プロローグ 「その、罪」
擦り減った運動靴はダイレクトに砂利の感覚を足の裏に伝える。
少年が歩くたび、背中のランドセルががちゃがちゃと音を立てた。
凍えそうに冷たい風。
家までもう少し。少年は足を速めた。
温かい暖房とコーンスープを思い浮かべながら玄関を開ける。
「ただいま」
「あら、――――――――」
それが口を聞いた。
「おかえり」
白いエプロンを着た母と、小さな妹がいた。
明るい日差しの中から急に家に入ったせいか酷く暗かった。
よく、中が見えない。
もしかしたら電球も付いていないのかもしれない。
暗い玄関に母と妹が、ぼうっ、と立っている。
先に異臭が鼻をついた。
少年は盛大に噎せ返り、咳きこんだ。
嗅いだ事のないその臭いを鼻孔が全力で拒否した。
強いて言うなら、それは生臭かった。
少年は息を止めて咳を堪え、生理的な涙で滲んだ視界を見た。
赤。
一面、染め上げられ塗り替えられ赤だった。
ただ、母のエプロンだけが切り取られたかのように白く浮かび上がっていた。
二人の足元には何かが散らばっていた。
「ねぇ、どうし――――――」
理解できず錯乱しながら少年が尋ねかけた、途端。
ぱんっ!
妹が弾けた。
玄関は真新しい鮮やかな赤で染まる
「……え?」
赤は飛び散って少年の頬を彩る。
そして少年はようやく理解した。
妹と共に散らばっている何かは、父であったものだと。
その中で母は少しも汚れることなく、赤の中でただ白く白く浮かんでいた。
「私は何も悪くないわ――――――、」
母は震えた声でそう言って、瞬間。
何かが急速に体内で膨張したように、破裂した。