表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
―転生の果てⅥ―  作者: MOON RAKER 503


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/19

第2話 転生したら 電源が入らないスマホだった

この物語を手に取ってくださり、ありがとうございます。

ほんのひとときでも、あなたの心に何かが残れば幸いです。

どうぞ、ゆっくりと物語の世界へ。


転生の果てシリーズは、転生の果てⅥで終了になります。

ここまで読んで頂いたこと感謝します。

ありがとうございます。


――約束の時間まで、あと三十分。


「 」は、ポケットの中に在る。


布地に包まれた暗闇。

わずかに伝わる体温と、歩く振動。


待ち合わせの場所は、駅前のカフェ。

初めて会う相手。オンラインで何度もやり取りをした、大切な人。


ポケットから取り出される。


手に握られた感触。

冷たい表面。滑らかなガラス。


電源ボタンが、押される。


――だが。


画面は、点かない。


「……あれ?」


もう一度、押される。

長押し。五秒、十秒。


何も起こらない。


暗いまま。

反応しない。


「 」は、ただの黒い板として、手の中に在る。


指が、画面を撫でる。

タップする。スワイプする。


何をしても、変わらない。


「嘘だろ……」


呟きが、漏れる。


今朝まで、普通に使えていた。

充電も、八十パーセント残っていたはずだ。


バッグから、充電ケーブルが取り出される。


モバイルバッテリーに繋がれる「 」。

接続音が――鳴らない。


画面の隅に、充電マークも表示されない。


ただ、暗いまま。


「 」は、電力を受け取っているのか、いないのか。

内部で何が起きているのか、誰にも分からない。


時計を見る動作。


だが、時計は「 」の中にあった。

腕時計は持っていない。駅の時計を探す視線。


あと二十五分。


もう一度、電源ボタンを長押しする。


十秒。

十五秒。

二十秒。


指が、痛くなるほど押し続ける。


――何も起こらない。


「 」は、沈黙している。


中に保存された、全てのデータと共に。

連絡先。メッセージの履歴。約束の詳細。


相手の電話番号も、「 」の中。

メモにも残していない。オンラインでしか繋がっていない。


駅のベンチに座る。


「 」を両手で包み込む。

温めれば、動くかもしれない。そんな根拠のない期待。


だが、変わらない。


周囲を歩く人々は、皆スマホを見ている。

画面を覗き込み、指を滑らせ、誰かと繋がっている。


「 」だけが、沈黙している。


時間が、過ぎていく。


あと二十分。


カフェに向かうべきか。

だが――相手の顔を、知らない。


オンラインでは写真を見た。

だが、実物と同じかどうか。髪型が変わっているかもしれない。服装も分からない。


「 」の中にあった。


待ち合わせ場所の詳細も。

「カフェの二階、窓際の席」という約束も。


記憶を辿る。


確か――駅前の、あのカフェだった。

名前が思い出せない。いくつかある中の、どれか。


不安が、募る。


もう一度、電源ボタンを押す。


カチ。


暗いまま。


「 」は、答えない。


手の中で、ただの重さとして存在している。

冷たく、硬く、何の役にも立たない物体として。


時間が、削られていく。


あと十五分。


立ち上がる。


とりあえず、カフェに向かう。

駅前には三軒ある。全部回れば――


歩き出す足。


だが、三歩進んだところで。


ふと、思い至る。


相手も、同じように「 」を持っている。

相手の「 」には、こちらの連絡先が入っている。


連絡が来ないことを、どう思うだろう。


既読が付かない。

返信がない。

電話も繋がらない。


相手は、今。


待っているのだろうか。

それとも、もう諦めているのだろうか。


「 」は、その想像を記録することができない。


ただ、暗い画面のまま。

手に握られたまま。


カフェに着く。


一軒目。


入口から中を覗く。

二階建ての店。窓際の席には、誰か座っているだろうか。


階段を上がる。


二階のフロア。

窓際の席――四つある。


ひとつは、カップルが座っている。

ひとつは、空席。

ひとつは、本を読む老人。

ひとつは――


ひとりの人物が、座っている。


年齢は、二十代半ば。

テーブルの上には、スマホ。


画面を、何度も確認している。


視線が、入口に向く。


目が合う。


――だが、相手は首を振って、視線を戻した。


違う。

この人ではない。


「 」を握る手が、汗ばむ。


確認できない。

相手の顔も、名前も、連絡手段も。


二軒目のカフェに向かう。


時間を確認したいが、時計がない。

周囲の人のスマホ画面が、チラチラと視界に入る。


時刻表示。

メッセージ通知。

誰かと繋がっている証。


「 」は、それらを映さない。


二軒目。


やはり二階建て。

窓際の席を確認する。


誰もいない。


空席が、並んでいる。


――まだ、来ていないのか。

それとも、もう帰ったのか。


判断できない。


座って待つべきか。

それとも、三軒目を探すべきか。


「 」に、答えを求める。


だが。


画面は、暗いまま。


手が震える。


もう一度、電源ボタン。


押す。

押す。

押す。


何度押しても、同じ。


「 」は、沈黙を続ける。


やがて――諦めた。


三軒目には向かわず、駅のベンチに戻る。


座り込む。


「 」を膝の上に置く。


ただ、見つめる。


時間が、どれだけ経ったのか分からない。


空が、少しずつオレンジ色に染まり始めている。

夕方が、近づいている。


もう、約束の時間は過ぎたはずだ。


相手は――


待っていたのだろうか。

来なかったことに、怒っているだろうか。

それとも、心配しているだろうか。


いや。


もっと悪い想像が、浮かぶ。


「無視された」


そう思われているかもしれない。


約束を忘れたのか。

それとも、最初から来る気がなかったのか。


オンラインでやり取りしていた時間。

少しずつ深まっていった、信頼。

「会いたい」と言ってくれた、あの言葉。


それらが、今。


沈黙によって、壊されている。


「 」は、その過程を見ている。


暗い画面の向こうで。

何も発信できない、無力な存在として。


夕日が、沈んでいく。


駅前の人通りが、増えてくる。

帰宅する人々の波。


「 」を握る手が、力を失っていく。


もう一度――


最後にもう一度だけ。


電源ボタンを、押す。


長押し。


十秒。


二十秒。


三十秒。


――何も、起こらない。


手が、脱力する。


「 」が、膝から滑り落ちそうになる。


慌てて、掴む。


だが、もう。


意味がない。


バッグに仕舞い込まれる「 」。


暗闇の中に、戻される。


立ち上がる。


駅の改札に向かう。


帰る。


それしか、できない。


家に着く頃には、もう夜だった。


「 」を充電器に繋ぐ。


コンセントに差し込まれるケーブル。

接続される端子。


だが、やはり画面は点かない。


充電ランプも、光らない。


机の上に、置かれる。


部屋の明かりを消す。


ベッドに横になる。


天井を、見つめる。


――今頃、相手はどう思っているだろう。


怒り。

失望。

諦め。


それとも、まだ心配してくれているだろうか。


分からない。


確かめる手段が、ない。


やがて、眠りに落ちる。


そして。


深夜。


誰もいない部屋で。


「 」の画面が――


微かに、光った。


一瞬。


ほんの一瞬だけ。


起動画面が表示され、そして消えた。


充電マークが点滅し、バッテリー残量が示される。


78%。


朝と、ほとんど変わらない。


通知が、溜まっている。


メッセージ。

着信履歴。

全て、同じ相手から。


『着きました』

『どこにいますか?』

『大丈夫ですか?』

『返信ください』

『心配です』

『……もう帰ります』


最後のメッセージは、三時間前。


『さようなら』


それきり、何も来ていない。


「 」の画面は、その文字を映したまま。


やがて、自動的にスリープモードに入る。


暗闇が、戻る。


翌朝。


目覚めた手が、「 」に伸びる。


電源ボタンを押す。


――画面が、点いた。


「……え?」


驚きの声。


普通に起動する。

何事もなかったように。


通知を確認する。


昨夜のメッセージが、並んでいる。


最後の『さようなら』が、目に入る。


返信しようとして――


指が、止まる。


何と、書けばいいのか。


「故障してました」


そんな言い訳が、通じるだろうか。


既に時間が経ちすぎている。

朝になってから返信しても、遅い。


指が、震える。


結局。


何も送らないまま、「 」を置いた。


机の上。


画面は点いている。

正常に、動いている。


だが、もう。


繋がっていたものは、切れている。


「 」は、それを知っている。


沈黙が、言葉よりも強く働いたことを。

何も発しなかったことが、最も大きな結果を生んだことを。


窓の外で、朝日が昇る。


新しい一日が、始まる。


だが、昨日と同じ日には、戻らない。


(了)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ