テルディアスはただ、悲しそうに見送っているだけ・・・。
キュンッと胸が痛んだ。
(な、なんにゃ? 今の)
今まで感じたことのない痛みだった。
その時、突然テルディアスが何かを叫びながら、こっちに向かって走り出した!
「え?」
キーナは後ろに気配を感じた・・・。
魔女の手が横に薙ぎ払われる。
「やめろ―――――!」
テルディアスは思わず叫んでいた。キーナの体がくず折れた。とっさに柄に手が伸びる。そのまま剣を抜いて魔女に踊りかかる。
だが魔女の周りには結界が張られているのか、剣先は魔女まで届かない。
ドッ!
「ぐっ!」
腹に重みを感じた。
ドカァッ!
「ぐはぁっ!」
大木に体がたたきつけられる。
「テル!」
キーナが顔を上げた。
「お、おま・・・、生きてたのか?」
「間一髪!なんとか!」
ガッツポーズをとるキーナ。
キーナは生きていた。だが・・・
「上だ!」
闇色に光る剣がキーナの首を狙っている。
「しぶといガキ・・・」
重力に従って剣は落下する。
「どひゃぁ!」
ドスッ
またもや間一髪よけた。
「ホイッ! ホ、とおっ!」
見事な後方宙返りを繰り返し、キーナはテルディアスの元へ逃げる。
つるっ
「んぎゃ!」
最後の着地は失敗したようだ。
「て、テル、大丈夫?」
「ああ・・・」
(なんなんだ?こいつは?)
見かけによらず、運動神経がいいらしい。
「すばしっこいのね♯そうだわ」
魔女の目が妖しげに光る。
「テルディアス」
名を呼ばれた途端、テルディアスの体が硬直した。
「その娘を殺しなさい。それがあなたへの罰よ♪」
テルディアスの手がすばやく動き、キーナの首を掴んだ。
「うぐっ・・・」
力が込められる。呼吸が出来なくなる。必死にもがいてもその手はびくともしない。
「う・・・あ・・・」
苦しさの中、テルディアスの顔が見えた。悲しそうな苦しそうな必死な顔。
(哀しげな・・・瞳)
それが・・・最後に浮かんだ言葉だった。
どんなに力を込めても手はほどけない。少女の顔から血の気がなくなっていく。自分の物なのに、思い通りにならない手。
「ぐ、う・・・」
キーナの柔らかい細い首が絞まる。ついに頭がガクリと落ちた。自分の手の中でその少女は息絶えた。
「オーッホッホッホッホ。あ~すっとした♪ 命の恩人に殺されるなんて、か~わいそうに◇」
力なく落ちる少女の体を優しくテルディアスは受け止める。
自分を信じるといってくれた少女。
自分を恐がらずに受け入れてくれた少女。
それを自分は殺してしまった・・・。
魔女に操られていたとはいえ・・・。
自分が巻き込んでしまった・・・。
守れなかった・・・。
「貴様・・・」
今までに感じたことがない程、テルディアスは魔女へ憎しみを向けた。
微かな刺激。
キーナの体に変化が起きた。
うっすらと光り始めた。
初めは優しく、次第に強く。
「なんだ?」
思わずテルディアスは呟く。
光はやがて眼を開けていられないほどになった。
「うっ」
耐え切れずにテルディアスは目を瞑る。
「この光は・・・」
魔女が呟いた。
その時、眩いほどの光の中から白い衣を纏った美しい女が現れた。
流れるような長い髪は金色に光り輝いている。
「お、お前・・・お前は!」
魔女は驚愕のまなざしをその女に向ける。
閉じられていた女の瞳がうっすらと開かれると、
ドン!
魔女は一瞬のうちに得体の知れない力で腹を貫かれていた。
「は、あ・・・?」
何が起きたか分からぬうちに魔女は倒れこんだ。何者も触れることの出来なかった魔女の体に大きな穴が穿たれていた。
女は左手を魔女に向かってゆっくりと差し伸べる。
ところが、突然ガクっとなると、
「う・・・うう・・・あ・・・あう!」
何かに耐え切れなくなったかのように苦痛に顔を歪めて女はうめくと、幻のように光の中へ消えていった。
その後を追うかのように、吸い込まれるようにして光が消えていく。
全ての光が消えた後、そこに立っていたのは、死んだはずのキーナだった。
眼を刺すような光が収まると、テルディアスは恐る恐る眼を開けた。すると目の前にはキーナが・・・!
だが気を失ったかのようにキーナはその場に倒れこんだ。
「お、おい!」
慌ててキーナの体を受け止める。
「ぐあああああああ!」
魔女が金切り声を上げた。
苦しげに腹を押さえ、地べたを転げまわっている。
「おのれええええええ!」
魔女が苦しげにもだえている。
テルディアスには何が起きたのか分からない。
(何が起きたんだ?)
「おぼえていろ・・・必ず貴様を消滅させてやる!」
黒い穴が空間に開いた。
「どこへ逃げようと!必ず!」
そういい残すと、魔女は黒い穴へと消えていった・・・。
後には何事もなかったかのように木々がサワサワと揺れているだけ。
「一体何があったんだ?そもそもこいつは・・・」
(俺がこの手で・・・)
柔らかな木漏れ日が二人を包み込んでいた。
「う・・・ん」
キーナが眼を覚ました。
「あれ? 僕生きてる?」
そういうと自分の体を、特に首を確かめる。
「気付いたか」
隣にテルが座っていた。
「あ・・・」
とっさに身構える。
「もう大丈夫だ。危害を加えたりしない」
優しくテルが言った。確かにその顔は穏やかだ。
「それより一体何があったんだ?」
「ほえ?」
「あの光は何なんだ?お前は死んだんじゃなかったのか?それとも不死身か?」
ずずいっとテルが迫る。
「ちょ、ちょっと待って!なんのことよ?」
「え?」
テルがかいつまんで事態を説明した。
分かったような分からないような顔をするキーナ。
「つまり、魔女は僕が倒したと?」
「完全には倒してないが。他に誰がいるんだ?」
キーナの頭の中でははてなマークが踊っていた。
「まったく覚えてないのか?」
「うん。さっぱり」
きっぱり答えた。
「だが、あの光・・・もしかしたら・・・しかしまさか・・・」
何かを考え込む。
「何?」
「いや。お前これからどうする?」
唐突に聞いてきた。
「どうって、サンスリーに行くしかないじゃん」
「なんだったら、俺と行くか?」
「え?! いいの?!」
思わぬ言葉にキーナは喜ぶ。
「ああ。元より俺はミドル王国にいるある高名な魔道士を訪ねるつもりだったんだ。あそこなら結界もあるし、魔女の眼も眩ませられるかもしれん。それにあの人ならお前の相談にものってくれるかもしれんしな」
「元の世界に帰る方法見つかるかな?☆」
「さあな」
少し視線をずらした。
「信じてないっしょ」
「当たり前だろ」
「だろうね・・・ふっ」
ちょっと遠い目になる。
「お前が何者かは知らんが、あの魔女に狙われる羽目になったのは俺のせいだ。だから俺がお前を守ってやる」
ちょっと意外な言葉だった。
「・・・うん!」
(やったー!強力な助っ人だい!)
こうしてキーナはテルディアスと旅をすることになった。
さて、二人の旅路はどうなるのでしょう?
「魔法教えてよ!魔法!」
「初心者にいきなりは無理だ!」
「だ~いじょうぶだって!ね~♪」
「しつっこい!」
とりあえず始まりはこうだった・・・。
チャンチャン♪