表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
―転生の果てⅥ―  作者: MOON RAKER 503


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/19

第10話 転生したら 割れたマグカップだった

この物語を手に取ってくださり、ありがとうございます。

ほんのひとときでも、あなたの心に何かが残れば幸いです。

どうぞ、ゆっくりと物語の世界へ。


転生の果てシリーズは、転生の果てⅥで終了になります。

ここまで読んで頂いたこと感謝します。

ありがとうございます。


――朝、七時。


「 」は、食器棚から取り出される。


白い陶器。

取っ手が、ひとつ。


シンプルな、形。


だが――


表面には、細い線が走っている。


ヒビ。


わずかな、亀裂。


気づかれないほど、小さな傷。


熱湯が、注がれる。


コーヒーの粉が、溶ける。


香りが、立ち上る。


「 」は、温められる。


内側から、熱が広がる。


ヒビが――


わずかに、広がる。


だが、まだ持ちこたえている。


テーブルに、置かれる。


両手で、包まれる。


「……温かい」


呟き。


冬の朝。


冷えた手が、「 」で温められる。


毎朝の、儀式。


このカップでなければ、ダメ。


他のカップは――


サイズが違う。


手触りが違う。


温まり方が違う。


「 」だけが、ちょうどいい。


だから――


毎日、使われる。


朝のコーヒー。


午後の紅茶。


夜のホットミルク。


一日三回、熱い飲み物。


「 」は、その全てを受け止めている。


だが――


ヒビは、少しずつ広がっている。


温度差に、耐えられなくなっている。


熱い液体を注がれる。


冷たい水で洗われる。


また、熱い飲み物。


繰り返される、膨張と収縮。


陶器が、悲鳴を上げている。


ある日の午後。


また、「 」が使われる。


熱湯が、注がれる。


――その瞬間。


ピシッ。


小さな音。


ヒビが、伸びた。


表面から、内側へ。


縦に、走る亀裂。


だが――


まだ、割れていない。


液体は、漏れていない。


使用者は――


気づかない。


音も、聞こえなかった。


テレビを見ながら、飲んでいるから。


「 」を、口に運ぶ。


温かい紅茶が、流れ込む。


飲み終わる。


シンクに、置かれる。


水で、すすがれる。


冷たい水が――


熱かった「 」に、触れる。


急激な、温度変化。


ヒビが――


また、伸びる。


今度は、横に。


網目状に、広がり始める。


だが、まだ。


形は、保たれている。


食器棚に、戻される。


他のカップと、並べられる。


だが――


「 」だけが、ヒビだらけ。


翌朝。


また、取り出される。


「このカップが、一番好きなんだよな」


呟きながら。


熱湯を、注ぐ。


コーヒーを、淹れる。


「 」は、震えている。


内部で、亀裂が広がろうとしている。


だが――


まだ、耐えている。


テーブルに、運ばれる。


両手で、持たれる。


「あれ……?」


指先に、違和感。


表面を、確認する。


「……ヒビ?」


細い線が、見える。


縦に、横に。


何本も。


「そんなに、使ってたかな……」


呟く。


だが――


捨てない。


「まだ、使えるだろ」


飲む。


問題なく、飲める。


漏れも、しない。


「大丈夫だな」


そのまま、使い続ける。


だが――


ヒビは、確実に広がっている。


毎日、熱い飲み物。


毎日、冷たい水。


温度差が、陶器を蝕んでいく。


ある日の夜。


ホットミルクを、作る。


電子レンジで、温める。


「 」ごと、レンジに入れる。


二分間。


温められる。


取り出す。


熱い。


「あつっ」


慌てて、テーブルに置く。


その衝撃で――


ピシッ。


また、音。


ヒビが、底まで達した。


貫通は、していない。


だが――


もう、限界に近い。


翌朝。


また、コーヒー。


熱湯を、注ぐ。


「 」が――


わずかに、軋む。


音は、しない。


だが、内部で何かが起きている。


テーブルに、置く。


飲もうとして――


手が、止まる。


「……やっぱり、ヒビがひどいな」


見つめる。


網目状の、亀裂。


もう、隠せないほど。


「新しいの、買おうかな」


だが――


「でも、このカップが好きなんだよな」


迷う。


愛着。


手に馴染む、感触。


ちょうどいい、サイズ。


他では、代えられない。


「もう少し、使おう」


結論。


飲み始める。


だが――


心のどこかで、不安がある。


いつ、割れるのか。


いつ、使えなくなるのか。


それでも――


使い続ける。


数日後。


朝のコーヒー。


いつも通り、「 」を使う。


熱湯を、注ぐ。


テーブルに、置く。


飲もうとして――


手を伸ばした、その時。


パキン。


音が、した。


「え……?」


見ると――


「 」の側面に、大きな割れ目。


縦に、一本。


底から、縁まで。


完全に、貫通している。


「……嘘」


慌てて、持ち上げようとする。


だが――


その瞬間。


パリン。


砕けた。


二つに、割れた。


中のコーヒーが――


溢れ出す。


テーブルに、広がる。


「あ、あ……」


慌てて、ふきんを取りに行く。


拭く。


だが――


もう、遅い。


「 」は、割れている。


二つの、破片。


手に取る。


鋭い、断面。


内部が、見える。


無数の、小さなヒビ。


ずっと前から、壊れかけていた。


だが――


使い続けた。


大切にしているつもりで――


壊していた。


「……ごめん」


呟く。


誰に、謝っているのか。


「 」に、か。


それとも、自分に、か。


破片を、見つめる。


もう、使えない。


割れてしまった。


ゴミ箱に――


捨てようとして。


手が、止まる。


「……」


捨てられない。


愛着のある、カップ。


毎日、使っていた。


思い出が、詰まっている。


だが――


割れている。


修復も、できない。


結局――


ゴミ袋に、入れた。


他のゴミと、一緒に。


縛る。


玄関に、置く。


明日の、ゴミの日に出す。


食器棚を、開く。


他のカップが、並んでいる。


どれも、無傷。


ヒビも、ない。


ひとつ、取り出す。


白い、マグカップ。


形は、似ている。


だが――


手に持った感触が、違う。


少し、大きい。


重さも、違う。


「……慣れるしかないか」


呟く。


熱湯を、注ぐ。


コーヒーを、淹れる。


飲む。


味は――


同じはずなのに。


何かが、違う気がする。


「 」じゃないから、か。


翌朝。


ゴミを、出す。


「 」の入った袋を、集積所に置く。


他のゴミと、一緒に。


回収車が、来る。


持っていかれる。


「 」は――


もう、戻らない。


新しいカップで、コーヒーを飲む。


慣れない、感触。


だが――


使い続けるしかない。


いつか――


このカップにも、愛着が湧くだろう。


そして――


また、ヒビが入るだろう。


また、無理に使い続けるだろう。


また、割れるだろう。


繰り返し。


「 」は、理解している。


大切にされているつもりで、消耗していたことを。


善意が続くほど、壊れる時の音が大きくなることを。


ゴミ処理場で。


他の破片と、混ざり合いながら。


「 」は、静かに在る。


ヒビの痕跡と共に。


愛着の重さと共に。


ただ、静かに。


(了)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ