静電気でキスが痛い!
授業中、足元に消しゴムが転がって来た。
僕が反射的にそれに手を伸ばすと、全く同じタイミングで隣からも手が伸びて来た。
バチッ!
「痛っ!」
音が鳴るほどの威力の電気が指に触れ、思わず痛みを口にして手を引いてしまった。
その反応を見て申し訳なさそうな表情になっているのが隣の席の雷電さん。
「ご、ごめん」
指が触れそうになって静電気が発生してしまったから謝ったのだろうけれど、そんなことする必要は無いと思う。
「ううん、僕のせいかもしれないし」
「違うの。そうじゃないの」
「え?」
事情は気になるけれど今は授業中。雷電さんが先生の方に視線を向けたのでそれにつられてそちらを見ると、先生がこっちを見ていることに気が付いた。結構大きな声を出しちゃった気がするからなぁ。他の生徒からも見られているし、このままひそひそお話をするなんてのは出来そうにない。
「すいません、消しゴム拾おうとしたら静電気が起きちゃってびっくりしただけです」
何が起きたのかを説明したら先生もクラスメイトも興味を失い、すぐに授業は再開された。でも僕は未だにピリピリする指先と雷電さんの言葉が気になって全く集中できなかった。
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「右京君、さっきは消しゴム拾おうとしてくれてありがとう。それなのに痛い思いさせちゃってごめんね」
授業が終わるとすぐに雷電さんがまた謝って来た。
雷電さんは高校二年で隣の席になった美少女だけど、これまで話をしたことはない。
「だから謝らなくて良いって、僕が静電気溜めてたかもしれないでしょ」
「ううん、静電気を溜めてたのは私」
「どうして分かるの?」
「私、そういう体質だから」
「え?」
そういえば親戚のおばさんが似たようなことを言ってた気がする。世の中には一定数そういう人がいるんだね。
でも見た目からじゃ分からないや。髪の毛が電気で逆立っているとかだと分かりやすいんだけど、肩口で揃えられた黒髪はサラサラしていて触り心地が良さそうだもん。
「あ~その視線、信じてないでしょ」
「え? あ、ごめん、そうじゃないよ!」
しまった、女性をジロジロ見るだなんてマナー違反だった。嫌がってなさそうなのは幸いだったけれど気をつけないと。
「じゃあ試してみる?」
「え?」
「はい、どうぞ」
「え?」
雷電さんが右手を僕の方に差し出した。
話の流れからすると、彼女が静電気を帯びやすいかを確認するということ。
つまりその手に僕が触って確認して良いってことだよね。
「…………」
「どうしたの? 今なら女子の手をおさわりし放題だよ?」
「言い方」
「ふふ、こんな美少女が手を触らせてくれるなんて機会、最初で最後かもしれないよ?」
「ホントだよ……もう、揶揄わないで」
「…………」
あれ、何で雷電さん固まってるんだろう。心なしか頬が染まってる気がするし。
「あ~右京君って素でそういうこと言っちゃうタイプなんだ」
「何のこと?」
「何でもない!早く触って!」
「どうして怒ってるの?」
「怒ってないから早く!」
「う、うん」
う~ん、女子の気持ちってのは難しいな。
でも女子の方から手に触って良いなんて言ってくれるのに、何もしないのは男としてどうかと思う。しかも相手が雷電さんみたいな可愛い子なら猶更だ。
「じゃ、じゃあ失礼して……」
雷電さんは手の甲を下側にしている。だから僕は彼女の手に上から重ねるように、ゆっくりと自分の手を近づけた。
バチッ!
「うわ!」
授業中の時と同じくらい激しい静電気が発生し、反射的に手を引っ込めてしまった。我慢すれば触れたかもしれないのに、想像以上の威力に負けてしまった。
「ふふ、ほらね?」
「で、でも今のも僕が原因かもしれないよ?」
「それならもう一回触って」
「え?」
「普通なら今ので静電気が発散されて、右京君も私も静電気をまた帯びるような行動はしてないから触れるはずだよね」
「う、うん」
雷電さんの言う通り、今ならば彼女の手に触れられるはず。
でも敢えてもう一度触るように言って来たということは……
バチッ!
「うわ、マジで!?」
恐る恐る手を伸ばしてみたら、再び静電気が発生してしまったではないか。
いくらなんでも僕にはこんな経験はない。だとするとやっぱり彼女の特異な体質のせいということになるのだろうか。
納得はしたけれど、それはそれとして別の疑問が湧いてきた。
「対策はしてないの?」
静電気を発散させやすくする方法とか、ネットで調べれば色々と出てきそうなものだけど。
「やっても全然効果ないから諦めちゃった。対策グッズとかあんなの嘘よ」
「ただし雷電さんは除くって感じか」
「ふふ。そうなんだろうね。地面に電気逃がしても静電気発生するの意味分かんない」
そりゃあ確かに意味不明だ。肌もつやつやで潤いがありそうだし、一体その静電気はどこから発生しているのか。
「そういえばさっき僕しか痛がってなかったけど、雷電さんは痛くないの?」
「慣れちゃった。小さい頃からずっとこんなだもん」
「大変そう……体育の授業とか、皆ペアになりたがらないでしょ」
たとえば柔軟体操とか。服越しなら大丈夫なのかもしれないけれど、ふとした拍子に肌に触れて静電気が発生するかと思うと怖くてペアを組みたくないと思うのが普通だろう。
「ほんっとそうなの。超大変だったんだから。でんことか、電池女とか、ナマズ女とか呼ばれて女子からいじめられそうになったんだよ」
「ということは大丈夫だったってこと?」
「うん。何かしたら触りまくってやるって脅したら大人しくなった」
「解決方法がバイオレンス。でもそれじゃあ友達は?」
「それも運が良くて、こんな体質でも良くしてくる子がいたの」
「それは良かった」
体質のせいで友達が出来ないなんてことだったら悲しいもんね。
「この歳になると大抵のことは慣れたよ。でも彼氏と上手く行かないのが嫌だなぁ」
「え……か、彼氏、いるんだ」
「ふふ。なに? もしかして隣の席の美少女とお話し出来たからワンチャンあるかと思ってた?」
「うっ……お、思いました」
「…………」
「雷電さん?」
「その性格ずるいわぁ」
「え?」
また固まって頬を少し染めている。僕何かやらかしたのかな?
「はぁ……今は彼氏いないよ。でも誰と付き合っても長続きしないの」
「嫌な男ばかりでフったの?」
「どうしてそう思うの?」
「だって僕が男だったら雷電さんと別れるなんて考えられないもん」
「…………」
「雷電さん?」
「フ、フったとかじゃなくて、お互い合意の上で別れたのよ」
そんな円満な別れ方がこの世に存在するんだ。しかも雷電さんを手放すとか、信じられない。
「納得できないって表情だね」
「そりゃそうだよ」
「なら想像してみて、私とキスするところ」
「え?」
「今なら許す」
そういうの想像されるのキモいって思ってたけどまさかの許可がでた。でもキスする場面を想像しろっていきなり言われても困る。
などと戸惑っていたら雷電さんが想像しやすいように場面を説明してくれた。
「デートの帰り道、夕暮れの下を二人で歩く。もうすぐデートが終わる寂しさからか、二人の口数は少ない」
僕にはデートの経験とか無いけれど、それなら定番シチュだから想像しやすそうだ。
「どちらからともなく歩みを止め、二人は向かい合う。そのまま無言で見つめ合い、やがて彼女がゆっくりと眼を閉じた」
これだけ分かりやすいサインを出してくれたら男性側は助かるだろうね。
「彼氏は彼女に顔をゆっくりと近づけ、そして……」
バチッ!
「ひえっ」
「ね、台無しでしょ?」
想像なのに思わず声が出てしまった。
恋人達が自分達の世界に入り込んで恋心を伝え合う極致とも言えるシーンで静電気で現実に引き戻されるとか最悪だ。
「これは酷い。というか、キスどころか腕組むのも難しいよね」
「うん。組んで歩くと何度も静電気が発生するから彼氏がギブアップする」
「じゃあもしかして合意の上で別れたってのは……」
「静電気を嫌がる彼氏と、恋心が冷めちゃう私」
「でも静電気の話は最初にしてあるんだよね?」
「それでも実際に体験すると嫌になっちゃうみたい」
静電気が酷いけど大丈夫?
なんて言われても、雷電さん程の美少女と付き合えるなら我慢するって誰だって思うだろう。でも実際は酷いなんてものじゃなくて、常に静電気を放出しているような状態。まともに付き合う形にならず、諦めてしまったのか。
でも本当に諦められるものなのかな?
雷電さんは相当な美少女だし、我慢してでも手に入れたいって思う人がいてもおかしくないと思うんだ。
「嫌になっちゃわない男子っていなかったの?」
「いたよ。痛くても強引にキスしてきた男子が」
「だよね~」
そのシーンを思わず想像して嫌な気持ちになってしまいそうだった。
でも雷電さんは僕の気持ちなんかおかまいなしに、もっととんでもない爆弾を放ってきた。
「その中で一人だけ、セックスまで辿り着いた猛者がいたんだけどね」
「雷電さん!?」
「何? まさかセックスなんて単語に戸惑ってるの? おこちゃまだねぇ。女子なんてもっとエグイ話してるよ」
「その話は聞きたくないかなぁ」
「それが賢明。それでそいつ、必死に静電気と戦って痛がりながらもどうにか私に触れようとしたんだけど」
「ストップ。ストーップ!」
それ以上はいけない。
雷電さんが他の男に汚される報告をされそうになって脳が破壊されるからなんて話ではない。全く別のベクトルで脳が危険を察知して止めろと訴えかけて来たんだ。
「ふふ」
でも雷電さんはそんな僕の反応の理由に気付いているのか、意味深な笑みを浮かべて話を止めてはくれなかった。
「男の子のアレに静電気が当たって悶絶して泣いてた」
「ぎゃああああああああ!」
痛い痛い痛い痛い!
想像したくないのに想像しちゃった!
あそこがひゅんってなった!
「あははは!あ~楽しい。男子にこの話するとみんなそうなるんだよね」
「うう……酷いよ雷電さん」
どうやら盛大に揶揄われたらしい。
「凄いよね。ゴムつけてても貫通するんだ」
「追い打ち止めて!」
「ふふ。興奮した?」
「委縮したよ!全くそんな気に……」
ならないよ。
そう言おうとして気が付いた。雷電さんが笑いながらも、その瞳の奥に少しだけ寂しそうな雰囲気を湛えていることを。
ここで全力で嫌がるということは、雷電さんとの性行為を嫌がるということ。それすなわち、静電気体質のせいで男性から愛されないのだろうと彼女に自覚させる行いだ。
だから僕はギリギリのところで言葉を変えた。
変えてみせた。
「今は思えないけど、いつかはなってみせるよ」
「え?」
「雷電さんと恋愛できる男がいるんだって証明してみせる」
「ちょっ、いきなりどうしちゃったの?」
「あっ、これじゃあやらせてくれって言ってるようなものか。ごめん、キモかったよね……」
「いやそんなことは思ってないけど……」
「それなら良かった。僕頑張るから!」
「頑張るって何を……あ、行っちゃった……」
それを証明したとしても僕が選ばれるとは限らない。
でもそれで良いんだ。雷電さんの苦しみが少しでも和らぐのであれば、頑張るかいがある。だって美少女のために身体を張って努力するなんて、実に素晴らしい青春じゃないか。男ってのはそういうのに憧れるものだと僕は思う。
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半年後。
「雷電さん、僕と付き合ってください!」
放課後の教室で彼女に告白した。
努力した成果が出たからだ。
雷電さんが恋愛するにあたっての最大の障害は静電気でムードがぶち壊しになってしまうこと。痛みが恋の邪魔をしてしまう。
解決案は三種類。
一つは静電気をどうにかして発生させなくする。これは雷電さんがこれまで四苦八苦したけれど上手く行かなかったので選べない。
もう一つは静電気を僕が受けなくすること。たとえば絶縁手袋をつけて彼女に触れば安全だろう。でもそんな腫れものを扱うかのような触れ合いを彼女が喜ぶとは思えない。唇に絶縁ゴムをつけてキスするなんてありえないだろう。ゆえにこれも却下だ。
そして最後は静電気を僕が我慢すること。他の男子も我慢を選んだようだけれど、そんな甘い我慢では無い。痛みを痛く思えないくらいに我慢できるようになることが重要だ。実際、雷電さんは長い静電気生活の中で静電気に慣れて痛がらないようになっている。彼女と同じくらい我慢強くなれば、静電気が発生してもその痛みを気にせず彼女のことを思い続けられるはずだ。
ということで頑張った。毎日体に静電気を纏わせ、何度も痛みを経験して強引に慣れさせた。センシティブな場所だって訓練済みだ。
「マジで言ってるの?」
「大マジです!」
「もしかして、ずっと前の話の続きだったりする? あれ以来、何もアクションないから何だったんだろうって思ってたんだけど」
「はい!静電気に慣れる練習してました!雷電さんと付き合える男がいるって証明するために!」
「…………マジかぁ」
僕はそっと彼女に向けて手を差し出した。
雷電さんの表情は……良く分からない。照れているようにも見えるし、困っているようにも見えるし、面倒そうにも見える。あるいはそれら全部が正しいのかもしれない。
もしかして迷惑だったのかな。
空回りだったのかな。
だとしたらなんて滑稽なんだろうか。
「あれ、何だろう?」
雷電さんが僕の背後を見ながら何かに気付いた。この状況でも気になるなんて余程のことだ。背後は窓なんだけれど、一体何があるのかと僕は反射的に後ろを向いた。
「あれ、何も無……」
バチッ!
首筋に何かが触れる感触があった。いきなりのことでびっくりしたけれど、痛みは感じない。
「嘘……本当に平気なの?」
「うん。びっくりして少しだけビクってしちゃったけど、それだけだよ」
なるほどそういうことか。
差し出した手に触れるのは、心の準備が出来ている状況で触れるということになる。それだとその瞬間だけ必死に我慢しているにすぎないかもしれない。だから虚をついて触って、それでも大丈夫かを確認したかったんだ。
「これで僕も雷電さんと一緒だね。気にせず触れるよ。あ、もちろん雷電さんが嫌じゃなければって話だけど……」
問題はそこなんだ。
頑張れば彼女と恋が出来る男性はいるという証明は出来た。
でも彼女が僕を選ぶかどうかは全く別の話。
「嫌じゃない!」
「え?」
「嫌じゃないよ。嫌なわけないじゃない」
バチッ!
差し出したままの僕の手を雷電さんが両手でしっかりと包み込む。静電気が発生するけれど全く気にならない。
「この痛みに慣れるなんて、相当辛かったでしょ、痛かったでしょ。私のためにそこまでしてくれる人を嫌だなんて思えない。むしろ嬉しい……嬉しいよ、ありがとう!」
「わわっ!」
バチッ!
バチッ!
バチッ!
感極まった雷電さんが思いっきり抱きついてきた。露出している顔や首まわりに何回か静電気が発生したけれど、そんなことよりも雷電さんの柔らかさや女性の香りにドキドキしちゃってそれどころではない。
「本当に……本当にありがとう」
雷電さんの震えが伝わってくる。もしかして泣いているのかな。
それが嬉し泣きであるのならば、頑張ったかいがあったというものだ。
やがて彼女は少しだけ体を離し、至近距離で見つめ合う。彼女の瞳は潤んでいた。
「これからよろしくね、右京君。絶対に離さないから」
あまりにも美しい満面の笑みを浮かべた雷電さんが僕の目尻あたりに瑞々しい唇を近づける。
バチッ!
彼女にとって忌々しいだけだったその音が、僕達の新たな関係を祝福するものになっていたら良いな、なんて思うのは少しばかりキザだろうか。
「こちらこそよろしくね」
彼女は身体を離したけれど僕は逃さず手を取った。
バチッ!
バチッ!
バチッ!
そして何度も何度も彼女の肌に触れ、僕なら大丈夫だという事実を心に刷り込ませる。
そのたびに雷電さんが可愛らしく嬉しそうに微笑むものだから、僕は彼女に触れ続けるしかなかった。
バチッ!
作者は静電気が大の苦手なので、静電気が発生しそうなところは服で開けたり行儀悪く足で開けたりします。




