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第五章:生まれた光

諦めにも似た静かな絶望が、灰色の薄布のように心を覆っていた日々。二人は故郷の隣県でささやかに入籍を済ませたものの、なかなか子宝に恵まれず、歳月だけが過ぎていった。もう夢を追うことも、過去に帰ることもできない自分の人生は、このまま色褪せていくだけなのだと、そう思い始めていた矢先だった。


そのほんの些細な体の変化に気づいたのは、静香が三十歳になった、木枯らしが吹く冬のことだった。いつもの疲れとは違う、体の芯からくるような気怠さ。毎月正確に訪れていたはずのものが、途絶えている。「まさか」という打ち消しの思いと、「もしかしたら」という、期待するにはあまりに脆い、祈りのような気持ち。静香は誰にも告げず、一人で産婦人科の冷たい椅子に座っていた。

やがて診察室に呼ばれ、告げられた医師の言葉は、静まり返った彼女の世界に投じられた、温かい光のようだった。


「おめでとうございます。ご懐妊ですよ」

諦めかけていた、というより、諦めることさえ忘れていた日々の果てに訪れた奇跡だった。


その夜、仕事から帰ってきた浩一は、いつもと違う静香の雰囲気に気づいた。食卓に並ぶのは、彼の好物ばかり。そして、テーブルの真ん中に、小さな封筒が一つ置かれている。訝しげにそれを開けた浩一が見たのは、一枚のエコー写真。黒い画面に映る、豆粒よりも小さな、白い影。


浩一は何も言わず、ただその写真を見つめたまま動かなかった。やがて、彼は椅子から立ち上がると、静香の前に静かに膝をつき、まだ平らなお腹に、そっと耳を当てる。そして、震える腕で、壊れ物を抱くように静香を強く、強く抱きしめた。言葉はいらなかった。その腕の震えが、共有してきた長い不安と、堰を切ったような喜びの大きさを、何よりも雄弁に物語っていた。二人の止まっていた時間が、再びゆっくりと、確かな温もりを持って動き出した瞬間だった。



新たな光の誕生

そして、季節が巡り、夏の終わりの日。陣痛の苦しみの果てに、これまで聴いたいかなる歌よりも美しい産声が、分娩室に響き渡った。


静香の腕の中に、小さな、温かい命がやってきた。娘・彩音の誕生だった。そのか弱くも力強い重み、自分にそっくりな小さな指、必死に母を求める小さな口。その全てが、光を失っていた静香の人生に、初めて「未来」という確かな意味を与えてくれた。この子を守るためなら、強くなれる。この子を育てるためなら、なんだってできる。心の底から、そう思えた。


孫の顔が見たいと、浩一の両親や、近くに引っ越してきた母・朱美が、頻繁にアパートを訪れるようになった。普段は山のように動かない父・誠司が、彩音を前にすると見たこともないような笑顔で目尻を下げ、ごつごつとした指で、恐る恐るその頬に触れる。朱美は、自分がしてやれなかった全てを埋め合わせるように、その深い愛情で彩音を包み込んだ。長い間、静香の部屋に響くのはテレビの音だけだった。だが今は、彩音を囲む家族の屈託のない笑い声が、絶えることなく満ちている。その温かい喧騒の中で、頑なに閉ざされていた静香の心も、春の雪解け水が凍てついた大地を潤すように、少しずつ、少しずつ癒されていくのだった。


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