第13話 転生したら すり減った靴底だった
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ほんのひとときでも、あなたの心に何かが残れば幸いです。
どうぞ、ゆっくりと物語の世界へ。
転生の果てシリーズは、転生の果てⅥで終了になります。
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ありがとうございます。
――朝、七時三十分。
「 」は、足に履かれる。
靴紐が、結ばれる。
立ち上がる。
体重が、かかる。
「 」は、地面との間に在る。
ゴム製の、底。
黒い、表面。
だが――
均等には、減っていない。
右足の外側が――
特に、薄くなっている。
斜めに、削れている。
左足も、同じ。
外側だけが、極端に減っている。
片減り。
歩き方の、癖。
無意識の、傾き。
玄関を、出る。
アスファルトに、触れる。
カツ、カツ、カツ。
足音が、響く。
だが――
その音が、わずかに偏っている。
右足――カツ。
左足――カツ。
微妙に、違う高さ。
「 」の片減りが、原因。
バランスが、崩れている。
駅まで、歩く。
十五分の、道のり。
毎日、同じルート。
同じ歩き方。
「 」は、その全てを受け止めている。
アスファルトとの摩擦。
踏み込む力。
蹴り出す角度。
全てが――
外側に、偏っている。
右足を踏み出す時。
体重が、外側にかかる。
「 」の外側が、強く擦れる。
左足も、同じ。
内側は――
ほとんど使われていない。
新品同様の、ゴム。
駅に、着く。
階段を、上る。
一段、一段。
「 」が、段に触れる。
やはり、外側から。
バランスが――
悪い。
だが、本人は気づかない。
無意識の、癖。
ずっと、こうやって歩いている。
ホームで、電車を待つ。
立っている間も――
体重が、外側にかかっている。
「 」が、少しずつ。
削れていく。
電車が、来る。
乗り込む。
立ったまま、揺られる。
バランスを、取る。
だが――
「 」の片減りが、邪魔をする。
わずかに、傾く。
体が、揺れる。
つり革を、掴む。
なんとか、立っている。
降車駅に、着く。
降りる。
また、歩く。
会社まで、五分。
「 」が、また削れる。
外側が、さらに薄くなる。
オフィスに、着く。
デスクに、座る。
靴を、脱ぐ。
「 」は、デスクの下に置かれる。
休息の、時間。
だが――
既に、変形している。
外側が薄く、内側が厚い。
斜めの、底。
昼休み。
外に、出る。
また、履く。
歩く。
食堂まで、三分。
「 」が、働く。
外側が、削れる。
繰り返し。
毎日、同じ。
数週間後。
右足の外側が――
かなり、薄くなった。
ゴムの溝が、ほとんど消えている。
滑りやすく、なっている。
雨の日。
濡れた路面を、歩く。
「 」が、滑る。
ツルッ。
「うわっ」
バランスを、崩す。
手を、つく。
転びそうになる。
なんとか、持ちこたえる。
「……危ない」
呟く。
靴底を、確認する。
「……減ってるな」
外側が、ツルツル。
「そろそろ、替え時か」
だが――
「まだ、履けるだろ」
そのまま、使い続ける。
また、歩く。
「 」が、滑る。
慎重に、歩く。
だが――
歩き方は、変わらない。
やはり、外側に体重をかける。
無意識の、癖。
直らない。
数日後。
また、雨。
濡れた階段を、降りる。
「 」が――
滑った。
ツルッ。
完全に、バランスを失う。
体が、傾く。
手すりを、掴む。
間に合わない。
ドン。
尻餅を、つく。
階段の途中で。
「痛っ……」
周囲の人が、振り返る。
「大丈夫ですか?」
「あ、はい……すみません」
立ち上がる。
尾てい骨が、痛い。
だが――
怪我は、ない。
恥ずかしさだけが、残る。
靴底を、見る。
右足の外側――
完全に、ツルツル。
ゴムが、削れ切っている。
「……やばいな」
呟く。
「新しいの、買わないと」
だが――
その日も、買わなかった。
忙しかったから。
疲れていたから。
「明日、買おう」
そう、思う。
だが、明日も買わない。
また、忙しい。
また、疲れる。
「週末に、買おう」
先延ばし。
そして――
週末。
買い物に、出る。
靴屋へ。
新しい靴を、見る。
試着する。
「いいな、これ」
気に入った。
買おうとして――
値札を、見る。
「……高いな」
迷う。
「まあ、今履いてるのも、まだ履けるし」
結局、買わない。
帰る。
古い靴を、また履く。
「 」は、さらに削れる。
外側が、限界に近づく。
ある日の朝。
急いでいた。
遅刻しそうで。
走る。
「 」が――
滑った。
今度は、完全に。
転ぶ。
膝を、打つ。
手のひらも、擦りむく。
「痛っ……」
血が、滲む。
立ち上がる。
ズボンが、破れている。
膝の部分。
「最悪……」
靴底を、見る。
右足の外側――
ゴムが、剥がれかけている。
「……もう、無理だ」
諦める。
会社を、休む。
連絡して。
家に、戻る。
傷を、手当てする。
消毒して、絆創膏を貼る。
靴を、見つめる。
「 」の、姿。
右外側――削れ切っている。
左外側――同じく、削れている。
内側――ほぼ無傷。
歪んだ、形。
「……俺の歩き方、おかしいのかな」
初めて、気づく。
鏡の前に、立つ。
歩いてみる。
確認する。
――確かに。
外側に、体重がかかっている。
O脚気味。
膝が、外に開いている。
「……これか」
原因が、分かる。
だが――
直し方が、分からない。
無意識の、癖。
ずっと、こうやって歩いていた。
変えるのは――
難しい。
翌日。
新しい靴を、買う。
靴屋で。
店員に、相談する。
「歩き方の癖で、外側が減るんですけど」
「ああ、よくありますね」
「どうすれば、いいですか?」
「意識して、内側にも体重をかけるようにしてください」
「意識して……」
「あと、インソールを入れるのも、いいですよ」
インソールを、勧められる。
バランスを整える、中敷き。
「これを入れると、自然と正しい位置に体重がかかります」
「へえ……」
買う。
新しい靴と、インソール。
家に帰る。
インソールを、入れる。
履いてみる。
歩く。
――違和感。
内側にも、体重がかかる。
慣れない、感覚。
「……これが、正しいのか」
呟く。
続けて、歩く。
意識して。
バランスを、取りながら。
だが――
疲れる。
いつもと、違う筋肉を使う。
「……慣れるしかないな」
毎日、履く。
意識して、歩く。
内側にも、体重を。
バランスを、均等に。
だが――
無意識になると。
また、外側に偏る。
癖が――
抜けない。
数週間後。
新しい「 」を、確認する。
やはり――
外側が、減り始めている。
内側より、明らかに。
「……ダメか」
溜息。
完全には、直らない。
インソールを入れても。
意識しても。
長年の癖は――
簡単には、変わらない。
また、同じ。
外側が減る。
バランスが崩れる。
滑る。
転ぶ。
繰り返し。
「 」は、それを知っている。
同じ歩き方が、同じ結果を呼ぶことを。
意識されない癖こそ、最も強い因果になることを。
夜。
古い靴を、見つめる。
「 」の姿。
片減りした、底。
歪んだ、形。
それは――
自分の歩き方の、証。
無意識の癖の、痕跡。
「……変えられないのかな」
呟く。
だが――
変えられないから、人間。
癖があるから、個性。
そう、思うことにする。
古い靴を、ゴミ袋に入れる。
捨てる。
新しい靴を、履き続ける。
意識しながら。
バランスを取りながら。
だが――
いつか、また。
外側が、減るだろう。
また、滑るだろう。
また、転ぶだろう。
繰り返す、運命。
「 」は、ゴミ処理場で。
他の靴と、一緒に。
積み上げられている。
片減りの、痕跡と共に。
だが――
新しい「 」も。
いずれ、同じ姿になる。
同じ歩き方が――
同じ結果を、生むから。
癖は――
そう簡単には、変わらない。
(了)




