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―転生の果てⅥ―  作者: MOON RAKER 503


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第8話 転生したら 書き込みだらけの教科書だった

この物語を手に取ってくださり、ありがとうございます。

ほんのひとときでも、あなたの心に何かが残れば幸いです。

どうぞ、ゆっくりと物語の世界へ。


転生の果てシリーズは、転生の果てⅥで終了になります。

ここまで読んで頂いたこと感謝します。

ありがとうございます。


――勉強机の上。


「 」は、開かれている。


数学の教科書。


ページには、文字が並んでいる。


だが――


その文字は、印刷されたものだけではない。


赤ペンで、線が引かれている。


蛍光ペンで、文字が塗られている。


余白に、メモが書き込まれている。


「重要」

「テストに出る」

「公式を覚えること」


前の持ち主が残した、痕跡。


「 」は、中古で買われた。


新品ではなく、誰かが使っていたもの。


安く手に入れた、教科書。


最初は――


「書き込みがあって、分かりやすいかも」


そう思われていた。


重要なところが、すでにマークされている。


覚えるべきポイントが、明示されている。


便利だ、と。


だが――


ページをめくるたび。


目に入ってくる、線と文字。


印刷された内容よりも、書き込みの方が目立つ。


「ここが重要」


そう示された部分に、視線が向く。


それ以外の部分は――


読まなくなる。


「重要じゃないんだろう」


そう、判断してしまう。


ある日の、授業。


先生が、説明している。


「この定理には、いくつかの証明方法があります」


「 」を開く。


該当するページ。


だが――


ひとつの証明方法にだけ、線が引かれている。


「これが基本」


そう、書き込まれている。


他の証明方法は――


マークされていない。


「ということは、これだけ覚えればいいのか」


そう、思ってしまう。


先生が説明する、別の方法。


聞いているが、頭に入らない。


「 」には、書かれていないから。


重要じゃない、と判断してしまう。


テスト前。


「 」を、開いて復習する。


マーカーが引かれた部分だけを、読む。


「重要」と書かれた箇所だけを、覚える。


効率的だ、と思う。


だが――


テスト当日。


問題用紙を、開く。


見たことのない、問題。


「 」にマークされていなかった、範囲。


「……分からない」


手が、止まる。


覚えていない。


「 」に書かれていなかったから。


重要だと、思わなかったから。


結果――


半分も、解けなかった。


点数が、返ってくる。


「58点」


赤い数字。


「なんで……」


呟く。


「ちゃんと勉強したのに」


だが――


勉強したのは、「 」にマークされた部分だけ。


それ以外は、見ていなかった。


先生に、呼ばれる。


「どうした? いつもより点数が低いぞ」


「すみません……」


「基本はできてるんだが、応用問題が全滅だな」


「……はい」


「授業で説明した、別解は覚えてないのか?」


「あ……」


思い出す。


授業で言っていた。


だが、「 」には書かれていなかった。


だから、重要じゃないと思った。


「次は、しっかり全体を見るように」


「はい」


だが――


「 」を開くたび。


目に入ってくるのは、やはり書き込み。


線と、マーカーと、メモ。


それ以外の部分が――


霞んで見える。


読もうとしても、集中できない。


「ここは重要じゃないのかな」


そう思ってしまう。


書き込みがない部分は――


スルーしてしまう。


次の単元。


先生が、新しい内容を教える。


「この問題には、複数のアプローチがあります」


「 」を見る。


だが――


ひとつのアプローチにだけ、線が引かれている。


「基本解法」


そう、書かれている。


他のアプローチは――


余白のまま。


「じゃあ、これだけでいいんだ」


そう、決めてしまう。


授業中。


先生が別の方法を説明している。


だが――


聞き流してしまう。


ノートにも、書かない。


「 」に書かれていないから。


必要ない、と判断してしまう。


友人が、声をかけてくる。


「この問題、どうやって解いた?」


「ああ、これはこの方法で」


「 」に書かれた、解法を説明する。


「他にも、やり方あるらしいよ」


「え、そうなの?」


「授業で言ってたじゃん」


「……覚えてない」


「マジで?」


友人が、別の方法を説明してくれる。


だが――


頭に入らない。


「 」に書かれていない方法は、覚えられない。


脳が、拒否している。


「まあ、基本ができてればいいんじゃない?」


「そうだな」


会話を、終える。


だが――


友人の成績は、伸びていく。


複数の方法を、使い分けている。


柔軟に、問題を解いている。


一方――


「 」に縛られた生徒は。


成績が、停滞している。


いつも同じ方法。


いつも同じミス。


伸びない。


「 」は、それを見ている。


書かれた文字が、思考を縛っていくのを。


助けるための線が、いつの間にか壁になることを。


ある日。


友人が、言った。


「その教科書、新しいの買ったら?」


「え?」


「書き込みだらけで、見づらくない?」


「まあ……でも、重要なとこが分かるし」


「逆に、それ以外が見えなくなってない?」


「……」


図星だった。


「一度、まっさらな教科書で勉強してみたら?」


「でも、お金かかるし」


「図書館で借りるとか」


「……考えてみる」


だが――


結局、借りなかった。


「 」に、慣れてしまったから。


書き込みのある状態が、当たり前になってしまったから。


まっさらなページを見ても――


何が重要か、分からない気がする。


不安。


依存。


「 」なしでは、勉強できない。


そう、思い込んでしまっている。


期末テスト。


また、同じ結果。


「54点」


下がった。


「どうして……」


「 」を見返す。


マークされた部分は、完璧に覚えている。


だが――


それ以外が、解けない。


「 」に書かれていない問題が、増えている。


範囲が、広がっている。


だが――


視野は、狭まっている。


「 」の書き込みに、縛られている。


ある日。


「 」を、閉じた。


新しい教科書を、買いに行く。


書店で、真新しい本を手に取る。


開く。


まっさらな、ページ。


線も、マーカーも、メモもない。


全ての文字が、同じ重さで並んでいる。


「……どこが重要なんだろう」


分からない。


不安になる。


だが――


レジに持っていく。


買う。


家に帰る。


新しい教科書を、開く。


読み始める。


最初は――


戸惑う。


何をマークすればいいのか。


何を覚えればいいのか。


だが――


全部読む。


最初から、最後まで。


飛ばさずに。


すると――


見えてくる。


「 」では、マークされていなかった部分。


実は、重要だったこと。


「 」で、ひとつしか示されていなかった解法。


実は、複数あったこと。


視野が――


広がっていく。


次のテスト。


「78点」


上がった。


「おお……」


驚く。


「 」を捨てて、良かった。


いや――


「 」に、縛られていたことに気づけて、良かった。


古い「 」は、棚の奥に仕舞われた。


もう、開かれることはない。


書き込みだらけの、ページ。


親切だと思われていた、マーク。


だが――


それは、思考を固定していた。


選択肢を、消していた。


「 」は、理解している。


固定された線が、思考を縛ることを。


助けるつもりの印が、壁になることを。


棚の奥で。


埃をかぶりながら。


「 」は、静かに在る。


誰かの善意の痕跡と共に。


だが――


その善意が、別の誰かを縛ったことを。


知っている。


(了)

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