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プロローグ

この作品は、医療機器の「フィルタ処理」という問題を核にした医療小説です。

きれいに整えられた波形の中に、消えてしまったものがある——臨床検査技師の真知理亜瑠が、その感覚を手放さなかった五年間の話です。

専門用語にはそのつど説明を入れています。医療や工学に詳しくない方も、そのまま読み進めてください。

 その頃、医療機器は「見やすさ」を進歩と呼んでいた。

 ノイズを消すことは善であり、静かな波形は正確さの証だと、多くの現場が疑わなかった。乱れた信号は雑音であり、整えることは患者への親切であり、フィルタは技術の結晶だった。画面がきれいであるほど、機械は賢く、現場は安全に見えた。誰もそれを疑わなかった。疑う理由がなかった。

 だが、消えたものがあった。

 整えるたびに、静めるたびに、何かが削られていた。削られたものが何だったかは、削られた後には分からない。記録に残らないからだ。消えたものは、消えたことすら残さない。

 二〇二四年の冬、ある病院の周産期評価室で、一人の若者がモニターの前に立った。画面には「百四十二 bpm」という安定した数字と、整いすぎた波形があった。アラームは鳴っていなかった。数値は正常域にあった。その場の誰もが、問題はないと判断した。判断は正しかった。

 若者は、それでも何かを感じた。

 根拠はなかった。言葉にもならなかった。波形の終わり方が、きれいすぎた。命が揺れているときの信号は、こんなふうに素直にならない。そう思ったのは、感覚だった。感覚は、その夜、数字の前で引っ込んだ。

 その夜に消えたものを、若者は五年間、手放さなかった。

 手放さないまま、工学の道具を覚えた。医療の材料を覚えた。数式を覚えた。覚えたものを全部使って、削らない機械を作ろうとした。きれいにしない回路を作ろうとした。黙らせない装置を作ろうとした。

 欲しかったのは、処理の速い機械ではなかった。

 嘘をつかない機械だった。

 これは、その五年間の話である。


読んでくださってありがとうございます。

「消えたものは、消えたことすら残さない」——この一文が、この作品のすべての出発点です。

理亜瑠がその夜に感じた違和感は、根拠のない感覚でした。でも彼はそれを五年間、手放しませんでした。その執念がどこへ向かうのか——第一章へ続きます。

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