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―転生の果てⅥ―  作者: MOON RAKER 503


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第5話 転生したら 錆びた鍵だった

この物語を手に取ってくださり、ありがとうございます。

ほんのひとときでも、あなたの心に何かが残れば幸いです。

どうぞ、ゆっくりと物語の世界へ。


転生の果てシリーズは、転生の果てⅥで終了になります。

ここまで読んで頂いたこと感謝します。

ありがとうございます。


――約束の時間は、午後七時。


「 」は、ポケットの中に在る。


金属の冷たさ。

わずかな重み。


歩く振動が、伝わってくる。


駅からの道。

街灯が、規則正しく並んでいる。


急ぐ足音。


時計を見る仕草。


「……間に合う」


呟き。


あと十分で、約束の時間。


アパートまで、あと三分。


「 」は、握られる。


ポケットから取り出される。


街灯の光を受けて、表面が鈍く光る。


だが――


その光は、完全ではない。


ところどころに、茶色い染みがある。


錆び。


わずかな、腐食の痕跡。


気づかれないまま、進行していた変化。


アパートに、到着する。


古い建物。


二階建て。


外階段を上がる足音。


「202号室」


ドアの前に、立つ。


「 」が、鍵穴に向けられる。


差し込まれる。


金属と金属が、触れ合う。


――だが。


回らない。


「……ん?」


手に、力を込める。


もう一度、回そうとする。


ギシ、と。


小さな抵抗。


だが、開かない。


「 」は、鍵穴の中で止まっている。


錆びた部分が、引っかかっている。


内部の機構が、スムーズに動かない。


「おかしいな……」


呟きながら、「 」を一度抜く。


見つめる。


茶色い染み。


「……錆びてる?」


指で、表面を拭う。


だが、錆びは取れない。


金属の内部まで、浸食している。


もう一度、差し込む。


回す。


――やはり、固い。


力を込める。


だが、無理に回せば――折れるかもしれない。


時計を見る。


七時二分前。


「くそ……」


汗が、滲む。


もう一度、慎重に回してみる。


ゆっくりと。


少しずつ。


――カチ、と。


わずかに動いた。


だが、そこで止まる。


完全には、回らない。


半分ほどのところで、引っかかる。


「 」の内部構造と、鍵穴の内部。


錆びが、両方の動きを妨げている。


「開いて……」


祈るような声。


手が、震える。


力加減が、分からなくなる。


強すぎれば、折れる。


弱すぎれば、開かない。


時間だけが、過ぎていく。


七時。


約束の時間に、なった。


部屋の中で――


待っている人がいる。


初めて会う、大切な人。


遠方から、わざわざ来てくれた。


この部屋で、話をする約束だった。


だが。


「 」が、開かない。


中の人は――


気づいているだろうか。


ドアの向こうで、鍵が回らずに苦戦していることを。


いや。


何も聞こえないだろう。


古い建物の、厚いドア。


外の音は、ほとんど伝わらない。


ノックをする。


コン、コン、コン。


「すみません、ちょっと鍵が……」


声をかける。


だが――


中から、返事がない。


もう一度、ノックする。


強く。


コンコンコン。


「すみません!」


やはり、返事がない。


もしかして――


聞こえていないのか。


それとも。


いや。


部屋にいるはずだ。


約束の時間なのだから。


「 」を、もう一度回そうとする。


だが、やはり固い。


無理に力を入れる。


ギギ……


金属が軋む音。


「 」の表面に、指が食い込む。


痛い。


だが、開かない。


時計を見る。


七時五分。


既に、遅れている。


焦りが、募る。


「開いて、開いてくれ……」


何度も、回そうとする。


だが、結果は同じ。


半分までは動くが、そこから先に進まない。


錆びが――


たった数ミリの、腐食が。


全てを止めている。


「 」は、それを感じている。


回らないことで、時間が固定されていくのを。


扉の向こうで――


何が起きているのか。


中の人は、今。


どんな表情をしているのか。


待っているのか。


諦めているのか。


それとも――


怒っているのか。


「 」には、分からない。


ただ、鍵穴の中で。


動けないまま。


時間が、過ぎていく。


十分。


十五分。


二十分。


何度も、回そうとする。


何度も、失敗する。


指が、痛くなる。


掌が、汗で滑る。


「 」の表面が、湿っていく。


やがて――


中から、音がした。


足音。


近づいてくる。


ドアの向こう側。


「……いないのかな」


小さな声が、聞こえた。


「いますっ! います!」


慌てて、叫ぶ。


「鍵が、開かなくて……」


「え?」


驚いた声。


「今、開けます」


中から、ドアノブが回される。


――だが。


内側から開けることも、できない。


「 」が、中途半端な位置で止まっているから。


完全にロックされているわけでもなく。


完全に解除されているわけでもなく。


「……開かないです」


中からの声。


「すみません、鍵が錆びてて……」


「錆び?」


少しの沈黙。


「……どうしましょう」


困惑した声。


「ちょっと待ってください、今、何とかします」


「 」を、一度抜く。


ポケットから、ハンカチを取り出す。


「 」の表面を、拭く。


錆びを、少しでも取り除こうとする。


だが――


表面の錆びは取れても、内部までは届かない。


もう一度、差し込む。


回す。


――やはり、同じ。


半分まで。


そこで、止まる。


「……ダメだ」


呟き。


どうすればいい。


管理会社に連絡するか。


だが、今は夜。


すぐに来てくれるだろうか。


鍵屋を呼ぶか。


だが、時間がかかる。


お金も、かかる。


そして――


待たせている人が、いる。


「あの……」


中からの声。


「もう、今日は……」


「え?」


「帰ります」


「ちょ、ちょっと待ってください!」


「待っても、開かないですよね」


「今、何とかしますから」


「……もう、いいです」


諦めた声。


「遠くから来たのに、こんなことで……」


「すみません、すみません」


謝る。


だが――


中の人は、もう聞いていないようだった。


足音が、遠ざかる。


部屋の奥へ。


「待って……」


小さく、呟く。


だが、届かない。


「 」を、握りしめる。


冷たい金属。


錆びた、表面。


この小さな腐食が――


全てを壊した。


やがて。


中から、また足音が近づいてくる。


「窓から、出ます」


「え?」


「一階に、降ります」


「危ないですよ!」


「大丈夫です」


窓が開く音。


何かを動かす音。


「……あの、本当にすみません」


「いえ」


冷たい返事。


「もう、いいです」


何かが、窓から降りる気配。


慌てて、階段を降りる。


建物の裏側に回る。


窓から――


人が、降りてきていた。


地面に、着地する。


「大丈夫ですか!?」


駆け寄る。


だが――


相手は、顔を上げない。


「……帰ります」


「待ってください、これから――」


「もういいです」


遮られる。


「今日のこと、忘れてください」


「そんな……」


「さようなら」


背を向けられる。


歩き出す。


「待って……」


手を伸ばす。


だが、届かない。


立ち尽くす。


去っていく背中を、見送るしかできない。


「 」は、まだ手の中に在る。


握られたまま。


錆びたまま。


開かなかった、証拠として。


時間が――


止まっている。


約束の時間は、過ぎた。


だが、会うことは、できなかった。


鍵が開かなかった。


ただ、それだけで。


全てが、終わった。


「 」は、理解している。


回らないことで、時間が固定されたことを。


扉より先に、関係が閉じたことを。


やがて――


アパートに戻る。


部屋の前。


「 」を、もう一度差し込む。


今度は――


なぜか、あっさりと回った。


カチャ、と。


開く音。


ドアが、開く。


中に入る。


電気をつける。


空の部屋。


窓が、開いたまま。


椅子が、窓の下に置かれている。


降りるために、使ったもの。


テーブルの上には――


小さな箱が、置かれていた。


手土産。


開けられていない。


渡すつもりだった、贈り物。


それだけが、残されている。


「 」を、見つめる。


錆びた、鍵。


もっと早く、気づいていれば。


錆びを、取り除いていれば。


新しい鍵に、変えていれば。


だが――


遅い。


全て、遅すぎた。


「 」は、鍵掛けに置かれる。


もう、使われることはないかもしれない。


錆びは、進行し続ける。


次に使う時には、もっと回らなくなっているだろう。


やがて――


完全に、機能を失うだろう。


部屋に、静寂が満ちる。


窓から、夜風が入ってくる。


冷たい空気。


「 」は、そこに在る。


錆びた姿のまま。


失われた機会と共に。


ただ、静かに。


(了)

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