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―転生の果てⅥ―  作者: MOON RAKER 503


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第1話 転生したら 折れたシャープペンだった

この物語を手に取ってくださり、ありがとうございます。

ほんのひとときでも、あなたの心に何かが残れば幸いです。

どうぞ、ゆっくりと物語の世界へ。


転生の果てシリーズは、転生の果てⅥで終了になります。

ここまで読んで頂いたこと感謝します。

ありがとうございます。


――試験開始五分前。


教室に、緊張が満ちている。

机の上には解答用紙と、受験番号を記した小さなカード。窓から差し込む光が、白い紙面を照らしていた。


「 」は、右手に握られている。


握る力は、わずかに震えていた。

指先から伝わる体温。掌の湿り気。ノックされるたび、芯が数ミリ押し出される感覚。


繰り返される、確認の動作。


カチ、カチ、カチ。


音が、静寂を刻む。

周囲の生徒たちも同じように、筆記具を触り、消しゴムの位置を直し、深呼吸を繰り返している。


試験監督が教壇に立つ。

時計の秒針が、規則正しく進んでいく。


「 」は、ただそこに在る。


使われることを、待っている。

この手に握られ、紙に触れ、文字を刻むことを。それ以外の役割を、知らない。


やがて、合図の声が響いた。


「始めてください」


ページをめくる音が、一斉に起こる。

「 」は、解答用紙の上に降ろされた。


最初の一文字。


筆圧が、紙に伝わる。

黒い線が引かれ、文字が形を成していく。滑らかな感触。途切れることのない、流れ。


問題文を読む視線。

思考が言葉になり、言葉が文字になる。


「 」は、その過程を支えている。


握られる力が強まり、また緩む。

書く速度が上がり、ときに止まる。考える時間。迷う瞬間。それでも、再び動き出す手。


三問目に差し掛かったとき。


ノックが、一度押された。


芯が、出る。

だが――次の瞬間、硬い何かに触れた感覚があった。


紙の表面。

わずかな凹凸。


そして。


ポキッ。


小さな音が、した。


「 」の中で、芯が折れた。

先端が、紙の上に黒い点を残して転がる。


握る手が、一瞬止まる。


「……あれ?」


囁くような声。

ノックが、もう一度押される。


カチ。


だが、芯は出ない。


カチ、カチ、カチ。


何度押しても、同じ。

芯は引っ込んだまま、二度と姿を現さない。


「 」は、ただ握られている。


動かない。

書けない。

役に立たない。


時間だけが、進んでいく。


周囲の音が、やけに大きく聞こえる。

鉛筆が紙を走る音。ページをめくる音。誰かの小さな溜息。


「 」を握る手が、焦りを帯び始める。


筆圧が強まる。

何度もノックを繰り返す指。だが、芯は出ない。当然だ。折れているのだから。


視線が周囲を泳ぐ。


誰かに借りるべきか。

だが、試験中に声をかけることは――できない。


手が、筆箱に伸びる。


中を探る音。

カサカサと、何かを掻き回す感触。


だが。


替えの筆記具が、ない。


普段は使わない筆箱。

試験用に持ってきた、小さな布製のケース。中には消しゴムと定規だけ。


シャープペンは、「 」だけだった。


手が、再び「 」を握る。


もう一度、ノックを試みる。

カチ、カチ、カチ、カチ。


無駄な動作。

無意味な繰り返し。


それでも、止められない。


「 」は、その焦りを受け止めている。


指の震え。

掌の汗。

呼吸が浅くなっていく気配。


周囲の生徒は、次々と問題を解いている。

ペンを走らせる音が、途切れることなく続いている。


だが、この席だけが。


止まっている。


時計の針が、容赦なく進む。


試験開始から、十分が経過していた。

解答欄は、三問目の途中で止まったまま。


「 」を握る手が、力を込める。


もう一度。

もう一度だけ。


カチ。


芯は、出ない。


「……くそ」


小さく、呟かれた言葉。


手が、「 」を置く。

いや――投げ出すように、机の上に転がした。


「 」は、そこに横たわる。


動かない物体として。

役割を果たせなかった、ただの筒として。


視線が、問題用紙に戻る。


だが、筆記具がない。

書けない。

進めない。


手が、頭を抱える。


思考が、空回りを始める。

解答は頭の中にあるのに、それを形にする手段がない。


時間が、削られていく。


十五分。

二十分。

三十分。


他の生徒たちは、半分以上の問題を終えている。

ページをめくる音が、何度も響く。


「 」は、机の端に転がったまま。


誰にも触れられず。

誰の役にも立たず。

ただ、そこに在るだけ。


やがて、決断が下された。


手が、消しゴムに伸びる。

その横に置かれていた、替え芯のケース。


開ける。


中から、細い芯が一本取り出される。

指先で摘まれた、黒い線。


「 」が、再び手に取られる。


後部を外し、中に芯を入れる動作。

だが――手が震えている。


芯が、床に落ちる。


小さな音。

転がっていく、細い線。


「……」


息を吐く音。


もう一度、ケースから芯を取り出す。

今度は慎重に。ゆっくりと。


「 」の中に、芯が収まる。


ノックが、押される。


カチ。


芯が、出た。


書ける。


手が、解答用紙に向かう。

だが――


試験開始から、四十分が経過していた。


残り時間は、二十分。

解けていない問題は、七割以上。


ペンが、紙に触れる。


急いで書かれる文字。

雑な線。乱れた文字列。


思考が、追いつかない。


焦りが、判断を鈍らせる。

読み飛ばす問題文。勘で埋める解答欄。


本来なら解けたはずの問題を、見落とす。

本来なら選べたはずの選択肢を、誤る。


「 」は、その全てを記録している。


間違った答えを。

空白のままの欄を。

諦めの痕跡を。


やがて、終了の合図が響いた。


「そこまで」


ペンを置く音が、一斉に起こる。


「 」も、解答用紙の上に置かれた。


周囲の生徒たちが、安堵の息を吐いている。

誰かが「できた」と呟き、誰かが首を振っている。


だが、この席の主は。


頭を抱えたまま、動かない。


解答用紙が、回収されていく。


試験監督が机の間を歩き、一枚ずつ受け取っていく。空白の多い、その紙も。


「 」は、机の上に残された。


誰も拾わない。

誰も触れない。


教室が、少しずつ空になっていく。


生徒たちが席を立ち、廊下へ出ていく。

話し声が遠ざかり、やがて静寂が戻る。


「 」は、そこに在る。


窓からの光を受けながら。

誰にも必要とされず。


机の上に、ひとり。


やがて、夕方の清掃時間。


掃除当番の生徒が教室に入ってくる。

机を拭き、床を掃く。


忘れ物がないか、確認する視線。


「 」が、見つけられる。


「……シャーペンだ」


手に取られる。


ノックが、試される。


カチ、カチ。


芯が出る。

問題なく、動く。


「誰のだろ」


呟きながら、教卓の忘れ物箱に入れられた。


「 」は、箱の中で他の忘れ物と一緒に横たわる。


消しゴム。

定規。

名前のないノート。


誰も取りに来ないかもしれない、物たち。


窓の外で、夕日が沈んでいく。


教室に、静寂が満ちる。


「 」は、ただそこに在る。


折れた芯の記憶と共に。

変えてしまった結果と共に。


ただ、静かに。


(了)

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