第3話 転生したら 破れたレシートだった
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どうぞ、ゆっくりと物語の世界へ。
転生の果てシリーズは、転生の果てⅥで終了になります。
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ありがとうございます。
――精算カウンターの、蛍光灯の下。
「 」は、レジから吐き出された。
機械音と共に、印字される文字。
商品名、単価、合計金額。
最後に切り離される、紙の端。
受け取られる。
「ありがとうございました」
店員の声。
「 」は、財布に挟まれる。
他のレシートと一緒に。折り畳まれ、革の間に押し込まれる。
暗闇。
圧力。
時間が、過ぎていく。
そして――
翌週。
財布が開かれる。
中から取り出される「 」。
だが、その時には既に。
端が、破れていた。
上から三分の一ほどのところ。
横に走る、不規則な裂け目。
ビリ、と。
紙の繊維が引きちぎれた跡。
「あ……」
小さな声が、漏れる。
「 」を持つ指が、破れた部分を確認する。
失われた部分には――
店名が、あった。
住所の一部も。
日付の上半分も。
残っているのは、商品名と金額。
そして、下部の合計欄。
¥12,800
その数字だけが、はっきりと読み取れる。
「……これ、経費で落とせるかな」
呟きながら、「 」を見つめる視線。
会社の備品を買った。
文房具と、小型のホワイトボード。
経費精算には、レシートが必要だ。
だが――
破れている。
店名が、ない。
「とりあえず、出してみるか」
「 」は、精算用の封筒に入れられた。
他の完全なレシートと一緒に。
経理部への提出。
翌日。
デスクに、内線電話がかかってくる。
「もしもし」
「あの、先日提出されたレシート、少し確認したいことがありまして」
経理担当の声。
「はい」
「一枚、破れているものがあるんですが」
「……ああ」
「店名が読めないんですよね。どちらで購入されました?」
質問。
当然の、確認。
「えっと……確か、駅前の文房具店だったと思います」
「駅前ですか。具体的には?」
「……ちょっと、名前が出てこなくて」
「そうですか」
電話の向こうで、紙をめくる音。
「金額は12,800円ですね。内訳は?」
「文房具とホワイトボードです」
「文房具、というのは?」
「ペンとか、ノートとか……」
曖昧な返答。
実際には覚えていない。
まとめて買った、いくつかの品。
「ホワイトボードは、どのサイズですか?」
「……60センチくらいの、小さいやつです」
「分かりました」
少しの沈黙。
「レシートに、購入日時は残っていますか?」
「日付が、半分破れてて……」
「そうですか」
また、沈黙。
「とりあえず、確認させていただきます」
電話が、切れる。
「 」は、経理部のデスクに置かれている。
蛍光灯の下。
破れた端が、影を作っている。
経理担当が、「 」を手に取る。
裏返し、透かして見る。
印字された文字を、読み取ろうとする。
だが、店名は読めない。
住所も、不完全。
日付の上半分が、ない。
残っているのは、商品名と金額だけ。
他のレシートと、並べられる。
コンビニのレシート。
飲食店のレシート。
全て、店名がはっきりと印字されている。
「 」だけが、不完全。
疑問が、浮かぶ。
本当に、経費なのか。
私的な買い物を、経費として申請していないか。
だが――確証はない。
ただ、破れているというだけ。
それだけで、疑うのは――
いや。
確認できない以上、疑念は残る。
上司に、報告される。
「破れたレシートがあるんですが」
「どれ?」
「 」が、手渡される。
上司の目が、細められる。
「……店名、ないな」
「はい」
「本人に確認したか?」
「しました。駅前の文房具店、とのことですが」
「具体的な店名は?」
「覚えてない、と」
上司が、「 」を見つめる。
数秒の沈黙。
「金額は?」
「12,800円です」
「内訳は?」
「文房具とホワイトボード、とのことですが、詳細は曖昧でした」
また、沈黙。
「……今回は通すけど、次からは気をつけるように伝えて」
「承知しました」
「 」は、承認印を押される。
だが――
その印には、いつもと違う重さがあった。
信頼ではなく、仕方なく。
証明できないから、通すしかない。
そういう、空気。
「 」は、それを感じている。
破れた部分よりも。
失われた文字よりも。
人の目つきが、変わった速さを。
デスクに戻ってきた、精算済みの封筒。
中に「 」が、入っている。
受け取る手。
開封する。
「 」を取り出す。
承認印が、押されている。
――だが。
何かが、違う。
経理担当とすれ違う廊下。
「お疲れ様です」
挨拶をする。
「……お疲れ様です」
返ってくる声が、微妙に冷たい。
視線が、一瞬だけ合って、逸れる。
「 」は、ファイルに綴じられる。
保管用の書類棚。
他のレシートと一緒に。
だが、破れた「 」だけが。
異質な存在として、残る。
翌月。
また、経費精算の時期が来る。
レシートを集める。
今度は、全て完全な状態で。
提出する。
経理部での確認。
だが――
今回は、いつもより時間がかかった。
一枚一枚、念入りに確認されている。
店名。
日付。
金額。
内訳。
全てが、精査される。
「 」の時とは、違う。
疑われている。
いや――
信頼が、下がっている。
一度の破れたレシートが。
その後の全てに、影響している。
「問題ありません」
最終的に、承認される。
だが、その声には。
以前のような、軽やかさがない。
「 」は、書類棚の中で。
他のレシートと共に、保管されている。
破れた端。
失われた店名。
それらが、結果を生んだ。
証明できないことが、疑いになる。
一度生まれた疑念は、消えない。
時間が経っても。
他の完全なレシートを提出しても。
「また破れてないか」
「今度は大丈夫か」
そういう目で、見られ続ける。
「 」は、それを知っている。
欠けた部分が、問題ではない。
人の心に刻まれた、小さな傷跡。
それが、最も消えにくいものだと。
やがて。
年度末の書類整理。
古いレシートが、処分される。
「 」も、その中に含まれていた。
シュレッダーにかけられる。
細かく裁断される音。
紙の繊維が、バラバラになっていく。
「 」は、消える。
だが――
残したものは、消えない。
経理部の記録に。
担当者の記憶に。
「あの時、破れたレシートを出した人」
そういう印象が、残る。
小さな出来事。
だが、確実に。
信頼という、目に見えないものを。
削った。
ゴミ箱の中で。
他の紙くずと混ざり合いながら。
「 」は、静かに在る。
破れた端と共に。
変えてしまった、関係と共に。
(了)




