決闘を申し込んだら、親子喧嘩が始まった
「ジルベルト・マチュー! 今日をもって、貴様との婚約を破棄する!」
貴族学校(貴族の令息令嬢が数え年で十二歳から三年間通う全寮制の学校)の卒業式の夜に行われている夜会の真っ最中に、三人の取り巻きの高位貴族の令息を連れ、ピンクの髪の男爵令嬢を侍らせたこの国の第二王子がテンプレの言葉を言い放った。
自分は無関係なので、手にしているシャンパングラスを傾けた。
我が国では公式の場や夜会などでは『手袋の着用』が義務付けられている。
着用している手袋の表面は少し滑りやすいので、グラスを慎重に傾けて、シャンパンの残りを飲み干した。会場内の耳目を集める事になったが無視して、テーブルの上の料理に手を伸ばす。
今日の夜会は卒業式後なので、当然だが、保護者も参加している。
王子の宣言を聞いて、雛壇上の王は白目を剥いて気絶し、王妃は頬に手を添えて笑っているが、片手で扇子(確か鉄扇だった筈)を握り潰していた。令息三名の両親と、令嬢の寄親らしい家の貴族夫婦は額に青筋を浮かべていた。令嬢の両親は卒倒してどこかに運ばれて行く。
自分の親(伯爵夫妻)はいない。
一ヶ月前、帰国早々に連絡を入れたが、二人揃って無視された。
父はよっぽど愛人とその娘(戸籍上の義姉)との旅行が楽しいらしい。自由登校期間中に爵位は叔父に異動し終えているので、家の心配は無い。王の同意の許でやったから、法にも触れていない。
母はどこぞの男優と不倫旅行に出ている。父が爵位を失えば、母は『伯爵夫人』としての地位を失う。そうなったら男優との関係は破綻するだろうが、知った事ではない。
自身の親の状況に気づかない馬鹿五人は、王子の元婚約者の自分に詰め寄った。自分は料理を食べる手を止めて対応する。
「おい! 聞いているのか!」
「私には関係の無い事ですね。それ以前に、婚約は性格の相性確認の期間で『王子が原因で不可』と判断されたので、三年近くも前に白紙にされています。なので、私には関係の無い事です」
「なっ!?」
三年近くも前に白紙になった婚約を破棄していた。
その事実を知った王子の顔は真っ赤に染まる。どう考えても、当事者の片方が知らないのはおかしい。
なお、この国では『婚約の状況を片方が知らないのは、知らない方に問題があるからだ』と見做される。実際にそうだから何とも言えない。
夜会出席者一同から『何やってんだ』と言う視線が王子に突き刺さる。ついでに、王子の新しい婚約者が三年間も決まっていない、その理由を察したのか、殆どの大人は呆れている。
プルプル震えている王子は、顔を赤くしたまま叫ぶ。
「で、では、お前以外に、誰が彼女に嫌がらせをしたのだ!?」
「王族の婚約者になりたい令嬢は掃いて捨てる程にいるんですよ? 『元婚約者の仕業にすれば良い』と考えて行動する令嬢はごまんといますからね。私は王妃様の計らいで、交換留学として入学直後から他国にいたので、濡れ衣を着せる絶好の対象と見做されたのでしょうね。私に関しては王家が関わっているので、詳細が知りたいのならば陛下か王妃様に問い合わせてください」
自分はここで言葉を切り、残りを料理を食べ終えてから、『そもそも』と続ける。
「そもそも、『貴方の婚約者に虐められた』と言って近づく令嬢の半分は自作自演の嘘で、残り半分は『別の令嬢にやられたけど、誰にやられたか分からないから奪い取りたい相手の婚約者のせいにすれば良い』と判断したものだと、『王族男子と高位貴族の令息は教えられる』と王室マナー講師の方から聞きましたよ」
「「「「うっ!?」」」」
暗に『教わっていないの?』と尋ねれば、今になって思い出したのか王子と取り巻き三人は呻いた。王子の腕にしがみ付いていた令嬢は血相を変えた。
「じゃ、じゃあ、私のものを壊したりしたのは誰だって言うのよ!?」
「少なくとも、入学直前に婚約が白紙になったから、私で無い事は確かね」
「そんなっ、そんな筈は!?」
「そんな筈はって、何よ? ああ、どこの男爵家だっけ? 夜会が終わったら、男爵家の寄親宛で名誉毀損で訴えるわね。本当に、どんな教育を施したのかしらね」
「ま、待って」
「待たないわよ。王族に嘘を吐いた時点で『虚偽報告罪』が適用されるから、遅かれ早かれ、刑罰が待っているでしょうね」
「そ、そんな……」
男爵令嬢が床の上に崩れ落ちた――けれども、何を思ったのかすぐに立ち上がった。
「で、でも! 貴女がやっていないと言う証拠が無いわ!」
「王命で押し付けられた婚約で、入学直前に婚約が白紙になっているのに、実行する意味って何?」
「う、煩いわよ! やっていない証拠を出しなさいよ!」
「出して良いの? 既に言ったけど、私は入学直後から交換留学で、自由登校期間に入る先月まで隣国の貴族学校にいたんだけど。入出国の記録が残っているから、国内にいない証明は可能だし、手紙のやり取りも検閲が入っているから証明は可能よ」
「……え? うっそ、で、でも! 私は被害者なのよ!?」
「我が国での証言は、法律で『関係のない第三者からのものしか採用されない』決まりになっている。それに、被害者と叫ぶのなら、既に解決されていないとおかしいわ。貴女、この三年間どこにも訴えなかったの? そこの王家の不良債権と言われている殿下に『調べて』ってお願いしなかったの? 学校の生徒会に言えば身分に関係なく対応してくれるのに、何をしていたの? 我が校の生徒会は風紀委員会も兼ねていて、国の諜報機関の育成の場になっているから、言えばちゃんと調べてくれるのに」
「煩い! 煩い! 煩い! とにかく! 私は、被害を受けたのよ!!」
髪を振り乱して『被害者だ!』と叫ぶ男爵令嬢。その姿は王子に近づく為の自作自演を行った馬鹿な令嬢にしか見えない。
「聞き分けの無い馬鹿ね。……はぁ、しょうがない」
証拠になる事を口にしたが、男爵令嬢はなおしつこく食い下がった。このままだと水掛け論になりそう。
面倒と思いつつ、自分は右手の手袋を外す。
手袋を外している自分の視界の隅で、男爵家の寄親らしい貴族夫人が、般若のような形相で両手で持った扇子を真っ二つに折った。隣の夫らしい人物が震え上がった。
自分は男爵令嬢の顔に、外したばかりの手袋を投げ付けた。
「しつこいにも程があるわね。決闘で白黒はっきり付けましょう」
我が国では、揉め事の収拾が付かない時に『決闘で白黒付けても良い』貴族限定の法律が存在する。
血の気が多いと取られるかもしれないが、この男爵令嬢のような馬鹿を切り捨てる為に許容されている。
なお、手袋の着用が義務付けられているのには理由が二点ある。
一つは、『決闘用の手袋を持ち歩かせない』為で、もう一つは『手袋を外す僅かな時間で、決闘の申し込みについて少し考えさせる』為だ。
過去に起きた決闘の始まる場所の殆どが公式の場か、夜会だった。
大勢の貴族が集まる場所で、騒ぎを容易に起こさせない為の、手袋着用義務だった。
自分に決闘を申し込まれて、荒事と無縁の男爵令嬢は顔を青くしたが、これまでオロオロとしていた王子の取り巻き令息三人が『私が代理で受ける』と叫んだ。
この叫びを聞いた瞬間、王妃様が近くの近衛騎士に何かを持って来るように命令を出した。命令を受けた近衛騎士は全力疾走をして、どこかへ行った。そして、令息三人の両親(全員騎士団長)が目付きを変えてしまった。
これは、早々に終わらせないと不味い。
現国王が即位する前に起きた政変(先王の弟)と、三つの戦争において最前線で活躍した王妃の二つ名は、小動物のような可憐な見た目に反して『鮮血魔槍妃』だ。
王妃は――当時は王太子妃だが――特注品の専用の槍で一騎当千の働きをした。今でも国内最強の夫人と言われており、近衛騎士団長ですら、槍を持った王妃を見たら裸足で逃げ出す。
「纏めて五人で良いわ。すぐに終わらせれば良いか」
近衛騎士が戻って来るまでに、適当に一人を殴り飛ばそうと拳を握った瞬間、『待たれよ』と、複数の野太い声が響いた。怒りに満ちているのが一発で解る声音だ。
「決闘と言うものは人数を揃えて行うものである」
「然り。令嬢一人で複数人を相手にさせるのは言語道断である」
「故に、我らが助太刀いたす」
間に合わなかった。
令息三名の父親が狂相を浮かべて前に出て来た。国内の騎士団は二十個存在し、三人揃って騎士団長でもある。その騎士団長の令息三人は顔を真っ青にして震え上がった。
「寄親として、今回の行動は看過出来ません。私自ら、そこの小娘の再教育をしなくてはなりませんね」
更に、男爵家の寄親だった貴族夫人が憤怒の形相で出て来た。男爵令嬢は滝のような脂汗を掻く。
そこへ、王妃の特注の槍を持った近衛騎士が戻って来てしまった!
「ええ。ありがとう。うふふ。祝いの席で息子の再教育をしなくてはならないなんて、うふふ、何百回お尻を叩けばいいのかしらね」
戻って来た近衛騎士から、穂先が三叉に分かれた槍を受け取った王妃がうっとりとした笑顔を浮かべて、雛壇から降りて来た。
母親が出て来ると思っていなかった王子が白目を剥いて尻餅をついた。『鮮血魔槍妃』登場の気配を感じ取った近衛騎士達の顔が引き攣る。
「「「決闘は我らが代理で受けよう!!」」」「「決闘は私達が代理で受けますわ!!」」
異口同音に、五人の代理表明を受けた自分は困惑した。
「いや、私が一人を殴れば良くないですか?」
「駄目よ。私が槍を使う貴重な時間を取らないで頂戴!」
王妃よ。それが本音かい。
男四人は決闘を行う為の場所――騎士団の演習場へ連行された。
男爵令嬢は寄親夫婦の手で、空き部屋へ連行された。
「決闘が終わるまで、夜会を楽しんでいてね」
去り際に王妃はそう言い残した。
どう考えても無理だからな。
「……何故こうなった」
マジで訳が分からないんだけど。
決闘を申し込んだ人物を無視して、外野が勝手に盛り上がっている。
手袋を回収した自分は決闘が終わるまで、休憩室に避難した。
そして、国王は最後まで気絶したままだった。王太子夫妻は友好国の王太子の結婚式に参列の為、十日前に出国してしまったのでいない。いたらどんな反応をしたんだろうね。
そしてたっぷり一時間後。
五人はボコボコにされた状態で会場に連れて来られた。
王子と令息三人が生きて帰って来た事にちょっとだけ驚いた。特に、騎士団長三人はどさくさに紛れて『手が滑りました』と、息子の命を刈り取るんじゃないかと思った。三人揃って嫡男じゃないし、婚約者もいないから、サクッとやってしまっても後顧の憂いは無い。
未だに気絶している王を見た王妃は、『夜会は後日やり直すから今日は解散』と言い渡した。実に遅い解散命令である。
これ幸いと、参加者が足早に去って行く。自分もどさくさに紛れて帰る事にした。
実家の伯爵邸には、既に叔父一家が暮らしているけど、爵位譲渡の際の話し合いで今月中まではいて良い事になっている。
叔父は『次男だから』と言う理由で祖父母に冷遇されたが、無能な父よりもはるかに優秀で礼儀正しい。これまで領地で代官として働いていたが、今回正式に伯爵になれた事を喜んでいた。
自分は感謝されたついでに、『養女になるか?』と誘われた。
卒業後は隣国の友人の許に行く予定なので丁寧に断った。
翌日、五人の処分が発表された。自分は王城に呼び出されて、応接室で王妃から直接教えられた。
王子は身分を剥奪。令息三人は勘当が決まり、今朝、日が昇る前に四人揃って開拓地に送り出された。
実は、王子は貴族学校を卒業後に『男爵位を賜り開拓地に送り出される』予定だった。その開拓地に平民として送り出される事になった。
「取り巻きと一緒だから大丈夫でしょう」
王妃はそんな事を言ったが、本当に大丈夫かしら?
王子が開拓地を賜る予定だったのは、自分との婚約が上手く行かなかった事が最大の理由である。
過去に何度も『お前との婚約なんか、破棄してやる! 俺に相応しい女と言うのはな、大国の美姫だ!』と、小国の王子は大口を叩いていた。その度に王妃から槍で小突かれてたのに、改心しなかったらしい。自業自得として見捨てよう。
ちなみに王子が『俺に相応しい』と言っていた大国の姫(公爵令嬢)は、留学中に仲良くなった自分の友人である。泰然自若とした、赤い色が似合うプラチナブロンドと紫色の瞳が印象的な公爵令嬢だ。
自分が冒険者として活動中(スタンピードで暴走する魔物討伐中)に、偶然知り合い仲良くなったので、公爵令嬢の性格はお察し下さい。
男爵令嬢は寄親の侯爵家に『平民の下女』として引き取られた。一年間侯爵夫人が再教育を施し、更生の見込みが無かったら、国内で最も戒律の厳しい修道院に送り出すそうだ。この修道院は山頂に存在し、冬は雪で閉ざされ、入ったら一生出られない事でも有名な男子禁制の『女院』だ。
男爵令嬢は泣いて嫌がったが、彼女の両親は寄親の判断に従った。家には幼い弟がおり、弟の教育に悪そうと言う事もあり、男爵夫妻の判断は迅速だった。
なお、男爵令嬢が受けていた嫌がらせは『自作自演では無かった』ものの、異変を感じた生徒会が既に行っていた調査の結果、高位貴族の令嬢が寄子の家の令嬢に命令してやらせていた事が発覚した。
命令を出した側も、実行した側も、王子の元婚約者のせいにする気は無かったらしい。男爵令嬢が勘違いしたのではなく、王子が『俺の婚約者のせいかもしれない』と口走った事が原因だった。
命令を出した令嬢の実家は、後日王城に呼び出して王が直接注意するそうだ。
ちなみに、ここから先は人伝に一ヶ月以上もあとになってから聞いた事だ。
実行犯は家の為に泣く泣くやっていた。脅し方の内容は酷く、『家か領地を潰す』、『嫡男の婚約を潰す』、『家族に害を与える』などと、想像以上に過激だった。
過激な脅迫を受けていた事もあり、実行犯の令嬢達は口頭で厳重注意を受けるだけで済んだ。
だが、ここで別の問題が発生した。
虐めを命令した令嬢には全員、婚約者がいた。
つまり、『婚約者がいる身』でありながら、嫉妬心から男爵令嬢への虐めを命令した。
これが大問題となり、国内の社交界は『令嬢有責の婚約解消』が立て続けに起きた。これに合わせて、各派閥の令嬢令息の婚約を見直す動きになったので、社交界は一気に荒れた。
混乱に乗じて、意中の相手と婚約する猛者が何人も出たらしいが、詳しい事は知らない。
婚約を解消された高位貴族の令嬢は再婚約出来ず、分家か寄子の家(どちらも男爵家)に強制的に嫁入りさせられた。
王城の応接室で、昨夜のその後について教えられ、王と王妃、令息三人の両親、男爵令嬢の寄親の侯爵夫妻の十人から謝罪を受けた。
慰謝料の支払いもこの場で受けた。
王より、十日後にもう一度行う夜会に参加するか否かを聞かれた。
噂の人物だし、色々と耳目を集めそうだし、夜会にノコノコと参加したら、質問攻めにされそう。
留学先の上級学校へ進学準備を理由に丁重に辞退したよ。
留学先の隣国には、我が国と違い上級学校(地球で言うところの大学に相当する)が存在した。留学中、成績がそれなりに良かった事で、上級学校に進学しないかと誘われていた。
隣国は多方面で技術が進んでいるので話は受けた。
進学する際の後見は、共に進学する友人の実家(公爵家)が務めてくれる事になった。何故か、猛獣の手綱を渡された気もする。
友人の両親の公爵夫妻とその息子(兄と弟)に、『普通の感性を持つ、同性の友人が出来て良かった』と泣き付かれた事が原因か?
少し別の事を思い出したが、進学に関して大人一同から祝いの言葉を貰った。
王から祝いとして、留学先を卒業するまでは、伯爵令嬢としての身分が保障される事になった。国が身分を保障してくれると言うのは大きい。
友人の実家に、後見を務める申し出てくれた際に、実家の事情は話した。その時に養女になるかとか色々と言われたんだよね。
友人の妹になるのは、色々と考えものなので保留にしていた。吉報を伝える事が出来て良かった。
隣国の上級学校は色んな国からの留学生を受け入れる学校でもあるので、その規模は大きいが入学する為の倍率も高い。
交換留学中に内部推薦が貰えるとは思ってもいなかった。断る理由も無いので内部推薦を受けたら、内部推薦の入試は面接だけだった。他の生徒には悪いが、予想よりも楽だったよ。
まぁ、学費をどう工面するか悩んでいた(冒険者として活動して稼ぐ予定だった)けど、予想外の事が起きたので慰謝料は学費に回そう。
このあとは、大人だけで話し合う事らしく、自分は帰っても良い事になった。
ありがたく家路に着いた。
伯爵邸に帰ったら、留学準備の最終チェックを始めた。
殆ど終わらせていたけど、そろそろ出国した方が良さそうだ。
叔父一家に挨拶したり、戻って来ないつもりでいるので不要物の処分などを行って、五日後に出発した。
後に伯父からの手紙で、二ヶ月後に知るのだが、自分が出発した翌日に父が帰って来た。
帰って来たら、爵位は移動しているなどの衝撃の情報が父に齎され、当然のように暴れた。
爵位が移動した際に父と愛人とその娘の三人の身分は、王の判断で平民に落とされ、帰って来たら城に連れて来いと厳命を受けていた。
城に連行された三人は、王と王妃から色々と言われただけではなく、『様々な違法な何か』に手を出していた事がバレていた。爵位を異動する際の調査で発覚したらしい。
その違法な何かの一つは『手を出したら即刻処刑』ものだった。手を出していたのは父と愛人だけだったので、この二人は処刑された。
残された娘は犯罪に多少なりとも関わっていたので……修道院ではなく、国営の娼館(一時期、梅毒が流行った為、衛生管理と言う名の王命で、娼館は全て国営になった)に『下働き(ほぼ奴隷扱い)』として送り出された。ここで問題を起こしたら、次は下水処理場行きになる。
下水処理場送りになったら、二年程度で何かしらの病に罹る。ここに行きたくないのならば真面目に働けと脅し付けてから、愛人の娘は一人で娼館に送り出された。
ちなみに母は、経緯は詳細不明だが、男優が所属する劇団に入った。何が起きたんだろうね。
実家の事を知るのは二ヶ月後なので、知らない自分は留学先で魔法関係全般(卒業後は冒険者と兼業で薬師になる予定)の勉強に励み、友人――カミーユ・ヴィラン公爵令嬢の手綱を握り、一緒に冒険者として活動するなどの日々を送っていた。
その冒険者としての活動だけどね、カミーユがやりたがった(両親から冒険者になる事を禁じられていた)ので一緒に動いた。
また、魔物のスタンピードや、魔物の群れが発見された際など、人手が足りない時に緊急で呼び出される時には、カミーユを連れて行った。連れて行かないとカミーユは面倒な拗ね方をするのだ。
ここで勘違いしてはいけない事がある。
ヴィラン公爵家は『代々文武両道の家系』であり、『男女共にある程度の武芸を学ぶ』事になっている。
つまり、カミーユは『家の方針』で武芸を学んだのだ!
他にもカミーユは、とあるライトノベル作品に登場する『狂犬姫』や『撲殺姫』などの異名を持つ公爵令嬢とは違う点も存在する。
数ある武芸の中で、カミーユが格闘技を好んだ、その理由が違う。
カミーユは幼い頃、剣弓槍を始めとした武器を使った武芸は『才能が無い』と言われてしまい、悔しさから『独学で格闘技の習得』に邁進した。拳の握り方などは流石に教わったらしいが。
文武両道の家に生まれて『武芸の才能が無い』と言われた事が余程悔しかったらしい。カミーユは淑女教育と並行して、『ヴィラン公爵家の人間なのに、武芸の才能を持たない』と言わせない為に格闘技の修業を行った。
その結果――強そうな人間や魔物を見れば、嬉々として殴り掛かる令嬢が誕生した。
本当に、何故こうなった?
令嬢なんだから、才能の有無に関わらず嗜む程度で、誰か止めなさいよ。特に公爵。カミーユが人間化魔物をって返り血を浴びる姿を見る度に、二人の息子――カミーユの兄と弟――は胃痛に悩まされている。
自分もね、返り血が化粧のように似合う令嬢をリアルに見てマジで引いた。しかも、満面の笑みを浮かべていたので怖かった。
日々の勉強よりも、カミーユを連れて行う冒険者としての活動よりも、本当に大変だったのは、上級学校の最上級生になってからだった。
長期休暇中に旅行で、カミーユが遊び半分で岩に突き刺さっていた剣を引っこ抜いた事が始まりだった。
この剣は『数百年前に魔王を倒した、異世界から召喚された勇者が使っていた聖剣』と言われており、これまで誰も抜く事が出来なかった。
岩に突き刺さったままなのは、勇者が『平和な世界に聖剣は不要』と、剣を処分する為に岩で折ろうとしたら突き刺さってしまい、そのまま抜けなくなった、と言われている。
真偽不明なまま数百年間、観光名所のように扱われていたが、カミーユが遊び半分で剣を抜いてしまい、大騒動となった。
ヴィラン一家は知らせを聞くなり、公爵は泡を吹いて倒れ、夫人は笑顔のままで卒倒し、兄と弟は腹を抱えて『胃が、胃が……』と蹲った。二人に手製の胃薬を贈ったら喜んだ。
王宮に呼び出されて、カミーユが聖剣を抜いた経緯を説明していた間に、今度はどこかで魔王が復活してしまった。
カミーユは勇者として旅立つ事になったが、社会不適合者のカミーユを一人で向かわせる訳にはいかず、自分も同行した。
騎士の同行は断ったよ。カミーユの奇行に付いて行ける人間は少ないからね。胃痛でリタイアしかねない人間を連れて行くのは、流石に邪魔になる。
卒業前に突然始まった女二人旅は……、波乱万丈(笑)と言うべきか。
道中、魔王の部下と戦った。
ただし、相手が名乗る(あるいは口上を述べる)よりも先に、カミーユが敵を彼方へ物理的に殴り飛ばして、何度もしぶとく遭遇して初めて魔王の幹部(四天王)だった事を知った。これが四度も発生した。
魔王がいるところにまで辿り着いたが、最後までカミーユが聖剣を使う事はなかった。
寧ろ、自分が使ったわ。
旅の途中――厳密には四天王自称最弱との戦闘で、魔王とその部下は聖剣を使わないと殺せない事が発覚した。カミーユが聖剣を振り回したが、何の効果も無く、ただの頑丈な鈍器だった。
「これは本当に聖剣ですの? 不良品ではなくて?」
カミーユは自ら引き抜いた聖剣を不良品呼ばわりする始末。聖剣を鈍器感覚で振り回して、魔王の部下の頭を殴りながらの発言だ。
偽物か不良品か確かめる為に、自分がカミーユの代わりに剣を振り回したら聖剣はその威力を発揮し、魔王の部下をスパッと切り落とし、斃す事に成功した。
これによりカミーユは『ただの怪力で聖剣を引き抜いた』事が発覚した。それだけでなく、この聖剣は『霊力を持った人間』でなければ、『ただの鈍器に成り下がる』代物だった。
つまり、正式な聖剣の持ち主は、霊力持ちの自分だった。
道中の魔王の部下との戦闘は、カミーユが気の済むまで殴り、自分が止めを刺す担当になった。相手が分裂したらその限りでは無かったよ。
こんな感じで魔王の部下を四名倒して、魔王の許に辿り着いた。
そして、カミーユが聖剣ならぬ『正拳付き』で魔王を殴り倒し、自分が絶妙にしぶとかった魔王に止めを刺して、魔王退治の旅は終わった。
終始、どこからツッコめばいいんだろうって、状況だった。
魔王退治の旅なのに、記憶が碌に残らないって、どうよ?
何はともあれ、復活した魔王は斃された。
自分とカミーユは凱旋したけど、二週間に及ぶ旅の詳細は語れない。
王と王太子には表に出せない、魔王退治の旅と聖剣の真実を語り、良い感じに手を加えた事を事実として公表した。
まさか、聖剣を引き抜いた本人が『聖剣に認められていなかった』なんて、公表は出来ん。
カミーユと聖剣に関する真実を後世に残すか話し合った。話し合いの結果、事実を残さない訳にはいかず、王家の裏歴史書に書き残される事になった。
でも、自分が聖女として公表されて事に関しては納得出来ない。
ヴィラン一家は、自分とカミーユが無事に帰って来た事に素直に喜ぶも、『自分に迷惑は掛けなかっただろうな?』と、カミーユに問い詰め始めた。どれだけ信用が無いんだろう。
魔王退治を終えて日常は戻り、月日は流れて上級学校の卒業式を迎えた。
まさかの事態が発生したが、こうして卒業式を迎えられるとは思わなかったので素直に嬉しい。
卒業式が終わると、カミーユと一緒に夜会に出席する。
表向きは『魔王を討伐した女勇者と聖女』なので、引っ切り無しに軍部の方々から声を掛けられる。何度も『うちの息子はいかがですか?』と紹介を受けるも、丁寧に断った。
夜会は進み、音楽の演奏が始まり、ダンスの時間になった。
『くくっ、見つけたぞ』
「この声は、魔王ですか」
ここで突然、倒した筈の魔王の声が響いた。会場の天井付近を見ると黒い靄が見えた。
『ただでは死ねぬ! 我が渾身の呪いを受けよ!』
会場内が騒めく中、その言葉と共に黒い靄が強い光を放った。光を放つと同時に力を使い果たしたのか、黒い靄は消滅した。
……一体何だったんだ?
霊力を持つ自分に、呪いは効かない。
呪いの効果を考えるよりも先に、カミーユの安否確認を行い、自分は絶句した。周囲もカミーユの異変に気づき、声なき悲鳴が上がる。参加女性から黄色い声が聞こえたが、この際無視しよう。
「どうしました? おや? 私の声が……」
「いや、声以前に、その体、どうしたの!?」
呪いの効果か。カミーユの体が男性になっていた。カミーユの声も男性のように低くなっており、呪いの効果が『性別の転換』だと推測出来た。
いや、呪いの効果について考えている場合ではない。
……公爵令嬢が男になるって、前代未聞だ。
今すぐにでも呪いを解除する方法を考えなくてはならない。娘が男なって帰宅したら、公爵家の面々は絶対に倒れる。公爵に至っては吐血しそうだ。
慌ててカミーユの手を取り解呪を試みるが、失敗した。焦る自分を見て、カミーユは首を傾げた。
「そんなに焦るものでは無いでしょう」
「普通は焦るものでしょ!?」
性別が転換すると言うのは、普通は焦る事だ。
男女違いは様々だ。生殖機能の違いだけでは無いのよ。
「解呪は出来そうですか?」
「……奇妙ね。何かに阻害されて失敗する。ねぇ、『男のままで良い』とか思っていない?」
「幼い頃から、『男だったら良かったのに』はよく言われました」
「それが原因か」
カミーユの回答を聞き、解呪に失敗した原因を悟った。
要するに、この呪いを解く為には、カミーユが『女に戻りたい』と強く思わなくてはならない。
カミーユの反応を見た限りだが、心のどこかで『男だったら』とか思っていそうだ。
予想外の事が発生した為、夜会は中止になった。
自分はカミーユと一緒に公爵邸に赴き、公爵一家に事情を説明し――案の定、皆倒れた。
説明は翌朝に持ち越し、『カミーユが女に戻りたいと強く願わせれば、解呪が可能となるかも知れない』と現時点での解決策を告げる。
解決策を聞いた公爵夫人が『令嬢っぽい事をしましょう』と言い出した。
夫人の一声により、カミーユと自分と公爵夫人の三人でハンカチに刺繡を始めるも――図案を決めたカミーユが誤って、刺繍用の針を指先で摘まむなり、ポキッと折ってしまったので中止になった。
気を取り直して今度は編み物を始めようとしたが、編み始める前にカミーユが誤って金属製の編み棒を握り折ってしまったので中止。
新しいドレスを仕立てる事を想定して、ドレスとアクセサリーのデザインについて話し合った。普段のカミーユはアクセサリーを身に着けない。付けてもイヤリングか指輪だけだ。
「カミーユは首や腕に装飾品を好まないかったわね。いい機会だから、一つぐらいは身に着けなさい」
公爵夫人の提案によりドレスやアクセサリーのデザインについて話し合いを始めたのだが……。
「お母様。それでは防具になりませんわ」
「……カミーユ。腕輪に一体何を求めているの?」
こんな感じで、カミーユはドレスに動きやすさを求め、アクセサリーには武器か防具としての役割を求めた。当然のように、公爵夫人は『これ以上何を話し合っても駄目』と判断した。
「令嬢っぽい事と言うのは、難しいのですね」
「いや、微妙に違うと思う」
現在、休憩としてカミーユと二人で、テラスでお茶を飲んでいる。
公爵夫人は自室で休憩している。娘が予想以上に『淑女の道から外れている』姿を見て、頭が痛くなったらしい。
カミーユの呪いを解く為には、どうすれば良いのか。
休憩しつつも真剣に悩んだ。
だが、夕刻に届いた『国王からの手紙』により事態は悪化し、ヴィラン公爵家一家の四人は寝込んだ。
半月後。
やり直しになった卒業式後の夜会に、カミーユのエスコートを受けて参加する。公爵夫人と一緒にデザインを考えて仕立てた薄紫色のドレスが妙に重い。
「まさか、こんな事になるとは思わなかったですわ」
「そうね。何故私は巻き添えを受けたのでしょうね」
カミーユのエスコートで会場内を進むと、あちこちから上がった令嬢の黄色い声が耳に届く。
「それにしても、男性用の盛装は動き易そうに見えたのに、実際に着るとそうでも無いのですね」
現在、カミーユは男装している。呪いの解呪は試みたが、中止せざるを得ない状況になった。
「真新しい皮の手袋と同じで、馴染むのに時間が掛かっているだけだからね。それ以前に、何を想定しているのよ」
カミーユが漏らした不安を聞いて、自分は脱力した。
友は性別が変わっても、何も変わらなかった。
友人がこうして男装している原因は、半月前にやって来た国王からの手紙だ。
『性別が男になってしまったのなら、そのまま男として友人の伯爵令嬢と婚約して、侯爵位と領地を拝領しない? 開拓地だから好きなようにして良いよ。好きな学校を作っても良いよ(意訳)』
魔王の呪いをどうやって解呪するか悩んでいた時に、王家からこんな内容の手紙が届いた。
王が楽天的なのか、それとも聖女に担ぎ上げた自分を国内に引き留める為なのか、その両方か。
手紙を読んで寝込んだヴィラン公爵夫妻とその二人の息子の四人は、翌朝『何を言い出すんだ』と王に抗議した。
自分も抗議したよ。『解けるかもしれない呪いなのに何を言い出すの!? そして巻き込むな!(意訳)』って内容で。祖国で自分の身分が保証されるのは、留学期間のみだ。
卒業したら平民になる自分が、侯爵夫人をせねばならん?
しかも、婚約者が元女性友人って……前代未聞じゃないか!?
ヴィラン公爵一家四人と一緒に王に抗議を重ねた。けれども、何故かカミーユが乗り気で了承してしまった為、五人で膝を突く羽目になった。
結局、『魔王を討伐した勇者と聖女が結ばれる』と言う事にして、勝手に話は決まった。
王の息子二人は既に婚姻しているから、カミーユが男のままでいる方が王家にとっても都合が良いんだろうね。
勇者と聖女の子供と王家の子供が婚約する。
一代挟んで勇者と聖女の血筋が取り込みたい王家の思惑を感じた。
夜会は恙無く進み、王の合図で流麗な音楽が流れる。
今度は何も起きずに、優雅なダンスの時間になった。
会場の中央で、自分はカミーユと一緒にダンスを踊っている。ただし、カミーユは男性パートを完全に覚え切れなかった。
カミーユは『どうにかなる』と思っていたようだが、確認として、公爵邸で一曲踊ったら、ものの見事にどうにもならなかった。
そこで、自分が男性パートを担当して練習を重ね、付け焼き刃で乗り切ろうとしたが失敗した。
そんな経緯があり、現在自分は男性パートを踊っている。エスコートを受ける側が男性パートを踊っているって、ある意味珍妙だな。しかも、踊っているのは女と元女だ。良くも悪くも耳目を集める。
夜会は進んで半ば頃になった。
ここで王に呼ばれてカミーユと共に壇上に上がる。
そして遂に、王がカミーユの現状と、自分とカミーユの婚約を発表した。
ある意味当然と言うべきか。令嬢達から高周波が漏れ、自分に殺気が込められた視線が集まる。
……今すぐ婚約破棄して帰りたーい。
祖国の国王夫妻に相談の手紙を速達で出したら、『良縁だから受けるべきよ! 身分は継続して保証するわ(意訳)』と言った内容の手紙が帰って来た。こちらの国の王も『身分は保証する』と宣言したし、一筆書き残した。
これで、無理してどこかの養子になる必要も無くなった。
そもそも、ヴィラン公爵家が付いてくれているので、心配する必要は無い。
現実逃避をしていた間に、カミーユが『ヴァンサン侯爵位』と領地を賜る話にまで進んでいた。
そう言えばと思い出す。
カミーユは拝領する開拓地で『平民向けの武術学校を開設したい』と言っていた。私設の学校は国内に幾つかあるけど、どこも貴族の子女向けだ。
国内に平民向けの学校は無い。カミーユは『平民の子供を対象にした学校を開設したい』と何度も言っていた。授業料を始めとした費用を考えると、富裕層向けになると何度も言ったけど、カミーユは諦めない。
王はこの話を聞いて『国から補助を出す』とか言い出すし、話を聞き付けた辺境伯達も『ぜひ開校を!』と言い出し、収拾は付かなくなった。
人手とか、初期費用とか、どうするんだろうね。
余計な事を考えていたら、怒声が上がった。
「陛下! どうか考え直して下さい! 呪いを受けたお姉様に、このまま男性として一生涯を過ごせと命じるのですか!?」
一人の令嬢が声を上げれば、そうだそうだと、声が上がるそれぞれの令嬢の両親が諫めた。
「考え直すも何も、半月ほど前に本人に聞いて了承を貰った。ジルベルト嬢は反対したが、カミーユ嬢は了承した。これは同意の許で決まった事だ」
厳密には『カミーユの同意だけで決まった』事だ。自分の意見は反映されなかったよ。
……聖剣の正しい担い手が、カミーユではなく自分である以上、国に引き留めたい気持ちは解る。でももう少し、自分の意見とか聞いて欲しかった。
自分が少し過去を思い出いしていた間も、令嬢はヒートアップして『お姉様を掛けて決闘よ!』と叫び始めた。令嬢の両親が『馬鹿を言うんじゃない!』と令嬢を叱るも、効果は無い。その令嬢に続いて、幾人かの令嬢も『決闘を!』と叫び始めた。
決闘と叫ぶ令嬢達の声を聞いて、カミーユの目が光る。
「カミーユ、待ちなさい」
「まだ何も言っていませんが?」
「相手は令嬢だからね? 決闘を代理で受けるのはしないでね」
「でも、令嬢ならば代理で決闘をさせるのではないでしょうか?」
「その可能性はありそうだけど、陛下が決闘自体を認めないよ」
自分はカミーユにそう言ってから、最初に『決闘』と言った令嬢一家に視線を移す。令嬢一家は親子喧嘩は、夫婦の罵り合いに発展していた。
これは他の『決闘』と叫んだ令嬢の一家も同じだった。大変見苦しい姿だった。
王が警備兵に指示を出し、令嬢一家は別室に連れて行かれた。喧嘩は他所でやれと言う事だ。同時に、『決闘は認めない』と言う、王の意思を感じた。
同じく雛壇上にいる王太子は顔を背けて肩を震わせて、隣にいる王太子妃に窘められていた。
王が手を叩いて会場内の衆目を集めて、ヴァンサン侯爵はヴィラン公爵家の分家になる事とカミーユが拝領する領地の場所を始めとした説明を行い、夜会を強制的に進行させた。
決闘から、親子喧嘩、夫婦喧嘩に発展した一家が続出した夜会の翌日。
自分とカミーユは王城に呼び出された。
呼び出しの要件は三点だった。
安易に決闘の申し込みを受けるなと言う注意。
子供を三人産んで欲しい。
その三人の中で女児が誕生したら、王家の嫁にしたい。
カミーユを女勇者として王家に取り込みたかった。王家側のそんな思惑が見える。
代わりに、王から個人的な開拓地の援助と、決闘の手紙が来たら王家が対応してくれる事になった。手紙をそのまま転送して良いそうなので、自分は対応しなくても良さそうだ。
カミーユは少し残念そうだったが。
後にカミーユの兄ランディからの手紙で知る。
王都ではあの夜会の日以降、自分に決闘を申し込もうとして親子喧嘩が発生する令嬢の家が増えた。
既に婚約済みの令嬢までもが騒ぎ、婚約を見直しする家が増えた為、社交界は荒れた。
そんな未来を知らない自分とカミーユは、夜会の日から三日後に、王都から出立した。
開拓地の確認と、作村の位置や畑の場所決めなどを、現地を見てカミーユと話し合う為だ。
拝領する開拓地は完全に無人で、手が入っていないので好きなように出来る。
その開拓地までは、馬車で三日ほどの時間を要する。王都から往復で六日掛かる計算になる。
ヴィラン公爵から了承を得て、ヴィラン公爵邸とヴァンサン侯爵領を繋げる転移門を作る予定なので、最終的には一分も掛からなくなる。
舗装されていない道を馬車で進むと、尻が痛くなるから嫌なのよ。加えて、馬車が進む速度と言うのは徒歩と変わらず、空間転移魔法が使える自分からすると時間の無駄に感じてしまう。
ヴァンサン侯爵家はヴィラン公爵家の分家になる予定なので、転移門の設置について反対はされなかった。むしろ、カミーユと気軽に会えると一家は喜んでいた。
「なんだか、凄い事になったね」
「そうですわね」
馬車の窓から空を見上げる。雲一つない蒼穹が広がっているが、自分の心は晴れない。
……本当に、どうしてこうなったんだろうね。
スタンピードの戦いの途中で知り合った令嬢と仲良くなり、魔王退治の旅に出て、友人の令嬢は魔王の呪いで男になり、現在婚約者として隣にいる。
「ふふっ、こうなった以上、時間を掛けてでもちゃんと口説き落としますわよ」
友人が聞き取れないほどの声量で、何か、とんでもない事を言った。
「……………………カミーユ。今なんて言いたの?」
「何でしょうね」
クスリと笑うカミーユの顔は、体が男性になってしまっても変わらない。
こんな状況になった本当の分岐点は、この社会不適合者の友人を一人で魔王退治の旅に行かせなかったあの日だろう。
お人好しで良い事は少ないが、今回は余り悪い方向に転がっていない。少しだけ、『お人好しでも、情けは人の為ならずの通りになるのかな?』と思った。
ヴァンサン侯爵領となる開拓地は、国と国内全ての辺境伯からの援助を受けて、カミーユの希望通りに『軍人学校』を開校する事になった。
畑を作ろうにも、土の質が合わないのか、農作物が育ちにくかった。幾つかの鉱脈を見つけたが、自分が魔法で回収したら鉱石の質は悪い上に、埋蔵量は少なかった。
そこで武術学校の代わりに、騎士と兵士になりたい人材を育成する軍人学校を開設し、周辺に人と商店などを呼んで『学校都市』を作る事になった。
自分が魔法で、街をほぼ全部を作ったので、僅か五年と言うスピードで開校となった。
この軍人学校は『軍医の育成』も行う。その為、医者になりたい平民の子供が多く集まった。
平民の子供が集まっても、平民の子供の学費問題は解決していない。
そこで、転移門で各地の辺境伯領とヴァンサン侯爵領を繋ぎ、学生でも出来る仕事を回して貰うなどの対策を取った。
自身の領地に人手を確保したい辺境伯達は、色々と便宜を図ってくれたよ。主に、教師になってくれる人の斡旋とかで。国からは引退した元騎士や元軍医を教師として派遣してくれた。
向こうも人手が欲しいらしい。
領地経営はそこそこ順調だったが、家庭内はちょっと大変だった。
毎日のように令嬢が突撃して来て、その両親が回収にやって来る。どれ程忙しくても、その対応をカミーユか自分がしなくてはならない。時間をちょくちょく取られて鬱陶しかった。
結婚式の準備は国が主導してくれたので楽だった。式を挙げたのは、カミーユが拝領してから三年後だったけどね。
祖国の国王夫妻と叔父一家がやって来るとは思わなかったけどね。
結婚式は終わったけど、まだやる事は残っている。と言うか、山積みだ。ヴィラン兄弟が手伝ってくれなかったら、投げ出していたかもしれない。
軍人学校で校長兼教師を務めるカミーユの代わりに、ヴァンサン侯爵家の執務関係は全て自分が担当している。
「はぁ~」
仕事の手を止めて、机の後ろの窓を開けた。
新鮮な空気を吸いながら、これからについて考える。
カミーユには教えていない事がまだある。でもそれは、まだ先の事だ。
何時話せばいいのか悩みながら、今日も仕事に専念している。
FIN
以下、作者メモ
・ジルベルト・マチュー
菊理転生先。
伯爵令嬢。故国の元第二王子の婚約者。
交換留学が正式な留学に変わり、ヴィラン公爵家の後見を受ける。
ヴィラン公爵家長女カミーユとは仲の良い友人で、後に婚約・婚姻した。
四男三女に恵まれ、次男以下は他家に婿入りし、長女は王家の王太子に、次女は祖国の王家の王太子に、三女は最も近い辺境伯家に、それぞれ嫁いだ。
第二王子との婚約し、白紙になった経緯。
王妃に拝み倒されて、一時的に第二王子の婚約者になるも、半年で婚約が白紙になった。
婚約が白紙になった原因は『第二王子の態度全般』である。
実は、婚約していた半年の間にジルベルトは誕生日を迎えたが、第二王子は『貴様なんぞにはこれで十分だ』の文章が書かれたメッセージカードと銅貨が一枚届いた。
婚約者への贈り物は国庫から支給されるので、これを知った王と王妃のみならず、王太子も激怒した。
国庫横領罪に問われた第二王子だが、『国の金は、王家のものである。俺の好きなように使って何が悪い』と開き直った。王妃の槍で尻を叩かれたが、第二王子は逆切れした。
この一件で、『第二王子を王族として扱い続けたら国益を損ねる』と判断され、開拓地送りが決まった。
三年近くが経過した頃に、第二王子がやらかした。
このやらかしが元で、第二王子派閥は『第二王子を王太子に据えて、傀儡にしようと企んでいた』が、全員だ第二王子を見捨てた。第二王子派閥に属する貴族は左遷されないように動くも、時は遅かった。
作者メモ
念の為に、ジルベルトはフランス語圏の女性名である。
ジルベルトの綴りは『Gilberte』だが、似ている英語圏の男性名『ギルバート(綴りGilbert)』とは綴りが違う。
フランス語圏の男性名のギルバートは『ジルベール(綴りGilbert)』である。
ポルトガル語圏では、ジルベルトが男性名として扱われているが、綴り『Gilberto』と違う。
家名は『そう言えばマチュって渾名のガンダムキャラいたよね?』で調べたら、マチューがあったので採用。
・カミーユ・ヴィラン
隣国の公爵令嬢。兄の名はランディ、弟の名はコンラド。
ジルベルトの友人だが、本人は拳の親友だと思っている。出会いはヴィラン領に迫るスタンピード中。
実は、ジルベルトと初めて会った時に、自分よりも強そうな女性を見てときめいていた。
後に魔王の呪いで、精神は女のまま体だけ男性になってしまう。
男性になった事で、王家からは都合が良いと判断され、『ヴァンサン』の名と共に爵位と領地を授かる。
カミーユの婚約発表を受けて、ジルベルトの代わりに嫁になりたい令嬢が王国中から殺到するも、王家が全て握り潰した。
更に婚約者のジルベルトに婚約入れ替えの決闘を申し込もうとする令嬢があとを絶たなかった。実際には各々の両親が阻止して決闘は申し込まれなかった。
作者メモ
当初、カミーユの名前は『アレクシス』か『アナベル』にしようかと思っていたが、アナベルで、『アナベル・ガトー』→『カミーユ・ビタン』と連想してしまい、『カミーユは男女で使われる名前だった』事を思い出して、『カミーユ』を採用。
ヴィランと言う家名も、『ヴァンサン』と『ヴァンダム』を入れた三つの候補の中で迷った。
兄と弟の名前は『錯乱ディ』と『混乱ド』の語感で選んだ。
ここまでお読み頂きありがとうございます。
決闘で始まり、百合で終わった作品になりました。
カミーユの精神は女性のままなので、百合です。異論は聞きます。
元はキャラ名無き作品にする予定で、祖国の夜会が終わったそこで終わらせる予定でした。
留学先で出来た友人のカミーユはおまけで名前が出るだけでした。
ですが、魔王退治の一文を入れたら、ネタが降って来たので、急遽短編に変更。突貫で書き散らした気分ですが、綺麗に終って良かったです。
最後に、ここまでお付き合いいただきありがとうございました。




