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―転生の果てⅥ―  作者: MOON RAKER 503


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プロローグ

転生の果てシリーズは、「転生の果てⅥ」で終了になります。

ここまで読んで頂いたこと感謝します。

ありがとうございます。


光が、眩しい。


窓から差し込む午後の陽が、白いシーツを照らしている。


まぶたを開けるのが、重い。


体が、動かない。


呼吸が、浅い。


ああ、もう時間か。


そう思った。


ベッドの上で、私は横たわっている。


九十二年。


長い人生だった。


短い人生だった。


どちらも、本当だった。


……


足音が、聞こえる。


廊下を歩く音。


ドアが、開く。


「おじいちゃん」


孫娘の声だった。


優しい声。


まだ幼い、柔らかい声。


「……ああ」


声を出すのも、辛い。


喉が渇いている。


でも、もう水はいらない。


「みんな、来たよ」


娘の声。


息子の声。


孫たちの声。


みんな、集まってくれたのか。


ありがたいことだ。


私は目を開けた。


ぼやけた視界。


でも、顔は見える。


家族の顔が、そこにある。


みんな、泣きそうな顔をしている。


でも、笑っている。


無理に、笑っている。


「……ワシは、幸せじゃった」


声が、震える。


でも、言わなければならない。


今、言わなければ。


「みんな、おってくれて……ありがとう」


娘が、手を握った。


温かい。


人の温もりは、こんなにも温かかったか。


「お父さん、私たちこそありがとう」


娘の声が、震えている。


泣いている。


でも、笑っている。


「……ワシは、何もしてやれんかった」


本当だ。


不器用な父親だった。


不器用な祖父だった。


でも、みんなは首を振る。


「そんなことない」


息子が言う。


「お父さんがいてくれたから、今の俺たちがいる」


……そうか。


それなら、良かった。


孫娘が、私の手に触れる。


小さな手。


柔らかい手。


「おじいちゃん、大好きだよ」


……ああ。


ワシも、大好きじゃ。


みんな、大好きじゃ。


「……ありがとう」


もう一度、言った。


それが、最後の言葉になるかもしれない。


だから、もう一度。


「本当に、ありがとう」


……


呼吸が、遠のいていく。


視界が、霞んでいく。


家族の顔が、ぼやける。


でも、温もりは感じる。


手を握る力。


それだけが、確かに伝わってくる。


ああ、幸せだった。


本当に、幸せだった。


……


意識が、薄れていく。


体が、軽くなる。


痛みが、消えていく。


すべてが、遠くなる。


そして――


……


暗闇。


……


体が、ない。


目を開けているのか、閉じているのか、わからない。


でも、意識はある。


私は、ここにいる。


どこかに、いる。


……


静寂。


音が、ない。


光も、ない。


ただ、私だけがいる。


死んだのか。


そう思った。


でも、意識がある。


考えることができる。


感じることができる。


ならば、まだ私は存在している。


……


不思議と、恐怖はなかった。


穏やかだった。


静かで、優しい暗闇。


その中で、私は浮かんでいた。


……


そして、始まった。


人生が、流れ始めた。


……


最初に見えたのは、光だった。


黄色い、優しい光。


太陽。


それが、私を照らしていた。


私は、地面に根を張っていた。


葉を広げていた。


風に揺れていた。


……たんぽぽ。


そうだ。


私は、たんぽぽだった。


光を浴びて、ただ生きていた。


何も考えず、ただ存在していた。


それが、心地よかった。


やがて、風が吹いた。


私は綿毛になり、空へ舞い上がった。


軽かった。


自由だった。


どこまでも飛んでいけた。


……


次に見えたのは、首だった。


誰かの首。


少女の首。


私は、マフラーだった。


彼女を包んでいた。


温もりを与えていた。


寒さから守っていた。


彼女の体温が、私に伝わっていた。


呼吸が、私に触れていた。


私は、彼女を支えていた。


ただ、そこにいるだけで。


……


次に見えたのは、大地だった。


巨大な、荒れた大地。


私は、恐竜だった。


重い体で、ゆっくりと歩いていた。


ドシン、ドシン、という足音。


心臓が、大きく打っていた。


ドクン、ドクン、という鼓動。


世界は、まだ若かった。


火山が噴き、隕石が降り、すべてが燃えていた。


でも、私は生きていた。


その時代を、確かに生きていた。


……


次に見えたのは、星だった。


無数の星。


私は、宇宙だった。


すべてだった。


星も、闇も、光も、すべてが私だった。


膨張し、収縮し、呼吸していた。


孤独だった。


でも、すべてだった。


一つだった。


……


次に見えたのは、流れだった。


六つの道が、螺旋を描いていた。


私は、輪廻だった。


魂を巡らせていた。


永遠に、巡らせていた。


痛みも、渇きも、闘争も、すべてを経験させていた。


それが、学びだった。


それが、思い出す過程だった。


……


それらは、すべて私だった。


いや、違う。


私ではない。


でも、私だった。


記憶ではない。


でも、確かに体験した感覚だった。


……なぜ。


私は、問う。


なぜ、これらが見えるのか。


なぜ、これらを知っているのか。


答えは、ない。


ただ、流れ続ける。


……


今度は、人生が流れてきた。


私の人生。


人間としての、九十二年。


生まれた時。


泣いた時。


笑った時。


走った時。


恋をした時。


結婚した時。


子供が生まれた時。


孫が生まれた時。


すべてが、流れていく。


早送りのように。


でも、一つ一つが鮮明だった。


感情も、温度も、匂いも、すべてが蘇ってくる。


ああ、生きていたのだ。


確かに、生きていたのだ。


……


人生の最後が、流れてきた。


ベッドの上。


家族の顔。


娘の手。


孫の声。


「ありがとう」


その言葉。


温もり。


……


そして、終わった。


すべてが、止まった。


映像が、消えた。


音が、消えた。


感覚が、消えた。


……


また、暗闇。


静寂。


何もない。


でも、私はいる。


……


理解した。


これは、終わりではない。


始まりでもない。


ただ、途中だった。


人生は、一つの点に過ぎなかった。


たんぽぽも、マフラーも、恐竜も、宇宙も、輪廻も。


すべてが、点だった。


それらを繋ぐ線が、ある。


見えないけれど、確かにある。


……


私は、落ちていく。


いや、落ちているのではない。


沈んでいく。


深く、深く。


暗闇の中へ。


でも、恐怖はない。


ただ、静かに沈んでいく。


……


温度が、なくなる。


時間が、なくなる。


空間が、なくなる。


私という感覚も、薄れていく。


でも、意識だけは残っている。


かろうじて、残っている。


……


どこまで沈むのか。


わからない。


終わりが、あるのか。


わからない。


ただ、沈み続ける。


……


やがて、何かに触れた。


底、ではない。


でも、何かがあった。


それは、冷たかった。


でも、柔らかかった。


……


無。


それが、そこにあった。


何もない場所。


でも、確かに存在する場所。


私は、そこに沈んだ。


無の中に、溶けていく。


意識が、拡散する。


私が、消えていく。


……


でも、最後に。


一つだけ、感じた。


これで、終わりではない。


また、始まる。


何かが、始まる。


……


暗闇が、深くなる。


完全な、暗闇。


光の欠片も、ない。


音の痕跡も、ない。


ただ、無だけがある。


私は、その中にいる。


いや、もう私はいない。


ただ、意識の残滓だけが、漂っている。


……


そして。


……


到達した。


最も深い場所へ。


最も暗い場所へ。


……


そこで、私は知った。


これが、始まりの場所であることを。


……


暗闇だけが、在った。


(了)

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