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―転生の果てⅥ―  作者: MOON RAKER 503


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第9話 転生したら 効きすぎるブレーキパッドだった

この物語を手に取ってくださり、ありがとうございます。

ほんのひとときでも、あなたの心に何かが残れば幸いです。

どうぞ、ゆっくりと物語の世界へ。


転生の果てシリーズは、転生の果てⅥで終了になります。

ここまで読んで頂いたこと感謝します。

ありがとうございます。


――午後三時、郊外の道。


「 」は、タイヤの奥に在る。


金属の板。

摩擦材が、貼り付けられている。


車が、走行している。


アスファルトを蹴る、タイヤの音。


エンジンの、低い唸り。


時速、六十キロ。


制限速度内。


穏やかな、走行。


ハンドルを握る手は、リラックスしている。


窓の外を、景色が流れていく。


田んぼ。


民家。


電柱。


前方に――


信号が、見えてくる。


青。


そのまま、通過する予定。


だが――


黄色に、変わった。


距離を、確認する。


あと三十メートル。


時速六十キロなら――


止まれる。


いや、止まるべきか。


それとも、加速して通過するか。


一瞬の、判断。


――止まろう。


足が、ブレーキペダルに移る。


踏む。


「 」が、作動する。


タイヤに、圧力がかかる。


摩擦が、生まれる。


だが――


その摩擦が、強すぎた。


キーッ。


鋭い音。


タイヤが、ロックする。


車体が――


急激に、減速する。


予想以上の、制動力。


「うわっ」


体が、前に投げ出されそうになる。


シートベルトが、引っ張られる。


ハンドルを、強く握りしめる。


タイヤが、滑る。


アスファルトとの摩擦音。


キィィィィ……


車が、斜めになる。


後輪が、流れる。


「やばい……!」


ハンドルを、切る。


だが――


タイヤがロックしているから、効かない。


車は、滑り続ける。


対向車線に――


はみ出しそうになる。


心臓が、跳ね上がる。


だが――


対向車は、いない。


幸運だった。


車が、ようやく止まる。


信号の、十メートル手前。


斜めに、停車している。


エンジンが、アイドリング音を立てている。


「……はぁ、はぁ……」


荒い呼吸。


手が、震えている。


「何だ、今の……」


呟く。


ブレーキを、踏んだだけ。


いつも通りに。


だが――


効きすぎた。


「 」が、過剰に反応した。


新しく交換したばかりの、ブレーキパッド。


高性能、と謳われていた部品。


だが――


高性能すぎた。


普通の踏み方では、強すぎる。


車を、立て直す。


ハンドルを切って、正面を向ける。


信号は――


赤に、変わっていた。


停止線の、手前。


止まっている。


結果的には、正しい位置。


だが――


過程が、危険だった。


深呼吸。


落ち着かせる。


「気をつけないと……」


呟く。


信号が、青になる。


発進する。


慎重に、アクセルを踏む。


速度を上げる。


次の信号が――


また、黄色に変わる。


「……」


今度は、通過することにした。


ブレーキを踏みたくない。


さっきの、恐怖が残っている。


アクセルを、踏み込む。


加速。


信号を――


赤に変わる直前に、通過する。


「ふぅ……」


安堵の息。


だが――


それは、間違った判断だった。


本来なら、止まるべきだった。


だが、「 」を恐れて、加速した。


危険を避けるつもりで――


別の危険を、選んでしまった。


次の交差点。


また、信号が黄色に変わる。


距離は――


微妙。


止まれるか、止まれないか。


判断に、迷う。


だが――


「 」のことを思い出す。


強すぎる、制動力。


タイヤが、ロックする感覚。


車体が、滑る恐怖。


「……行くか」


アクセルを、踏む。


信号を、通過する。


だが――


赤に、変わっていた。


完全に、信号無視。


「くそ……」


焦る。


だが、もう遅い。


通過してしまった。


幸い――


パトカーは、いない。


事故も、起きなかった。


だが――


明らかに、危険な運転。


「 」が、判断を狂わせている。


ブレーキを信頼できないから。


止まることを、恐れるようになっている。


住宅街に、入る。


狭い道。


見通しの悪い、カーブ。


速度を、落とすべき場所。


だが――


ブレーキを、踏みたくない。


そのまま、速度を維持する。


カーブを、曲がる。


――そこに。


子供が、飛び出してきた。


「!」


反射的に、ブレーキを踏む。


「 」が、作動する。


キーッ。


またも、急制動。


タイヤが、ロックする。


車が、滑る。


子供との距離――


五メートル。


四メートル。


三メートル。


「止まれっ……!」


必死に、ハンドルを握る。


だが、操作できない。


二メートル。


一メートル。


――ギリギリで、止まった。


子供の、目の前。


バンパーから、数十センチ。


「……っ」


子供が、泣き出す。


転んで、座り込んでいる。


慌てて、車から降りる。


「大丈夫!? ごめん、ごめん……」


手を差し伸べる。


子供は、泣きながら頷く。


怪我は――ない。


転んだだけ。


「ごめんね、本当に……」


何度も、謝る。


近くの家から、親が出てくる。


「何があったんですか!?」


「すみません、子供さんが飛び出してきて……」


「大丈夫? 怪我は?」


親が、子供を抱き上げる。


確認する。


「……大丈夫みたいです」


「本当に、申し訳ございません」


頭を下げる。


「気をつけてください」


厳しい声。


「はい……」


親子が、家に戻る。


残された運転手は――


車に、戻る。


ハンドルに、額を押し付ける。


「……危なかった」


冷や汗が、止まらない。


もし――


あと一秒、ブレーキを踏むのが遅かったら。


もし――


「 」が、もっと効きが悪かったら。


いや、違う。


もし――


最初から、適切なブレーキだったら。


恐れることなく、止まれていたら。


こんな危険な運転は、しなかった。


「 」を、恐れたから。


信号で止まらなかった。


速度を落とさなかった。


結果――


子供を、轢きそうになった。


深呼吸。


落ち着かせる。


エンジンを、かける。


慎重に、発進する。


今度は――


ブレーキを、恐れない。


使い方を、学ぶ。


次の信号。


黄色。


止まる。


ブレーキを――


今度は、優しく踏む。


じわり、と。


「 」が、作動する。


だが――


タイヤは、ロックしない。


穏やかに、減速する。


止まる。


「……そうか」


分かった。


「 」が悪いんじゃない。


踏み方が、間違っていた。


いつもと同じ力で踏んだら、効きすぎる。


だから――


もっと、優しく。


繊細に。


コントロールしなければ。


信号が、青になる。


発進する。


次の信号。


また、黄色。


今度は――


ゆっくりと、ブレーキを踏む。


「 」が、反応する。


穏やかに、止まる。


成功。


「……慣れれば、大丈夫か」


だが――


慣れるまでが、危険。


今日、何度も危ない目に遭った。


子供を、轢きそうになった。


信号を、無視した。


全て――


「 」を恐れたから。


止まることを、避けたから。


家に、着く。


車を、停める。


エンジンを、切る。


降りる。


タイヤの下に――


「 」が、在る。


見えないけれど、確かに在る。


高性能な、ブレーキパッド。


だが――


その性能が、恐怖を生んだ。


恐怖が、危険を呼んだ。


止まりたいという力が――


逆に、止まれなくさせた。


「 」は、理解している。


過剰な力が、バランスを崩すことを。


恐れが強すぎると、結果を早めてしまうことを。


夜。


整備工場に、電話をする。


「ブレーキパッド、交換してもらえますか」


「はい、どうかされましたか?」


「効きすぎて……危ないんです」


「効きすぎ、ですか」


「ええ、もう少し、マイルドなものに」


「分かりました。では、明日お持ちください」


「お願いします」


電話を、切る。


「 」は、明日。


外される。


新しいパッドと、交換される。


今夜が、最後。


窓の外で――


夜風が、吹いている。


静かな、住宅街。


「 」は、タイヤの奥で。


じっと、在る。


過剰だった力と共に。


生んでしまった恐怖と共に。


ただ、静かに。


(了)

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