間章3.悪姫の影(???視点)
ガードレット王国が用意した迎賓館の一つに、彼女の姿はあった。
褒め称えられる金色の長い髪を高い位置で二つに結い、歩くたびに黒のリボンが揺れる。その髪型だけならば幼いと思われがちだが、既に成人を迎え、背もすらりと高い。彼女の魅惑的な肢体を浮かび上がらせるかのように、黒いロングドレスがぴたりと肌に張りついている。
そんな彼女は迎賓館のバルコニーから王都を眺めていた。ここは他国の来客用にと作られた迎賓館であり、社交パーティーで使われるものとは異なる。
「マリーン姫。ここにいらしたのですか」
声をかけられ、彼女が振り返るとそこにいたのは国から連れてきた従者であった。彼が挨拶のために恭しく頭を下げると、低い位置で一つに結った金髪もその動きに従う。
紫のスーツを着て銀の眼鏡をかけた彼は、マリーンのそばに寄っていった。
「物憂げですね。国のことでも思い出していましたか?」
「だって、思っていたよりつまらないんだもの」
金のツインテールが風に揺れる中、マリーンは笑う。
彼女はノスティルヤの王族であり、現王の娘――つまり姫である。
此度の国交五十年記念祭にて、ガードレット王国の代表としてセラティスが立ったが、その隣にいたノスティルヤの姫君こそがマリーンだった。
「セラティスを殺すって聞いてたから楽しみにしていたのに。失敗したんでしょ?」
「残念でしたね。騒ぎを起こすまではよかったのですが」
「ガードレット国内にいる貴族を焚きつけるなんて周りくどいことをするからよ。うちの軍を出せばよかったじゃない!」
「ははっ、ご冗談を。そのようなことをすれば国際問題になってしまいます」
むっと拗ねて頬を膨らませるマリーンを、従者が宥める。そして腕につけていた銀の時計に視線を落とす。針の位置を確かめた後、彼は呟いた。
「ですがご安心ください。あの者は処分しておきました。役に立たない者はさっさと消すべきですからね」
「なんだっけ……えーっと、デルリッシュ? デニッシュ? そんな名前よね」
「デール・クラウザーですね。そろそろ死んだはずですよ」
しかし肝心のマリーンは、彼の生死について興味がないようであった。「ふうん」と軽く言っただけで、彼女の思考から彼の名や姿は消える。
マリーンがそれほど興味を持っていないことに従者も気づいているのだろう。彼はそれ以上、デールについてを語ろうとしなかった。彼は人差し指で眼鏡を静かに押し上げ、マリーンと同じように王都の景色を眺めている。
「どうしてセラティスは私を選んでくれなかったのかしら」
「さあ。私でしたら姫様を選びますけどね」
「あなたに選ばれても嬉しくないわ。私はセラティスがいいの! それ以外はいやなの! ああ、もう。なんで私以外と結婚してしまうのかしら。そんな許しちゃだめよ」
不満を訴え、マリーンはバルコニーの手すりを何度も叩く。それほど彼女の怒りが溜まっているのだ。
そのようにひとしきり叩いた後、彼女の瞳は王城がある方に向けられた。そしてすっと細くなる。
「……手に入らないなら殺すべきよ」
ガードレット王国のセラティス王子が他の者と結婚してしまうぐらいなら。手に入らないのなら、殺すべき。
彼女の瞳は冷えていた。
「ねえ、そうでしょう? ウィルスト」
マリーンの問いかけは、隣にいる従者――ウィルスト・ディミトリに向いていた。
不穏な言葉だというのにウィルストは微笑みを絶やさず、それどころか頷いていた。
「そうです。欲しいものは殺してでも奪い取る。それが我々のやり方ですよ」
ウィルストの瞳が見つめるは王都ではなく、遥か向こうにあるニーベルジュ領の方へと向けられていた。
*******************************
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます!
「悪妻わからせ」はここで1部終了となります。
2部公開時はXなどでお知らせしていく予定です。




