第15話 転生したら人間だった
この物語を手に取ってくださり、ありがとうございます。
ほんのひとときでも、あなたの心に何かが残れば幸いです。
どうぞ、ゆっくりと物語の世界へ。
転生の果てシリーズは、転生の果てⅥで終了になります。
ここまで読んで頂いたこと感謝します。
ありがとうございます。
朝、六時半。
スマホのアラームが鳴る。伸ばした手が空を切り、二度目の音でようやく画面を叩く。布団から這い出して、洗面所へ。鏡に映る顔は相変わらず冴えない。寝癖を直す気力もなく、水で適当に濡らして終わり。
僕の名前は――まあ、どうでもいい。
どこにでもいる大学生だ。特別な才能もなく、特別な夢もなく、ただ日々を消費している。朝起きて、講義に出て、バイトして、寝る。それの繰り返し。
つまらない、と思ったことは何度もある。でも変える気力もない。これが普通だし、これでいいと思っている。
七時過ぎに家を出る。
アパートの階段を降りて、駅へ向かう。空は晴れていて、風は少し冷たい。四月も半ばだというのに、まだ朝は肌寒い。
通学路は、いつもと同じ景色だ。
コンビニ、自販機、犬の散歩をしている老人、ランドセルを背負った小学生の列。見慣れた風景が、見慣れた順番で流れていく。
僕は音楽を聴きながら歩く。イヤホンから流れるのは、先週見つけた適当なプレイリスト。別に好きなわけじゃないけど、無音よりはマシだ。
横断歩道の手前で立ち止まる。
信号は赤。向かい側には、同じように信号待ちをしている人たちが数人。スーツ姿のサラリーマン、ベビーカーを押す母親、高校生らしき制服姿。
僕はスマホを取り出して、SNSを開く。
タイムラインには、どうでもいい投稿が流れている。誰かの朝食、誰かの愚痴、誰かの自撮り。いいねを押す気にもならず、ただスクロールする。
信号が青に変わる。
……
スマホを見たまま、歩き出す。
横断歩道の白線を踏みながら、僕はタイムラインを眺め続ける。
足音が、規則的に響く。
周りの人たちも、同じように歩いている。
車の音。
風の音。
遠くで誰かが笑っている声。
……
トラックは、来ない。
事故は、起きない。
世界は、何事もなかったかのように進む。
……
僕は、横断歩道を渡りきる。
反対側の歩道に足をつける。
立ち止まることもなく、そのまま駅へ向かう。
……
いつもと、同じだ。
昨日と、同じだ。
明日も、同じだろう。
……
駅の改札を通る。
ICカードをかざす。
ピッ、という音。
ホームへ降りる階段。
人の波に混じって、電車を待つ。
……
電車が来る。
ドアが開く。
押し込まれるように乗り込む。
吊り革を掴む。
発車のベル。
揺れ。
……
窓の外を、景色が流れていく。
ビル。
住宅。
線路沿いの壁。
次の駅。
また次の駅。
……
僕は、スマホを見ている。
タイムラインを、スクロールしている。
誰かの投稿に、目を通している。
でも、何も覚えていない。
……
大学の最寄り駅で降りる。
改札を出る。
キャンパスへ向かう坂道を登る。
息が上がる。
運動不足だ、と思う。
でも、改善する気はない。
……
講義棟に着く。
教室に入る。
適当な席に座る。
隣に誰が座っているかも、気にしない。
……
講義が始まる。
教授が喋っている。
スライドが映っている。
でも、聞いていない。
ノートも取らない。
ただ、時間が過ぎるのを待っている。
……
隣の席の学生が、ノートを取っている。
ペンを走らせる音が、微かに聞こえる。
僕も、ノートを開いてみる。
何となく、数行だけ書き写す。
でも、すぐに飽きる。
ペンを置く。
……
教授が、質問をする。
「この問題、わかる人いますか?」
僕は、下を向く。
目が合わないように。
誰かが手を挙げる。
僕は、安堵する。
……
スマホを取り出そうとする。
でも、やめる。
何となく、今日はやめておこう、と思う。
理由は、ない。
……
九十分が、終わる。
次の講義。
また九十分。
昼休み。
学食で、適当なものを食べる。
また講義。
また九十分。
……
気づけば、夕方になっている。
バイトの時間だ。
駅へ戻る。
電車に乗る。
バイト先の最寄り駅で降りる。
……
コンビニのバイト。
レジ打ち。
品出し。
掃除。
同じことの繰り返し。
……
客が来る。
「いらっしゃいませ」
商品をスキャンする。
「○○円です」
お金を受け取る。
お釣りを渡す。
「ありがとうございました」
……
また客が来る。
同じことを繰り返す。
何度も。
何十回も。
……
品出しの時間。
棚を見る。
商品が、雑に並んでいる。
前に出ていないものもある。
……
直す。
一つ一つ、前に出す。
ラベルを揃える。
誰も見ていない。
店長も、先輩も、気づかない。
でも、やる。
……
次の日、また商品は乱れている。
また直す。
誰も褒めない。
給料も変わらない。
でも、やる。
……
なぜやるのか、わからない。
意味があるのか、わからない。
でも、やる。
……
シフトが終わる。
「お疲れ様です」
誰かが言う。
「お疲れ様でした」
僕も言う。
……
帰りの電車。
また、スマホを見ている。
タイムラインを、スクロールしている。
何も、頭に入ってこない。
……
アパートに着く。
階段を登る。
部屋に入る。
鍵を閉める。
……
シャワーを浴びる。
適当に夕飯を食べる。
コンビニで買った弁当。
味は、よくわからない。
……
ベッドに横になる。
スマホを見る。
動画を見る。
SNSを見る。
何も、心に残らない。
……
眠くなる。
アラームをセットする。
スマホを置く。
目を閉じる。
……
明日も、同じだろう。
朝、六時半にアラームが鳴る。
起きる。
大学へ行く。
講義を受ける。
バイトをする。
帰る。
寝る。
……
それの繰り返し。
……
特別なことは、何も起きない。
事故も、奇跡も、転機も、ない。
ただ、日常が続く。
淡々と。
機械的に。
……
でも、それでいい。
……
いや、それでいいのか。
……
わからない。
……
答えは、出ない。
誰も教えてくれない。
世界は、何も言わない。
……
でも、朝は来る。
アラームは鳴る。
起きなければならない。
歩かなければならない。
生きなければならない。
……
「それでいい」と思える日もある。
「それでいいのか」と疑う日もある。
どちらも、正解ではない。
どちらも、間違いではない。
……
ただ、続く。
日常が、続く。
……
時々、変えようと思う。
もっと真面目に講義を聞こう。
もっと計画的に生きよう。
もっと意味のあることをしよう。
……
でも、変わらない。
三日も続かない。
また、同じ日常に戻る。
……
それでも、完全に諦めてはいない。
完全に受け入れてもいない。
ただ、中途半端に、続けている。
……
わからないまま、明日が来る。
また同じ日が始まる。
また同じことを繰り返す。
……
僕は、特別じゃない。
世界も、答えを用意していない。
意味も、使命も、ない。
ただ、生きている。
今日を進んでいる。
……
それが、すべてだ。
……
朝が来る。
アラームが鳴る。
起きる。
歩く。
生きる。
……
それが、繰り返される。
何百回も。
何千回も。
……
特別な日は、ほとんどない。
でも、時々、小さな違いがある。
いつもより早く起きた日。
いつもと違う道を通った日。
いつもより丁寧に商品を並べた日。
……
些細すぎて、誰も気づかない。
自分でさえ、すぐに忘れる。
でも、確かにあった。
……
そういう小さな違いが、積み重なっているのかもしれない。
積み重なっていないのかもしれない。
……
わからない。
……
でも、それでいい。
……
トラックは、来なかった。
異世界へは、行けなかった。
転生も、しなかった。
……
ただ、僕は、人間のままだ。
……
そして、明日も、同じように始まる。
……
……
……
信号が、また青に変わる。
(完)
深く感謝します。
ありがとうございます。




