第11話 転生したら 積み上がった未開封の箱だった
この物語を手に取ってくださり、ありがとうございます。
ほんのひとときでも、あなたの心に何かが残れば幸いです。
どうぞ、ゆっくりと物語の世界へ。
転生の果てシリーズは、転生の果てⅥで終了になります。
ここまで読んで頂いたこと感謝します。
ありがとうございます。
――部屋の隅。
「 」は、床に置かれている。
段ボール箱。
茶色い、四角。
ガムテープで、封がされている。
中身は――
通販で買った、本。
届いたのは、二週間前。
「後で開けよう」
そう思って、置いた。
だが――
まだ、開けていない。
「 」の上に――
また、箱が置かれる。
新しい、荷物。
今度は、服。
「これも、後で」
積まれる。
二つの、箱。
さらに、一週間後。
また、届く。
家電製品。
「忙しいから、後で開けよう」
三つ目の、箱。
「 」の上に、積まれる。
高さが、出てくる。
部屋の隅に――
段ボールの山。
誰にも開けられず。
誰にも触れられず。
時間だけが、過ぎていく。
埃が、積もり始める。
箱の角に、白い粉。
一ヶ月。
二ヶ月。
また、荷物が届く。
「とりあえず、あそこに」
四つ目。
五つ目。
六つ目。
山が、高くなる。
部屋の隅を、占領していく。
「 」は、一番下に在る。
全ての重さを、支えている。
段ボールが――
わずかに、潰れ始める。
だが、まだ耐えている。
ある日。
友人が、訪ねてくる。
「久しぶり」
「ああ、久しぶり」
部屋に、入る。
視線が――
隅の山に、向く。
「……何、あれ」
「あ、荷物」
「開けてないの?」
「うん、まあ……忙しくて」
「いつ届いたの?」
「一番下のは……二ヶ月くらい前かな」
「マジで?」
驚いた声。
「開けなよ」
「うん、そのうち」
「そのうちって、いつ?」
「……時間できたら」
「今、時間あるじゃん」
「いや、でも……」
言い訳。
本当は――
開けるのが、面倒になっている。
積み上がった箱を見ると――
気が重くなる。
「全部開けるの、大変だし」
「一つずつ開けていけばいいじゃん」
「まあ、そうなんだけど」
「じゃあ、手伝うよ」
「いや、いいよ」
「なんで?」
「……また今度」
友人が、首を傾げる。
「変なの」
だが、それ以上は言わない。
話題が、変わる。
友人が、帰る。
残された部屋。
隅の山が――
じっと、在る。
開けられるのを、待っている。
だが――
開けられない。
先延ばし。
「明日やろう」
「週末にやろう」
「来月、時間できたら」
理由を、つけ続ける。
そして――
また、荷物が届く。
七つ目。
八つ目。
山が――
崩れそうなほど、高くなる。
「 」は、一番下で。
全ての重さに、耐えている。
段ボールが、かなり潰れてきた。
中の本が――
圧迫されている。
ページが、曲がっているかもしれない。
だが――
確認できない。
開けていないから。
ある日の夜。
仕事から、帰る。
疲れている。
部屋に入る。
視線が――
自然と、隅の山に向く。
「……また増えてる」
今日も、荷物が届いていた。
九つ目。
置き場所が――
もう、ない。
仕方なく、山の横に置く。
二列目。
新しい山が、始まる。
「……ヤバいな」
呟く。
だが――
今日も、開けない。
疲れているから。
明日、やろう。
そう、思う。
だが――
明日も、開けない。
また、忙しい一日。
帰ってきたら、疲れている。
開ける気力が、ない。
「週末に、まとめてやろう」
そう、決める。
だが――
週末も、開けない。
寝坊して、昼過ぎに起きる。
昼食を食べて、ゴロゴロする。
夕方になる。
「もう、今日はいいや」
明日、やろう。
だが、明日は月曜日。
仕事がある。
また、疲れて帰ってくる。
開けられない。
繰り返し。
先延ばしの、連鎖。
山は――
どんどん高くなる。
十個。
十一個。
十二個。
部屋の隅が――
段ボールで、埋まっている。
圧迫感。
視界に入るたび――
憂鬱になる。
「開けなきゃ……」
思う。
だが――
「今じゃなくていいか」
先延ばす。
そして――
ある夜。
地震が、あった。
小さな揺れ。
震度3ほど。
だが――
その揺れで。
山が――
崩れた。
ガタガタガタ……
ドサッ。
段ボールが、倒れる。
積み上がっていた箱が――
バラバラになって、床に散らばる。
「うわっ」
驚いて、見る。
部屋中に――
段ボール箱。
十二個の箱が、散乱している。
「……最悪」
呟く。
片付けなければ。
だが――
どこから、手をつければいいのか。
一番下にあった「 」も――
他の箱と一緒に、転がっている。
角が、潰れている。
ガムテープが、剥がれかけている。
「……開けるしかないか」
諦めて、一つ手に取る。
ガムテープを、剥がす。
開ける。
中には――
本。
二ヶ月前に買った、本。
表紙が――
曲がっている。
ページも、湿気を吸って波打っている。
「……」
次の箱を、開ける。
服。
だが――
シワだらけ。
長期間、圧縮されていた。
もう、着られるか分からない。
次。
家電製品。
箱を開ける。
説明書が、入っている。
保証期間を、確認する。
「……切れてる」
購入から、三ヶ月。
保証期間内だったのに。
開けなかったから――
確認できなかった。
動作チェックも、していない。
不良品だったら――
もう、保証が効かない。
次々と、開けていく。
全ての箱。
だが――
どれも、状態が悪い。
放置されていた、結果。
時間が――
全てを劣化させていた。
「……何やってたんだろう、俺」
呟く。
床に座り込む。
周囲には、開けられた箱。
中身が、散乱している。
買った時は――
必要だと思った。
欲しいと思った。
だが――
開けないまま、放置した。
結果――
全てが、無駄になった。
本は、曲がった。
服は、シワだらけ。
家電は、保証切れ。
何のために、買ったのか。
何のために、お金を使ったのか。
「……バカだな」
自分を、責める。
だが――
遅い。
もう、戻らない。
片付けを、始める。
箱を、畳む。
中身を、整理する。
だが――
気持ちは、重い。
先延ばしにした、ツケ。
蓄積された、後悔。
全てが、今。
降りかかってきている。
翌日。
ゴミの日。
畳んだ段ボールを、出す。
大量の、箱。
「 」も、その中に。
一番下で、重さに耐えていた箱。
潰れた、姿のまま。
ゴミ集積所に、置かれる。
回収される。
「 」は、理解している。
開けられない時間が、重さに変わっていったことを。
何もしないという選択が、確実に結果を作ることを。
部屋に、戻る。
隅が――
空になっている。
圧迫感が、消えた。
だが――
空虚感が、残る。
無駄にした、時間。
無駄にした、お金。
無駄にした、物。
全て――
先延ばしの、結果。
「もう、こんなことしない」
呟く。
だが――
数日後。
また、荷物が届く。
「……」
見つめる。
すぐに、開けるべきか。
それとも――
「忙しいし、後で開けよう」
また、隅に置く。
繰り返し。
学ばない、人間。
「 」は、ゴミ処理場で。
他の段ボールと、一緒に。
圧縮されている。
潰れた、姿のまま。
だが――
残したものは、消えない。
先延ばしの、記憶。
蓄積の、恐怖。
それらは――
新しい箱の上に、また積もっていく。
(了)




