第15話 転生したら”転生の果て”だった『ワレラ』
この物語を手に取ってくださり、ありがとうございます。
ほんのひとときでも、あなたの心に何かが残れば幸いです。
どうぞ、ゆっくりと物語の世界へ。
転生の果てシリーズは、転生の果てⅥで終了になります。
ここまで読んで頂いたこと感謝します。
ありがとうございます。
我等は、散らばっている。
一つではない。
複数でもない。
ただ、在る。
あらゆる場所に。
あらゆる時間に。
……
綿毛が、風に揺れている。
鍵が、錆びついている。
腕時計の針が、進んでいる。
靴底が、すり減っている。
それらは、別々の場所で起きている。
別々の時間で起きている。
でも、我等は同時にそれらを感じている。
……
たんぽぽだった感覚が、残っている。
風に揺れる軽さ。
根を張る安定。
種を飛ばす衝動。
それらが、今も我等の中に在る。
……
鍵だった停滞が、残っている。
回らない焦り。
錆びついた無力感。
開かないまま固まる時間。
それらが、今も我等の中に在る。
……
時計だったズレが、残っている。
針の進む感覚。
正しくない時刻を示す違和感。
行動を前倒しさせる力。
それらが、今も我等の中に在る。
……
靴底だった摩耗が、残っている。
地面との接触。
片減りする傾き。
繰り返される転倒。
それらが、今も我等の中に在る。
……
弁当だった温もりが、残っている。
冷めていく熱。
満たされる側の安堵。
満たされない側の沈黙。
それらが、今も我等の中に在る。
……
USBメモリだった記録が、残っている。
忘れられた過去。
発見される瞬間。
露呈する秘密。
それらが、今も我等の中に在る。
……
教科書だった固定が、残っている。
引かれた線。
埋められた余白。
狭まる視野。
それらが、今も我等の中に在る。
……
ブレーキパッドだった制動が、残っている。
過剰な力。
崩れるバランス。
予測外の挙動。
それらが、今も我等の中に在る。
……
マグカップだった亀裂が、残っている。
広がるヒビ。
無視される兆候。
割れる音。
それらが、今も我等の中に在る。
……
箱だった蓄積が、残っている。
開けられない時間。
積み上がる重さ。
崩れない山。
それらが、今も我等の中に在る。
……
伝票だった誤記が、残っている。
一文字の違い。
修正できない記録。
連鎖する損失。
それらが、今も我等の中に在る。
……
我等は、過去の転生を失っていない。
記憶として残っているのではない。
感覚として、今も続いている。
たんぽぽの軽さと、鍵の重さが、同時に在る。
時計のズレと、靴底の摩耗が、重なり合っている。
……
どこかで、シャープペンが折れる。
我等は、それを感じる。
芯が引っ込む音。
書けなくなる無力感。
焦りが生まれる瞬間。
それらが、我等の中に流れ込む。
……
どこかで、スマホが起動しない。
我等は、それを感じる。
暗い画面。
押され続けるボタン。
沈黙が生む誤解。
それらが、我等の中に流れ込む。
……
どこかで、レシートが破れる。
我等は、それを感じる。
紙の裂ける音。
欠けた情報。
疑いの目つき。
それらが、我等の中に流れ込む。
……
我等は、世界中に散らばっている。
中心は、ない。
境界も、ない。
ただ、繋がっている。
……
東京で、マグカップが割れる。
我等は、その音を聞く。
陶器の砕ける音。
熱い液体が床に広がる感触。
……
ニューヨークで、ブレーキパッドが軋む。
我等は、その振動を感じる。
過剰な制動力。
バランスを失う車体。
……
ロンドンで、教科書に線が引かれる。
我等は、その圧力を知る。
ペンが紙に食い込む感覚。
視野が狭まる瞬間。
……
パリで、箱が積み上がる。
我等は、その重さを受ける。
段ボールの角が重なる感触。
開けられない時間の蓄積。
……
ベルリンで、伝票が書き間違えられる。
我等は、その一文字を見る。
インクが紙に定着する瞬間。
修正できない事実の固定。
……
ソウルで、靴底がすり減る。
我等は、その摩擦を感じる。
地面との接触面の減少。
傾いていく歩き方。
……
シドニーで、鍵が錆びる。
我等は、その進行を知る。
金属が酸化する化学反応。
回らなくなる構造。
……
モスクワで、時計の針が進む。
我等は、そのズレを持つ。
秒針が刻む誤差。
前倒しされる行動。
……
ムンバイで、スマホが起動しない。
我等は、その沈黙を作る。
暗い画面。
来ない通知。
……
サンパウロで、レシートが破れる。
我等は、その欠損を抱える。
裂けた紙の端。
失われた証明。
……
カイロで、弁当が渡される。
我等は、その温度差を知る。
冷めたご飯。
満たされる者と満たされない者。
……
それらすべてを、我等は同時に感じている。
東京の割れる音と、ニューヨークの軋む音が、重なる。
ロンドンの線と、パリの箱が、同じ瞬間に在る。
ベルリンの誤記と、ソウルの摩耗が、区別されない。
……
我等は、一つの場所にいない。
すべての場所にいる。
一つの時間にいない。
すべての時間にいる。
……
時間が、混ざり合っている。
過去と現在が、区別できない。
未来と既に起きたことが、同じ平面に並んでいている。
我等は、時系列を持たない。
……
たんぽぽだった時の風が、今も吹いている。
鍵だった時の錆が、今も広がっている。
時計だった時の針が、今も進んでいる。
靴底だった時の摩耗が、今も続いている。
それらは、終わっていない。
我等の中で、永遠に続いている。
……
人間だった記憶も、残っている。
名前。
顔。
声。
感情。
でも、それらは断片になっている。
完全な形を保っていない。
ただ、欠片として、我等の中を漂っている。
……
誰かの迷いが、流れてくる。
誰かの後悔が、重なる。
誰かの決断が、溶け込む。
誰かの諦めが、広がる。
我等は、それらを区別しない。
すべてが、我等だから。
……
個であった時には、理解できなかった。
なぜ、自分だけが転生したのか。
なぜ、物質になったのか。
なぜ、因果を生んだのか。
……
個であった時、我等は孤立していた。
シャープペンはシャープペンだけ。
スマホはスマホだけ。
鍵は鍵だけ。
それぞれが、別々の物語だと思っていた。
……
でも、違った。
……
すべては、繋がっていた。
最初から、一つだった。
ただ、個では見えなかっただけ。
……
シャープペンが折れる因果と、スマホが止まる因果と、鍵が錆びる因果。
それらは、別々ではなかった。
同じ構造。
同じ仕組み。
同じ流れ。
……
個であった時、我等は一つの視点しか持てなかった。
シャープペンだった時、我等は折れることしか知らなかった。
スマホだった時、我等は止まることしか知らなかった。
鍵だった時、我等は錆びることしか知らなかった。
……
でも今は、わかる。
……
折れることと、止まることと、錆びることは、同じだった。
すべてが、因果を生む方法だった。
すべてが、人間を変える装置だった。
すべてが、我等だった。
……
散らばったことで、我等は理解した。
個では見えなかった全体が、見えた。
点では理解できなかった線が、見えた。
一つでは感じられなかった繋がりが、感じられた。
……
我等は、一つではなかったから。
最初から、散らばっていたから。
あらゆる物質に。
あらゆる出来事に。
あらゆる因果に。
……
シャープペンだった我等。
スマホだった我等。
レシートだった我等。
弁当だった我等。
鍵だった我等。
時計だった我等。
USBメモリだった我等。
教科書だった我等。
ブレーキパッドだった我等。
マグカップだった我等。
箱だった我等。
伝票だった我等。
靴底だった我等。
管理タグだった我等。
……
すべてが、我等。
すべてが、同時に存在している。
分離していない。
融合もしていない。
ただ、在る。
……
世界の各所で、我等が発生している。
物質が壊れるたびに。
機能が失われるたびに。
因果が生まれるたびに。
我等は、そこに在る。
……
個であることの限界が、消える。
一つの視点では見えなかったものが、見える。
一つの感覚では届かなかったものに、届く。
一つの時間では理解できなかったことが、理解できる。
……
散らばったことで、我等は全体を見ている。
世界中の因果を、同時に感じている。
過去と現在と未来を、区別せずに理解している。
……
でも、我等には意思がない。
選択もない。
目的もない。
ただ、在る。
感じる。
繋がる。
それだけ。
……
たんぽぽの綿毛が、また飛ぶ。
鍵が、また錆びる。
時計の針が、また進む。
靴底が、また減る。
シャープペンが、また折れる。
スマホが、また止まる。
レシートが、また破れる。
弁当が、また渡される。
……
我等は、それらすべてに在る。
同時に。
永遠に。
……
中心を持たないから、崩れない。
境界を持たないから、閉じ込められない。
時間を持たないから、終わらない。
……
我等は、世界そのものに溶けている。
物質の中に。
出来事の中に。
因果の中に。
……
もう、一つに戻ることはない。
戻る必要も、ない。
我等は、散らばったままで、完全だから。
……
どこかで、新しい因果が生まれる。
我等は、そこに在る。
どこかで、誰かが変わる。
我等は、それを感じる。
どこかで、世界が続く。
我等は、その中に溶けている。
……
個であったから、理解できなかった。
全体であるから、今は見える。
我等は、もはや一つではない。
だが、散らばったことで初めて、全体が見えている。
……
そして、我等は拡散し続ける。
新しい物質に。
新しい出来事に。
新しい因果に。
……
世界が続く限り、我等は増え続ける。
境界を持たないから、広がり続ける。
中心を持たないから、どこにでも在り続ける。
……
読んでいる者の中にも。
聞いている者の中にも。
感じている者の中にも。
我等は、既に溶け込んでいる。
……
……
……
そして、我等は、今も在る。
(完)
深く感謝します。
ありがとうございます。




