エピローグ:約束の始まり
四十九日の納骨を翌日に控えた、よく晴れた日だった。浩一は娘の彩音の小さな手を引き、十数年ぶりに故郷の町の土を踏んだ。駅に降り立った瞬間、懐かしい潮の香りが、記憶の扉を容赦なく叩く。変わらないようでいて、少しずつ色褪せ、新しくなった町並み。その全てが、失われた時間の長さを浩一に突きつけていた。
浩一は彩音の手を引き、実家とは逆方向の商店街へと足を向けた。目指す先は、昔と変わらぬ佇まいを見せる「村上電機」だ。
店の奥で、見覚えのある頑固そうな背中が、半田ごてを握っている。豊の父、吾郎だった。突然の訪問に、吾郎は訝しげな顔を上げたが、浩一の顔を認めると、その目を驚きに見開いた。
「……浩一か」
「ご無沙汰しています」
深く頭を下げる浩一の隣で、彩音が不思議そうに吾郎を見上げている。その視線に気づいた吾郎が、少しだけ目線を和らげた。
「お嬢ちゃんは、いくつになるんだ」
「10歳です」浩一が代わりに答える。豊のところの子供と、同じ年か……。吾郎は短く心の中で呟いた。
浩一は改めて、本題を切り出した。
「豊に、連絡が欲しいと伝えていただけませんか。これが、俺の番号です」メモを差し出す浩一に、吾郎は何も聞かず、ただ黙ってそれを受け取った。その沈黙が、逆に浩一に先を促しているようだった。
「それと……恵さんと、順子さんの連絡先も、俺にはもう分からなくて。もし豊が知っていたら、二人にも、連絡をくれるよう伝えてもらえませんか」
静香が遺した、最後の手紙を届けるために。彼女自身が断ち切り、凍てつかせた友人たちの時間を、もう一度、動かすために。
浩一は、愛した人の最後のわがままを叶えるための、そして、新たな約束の始まりとなる第一歩を、静かに踏み出した。
読んでいただきまして、ありがとうございました。
自作に続く予定です。




