第12話 転生したら 書き間違えた伝票だった
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どうぞ、ゆっくりと物語の世界へ。
転生の果てシリーズは、転生の果てⅥで終了になります。
ここまで読んで頂いたこと感謝します。
ありがとうございます。
――午後二時、事務所。
「 」は、机の上で書かれている。
ボールペンの先が、紙に触れる。
文字が、刻まれていく。
配送伝票。
宛先、住所、品名、数量。
カーボン紙を挟んで、複写される。
一枚目――原本。
二枚目――控え。
三枚目――倉庫用。
全てに、同じ文字が写る。
「えーと……」
確認しながら、書いていく。
宛先:「株式会社 山田商事」
住所:「東京都港区――」
品名:「事務用品一式」
数量――
ここで、手が止まる。
注文書を、確認する。
「50個、か」
ペンを、動かす。
「5」
「0」
だが――
書き終わって、見返すと。
「50」ではなく――
「500」
になっていた。
「0」を、ひとつ多く書いてしまった。
「……あ」
気づく。
だが――
カーボン紙で複写されている。
三枚とも、「500」。
「……まあ、いいか」
呟く。
「どうせ、倉庫で確認するだろうし」
そのまま、放置する。
修正液を使うのも、面倒。
書き直すのも、面倒。
「大丈夫だろ」
軽い判断。
「 」は、完成する。
三枚に分けられる。
一枚目――配送担当へ。
二枚目――ファイリング。
三枚目――倉庫へ。
それぞれ、送られる。
倉庫に、三枚目が届く。
作業員が、受け取る。
「……500個?」
首を傾げる。
「多いな」
だが、伝票に書いてある。
「まあ、注文が増えたのかな」
そう判断する。
棚を、確認する。
事務用品一式――
在庫を、数える。
「……500個もないな」
足りない。
「発注しないと」
急いで、発注処理。
本社に、連絡。
「事務用品、500個必要です」
「500? そんなに注文入ってたっけ?」
「伝票に、そう書いてあります」
「そうか……分かった。手配する」
発注が、通る。
仕入れ先に、連絡。
「事務用品一式、500個お願いします」
「500ですか。かなり多いですね」
「はい、急ぎでお願いします」
「分かりました」
手配される。
大量の、在庫。
翌日。
配送担当が、伝票を見る。
「山田商事、500個か」
トラックに、積み込む準備。
だが――
「500個って、トラック一台じゃ無理だな」
計算する。
「二台、必要だ」
もう一台、手配する。
コストが、増える。
だが、伝票に書いてある以上――
従うしかない。
二台のトラックで、出発。
山田商事に、到着。
「配送です」
「はい」
荷物を、降ろし始める。
次々と、運ばれる段ボール。
受付の担当者が――
数を、確認する。
十個。
二十個。
三十個。
「……あの、何個ですか?」
「500個です」
「500!?」
驚いた声。
「うちが注文したのは、50個ですよ」
「え?」
配送担当が、伝票を確認する。
「でも、ここに500って……」
「いや、絶対50個です。注文書、見せます」
注文書が、出される。
確認する。
「数量:50個」
はっきりと、書いてある。
「……あ」
配送担当が、気づく。
「書き間違いだ……」
「はぁ?」
受付担当が、困惑する。
「どうするんですか、これ」
「すみません、すぐに確認します」
電話を、かける。
本社に。
「伝票の数量、間違ってました」
「何?」
「500じゃなくて、50です」
「マジか……」
沈黙。
「どうしましょう」
「……とりあえず、50個だけ降ろして」
「残りは?」
「持ち帰って」
「分かりました」
作業が、やり直される。
50個だけ、降ろす。
残り450個は――
トラックに、戻す。
時間が、かかる。
二時間。
ようやく、終わる。
山田商事の担当者が――
不機嫌そうな顔。
「今後、気をつけてください」
「申し訳ございません」
頭を下げる。
トラックが、戻る。
倉庫に、450個。
不要な、在庫。
「どうするんだ、これ」
倉庫担当が、頭を抱える。
「返品できるのか?」
本社に、確認。
「仕入れ先に、連絡してみます」
電話。
「すみません、発注ミスで……」
「返品ですか」
仕入れ先の声が、冷たい。
「受け付けられません」
「え?」
「もう、納品済みです。返品は、規約違反です」
「そこを何とか……」
「無理です」
電話が、切れる。
「……ダメだった」
報告。
「じゃあ、どうするんだ」
「在庫として、持つしかない」
「置き場所、ないぞ」
「……何とかします」
倉庫の隅に、積まれる。
450個の、余剰在庫。
経理部に、請求が来る。
事務用品一式、500個分。
金額を、確認する。
「……高いな」
予算を、大幅に超えている。
「なんで、こんなに発注したんだ」
担当者に、確認。
「伝票に、500って書いてあったので」
「誰が書いたんだ?」
「◯◯さんです」
「呼んで」
事務所に、呼ばれる。
「 」を書いた、担当者。
「これ、君が書いた伝票だよな」
「はい」
「数量、500になってるけど」
「え……?」
伝票を、見る。
「あ……」
思い出す。
「0」を、ひとつ多く書いた。
「すみません、書き間違いです」
「書き間違い?」
上司の声が、冷たい。
「それで、どれだけ損失が出たか分かってる?」
「……」
「余分な配送コスト、トラック二台分」
「在庫の保管コスト」
「そして、山田商事からの信頼低下」
「申し訳ございません……」
頭を下げる。
だが――
上司の表情は、厳しい。
「今後、気をつけるように」
「はい」
「それと――」
「次、こういうミスがあったら、ただじゃ済まないからな」
「……はい」
解放される。
デスクに、戻る。
座る。
周囲の視線が――
刺さる。
「あの人、ミスしたらしい」
「損失、結構出たって」
噂が、広まっている。
「 」は、ファイルに綴じられている。
二枚目の控え。
「500」
その数字が、はっきりと残っている。
修正不可。
記録として、永遠に。
数日後。
別の業務で、伝票を書く。
だが――
手が、震える。
「また、間違えたら……」
恐怖。
何度も、確認する。
数字を、書く。
見直す。
もう一度、見直す。
時間が、かかる。
「遅いな」
上司が、声をかける。
「すみません、確認してまして……」
「早くしろ」
「はい」
焦る。
だが――
焦ると、また間違えそうで。
慎重になる。
結果――
さらに遅くなる。
効率が、落ちる。
「最近、仕事遅いぞ」
また、言われる。
「すみません……」
謝ることしか、できない。
信頼が――
下がっている。
一度のミスが、全てを変えた。
「また間違えるんじゃないか」
そう思われている。
事実、本人も思っている。
「また、ミスするかもしれない」
恐怖が、付きまとう。
伝票を書くたび。
数字を書くたび。
「間違えてないか?」
何度も、確認する。
だが――
確認すればするほど、不安になる。
「本当に合ってるのか?」
自信が、持てない。
ある日。
また、伝票を書く。
数量を、記入する。
「30個」
確認する。
注文書と、照らし合わせる。
「30個」
合っている。
だが――
不安。
もう一度、確認する。
「30個」
やはり、合っている。
だが――
「本当に?」
三度目の、確認。
「30個」
「……」
四度目。
「30個」
「いい加減にしろ」
上司が、声をかける。
「何度、確認してるんだ」
「すみません……」
「一度確認すれば、十分だろ」
「はい」
だが――
不安は、消えない。
「 」が残した、傷跡。
一文字の誤記が、生んだ連鎖。
損失。
信頼低下。
恐怖。
全てが――
修正できない形で、残っている。
「 」は、ファイルの中で。
他の伝票と、一緒に。
保管されている。
「500」
その数字と共に。
誰も悪者ではない。
ただ――
一瞬の油断が、全てを変えた。
「0」ひとつの、違い。
それが――
最も重い、結果になった。
(了)




