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間章2.光あまねく(セラティス視点)

「ありがとうございます。兄上が元気だとわかって安心しました」


 王城の一室。応接間にてセラティスは笑顔でそう告げた。

 対面に座しているのはグレンだ。彼は兄であるアクシオの従者をしているが、たびたび王城へとやってくる。書状を届けるためであったり、時には変装して他の者のふりをしてやってくる。


「ですが……兄上も強情ですね。いつになったらぐいっといくんでしょうか」


 セラティスが呆れたように語るのは、アクシオとヴィルエのことである。これにグレンも頷いていた。


「無理でしょうね。アクシオ様が奥手すぎる。あれではヴィルエ様を攻略するのは厳しいかと。ヴィルエ様からキスしたぐらいですし」

「うーん。どうしてこう、お互いに深く話し合うことができないんでしょうかね」


 二人は向き合い、同時にため息をつく。


「義姉上が『国王の耳』ということは兄上も知っているのですよね?」

「はい。ですが本人には聞いていないようで」

「それで……兄上が『夜梟』ということを義姉上も知っていると?」

「こないだの国交五十年記念祭だって、『夜梟』の姿のまま堂々とヴィルエ様を助けに行ってましたから。知っている上で知らないふりをしているのではないかと思いますね」


 それを聞いて、セラティスは頭を抱えてしまった。

 というのも、二人のすれ違いが深刻すぎるのである。


 アクシオとヴィルエ。二人の正体をはじめから知っていたのは、ガードレット王とセラティスであった。

 うまくいくことを願って二人の縁談を持ち出してみたのだが……結果はこの通りである。お互いに協力しているようでいて、正体を隠し合っているのだ。


「結婚前に、お互いの正体を教えておけばよかったのでは?」


 グレンの問いかけに答えようとしたセラティスだったが――先に答えたのは、部屋に入ってきたオルナである。


「それは、お姉様の疑いっぷりをご存じないから言えるのよ」


 乱入者であるオルナはヴィルエの妹だ。二人の会話を聞いていたオルナは、堂々とやってきてセラティスの隣に腰掛ける。


「お姉様は頭がとっても堅いの。秘密にすると決めたら徹底して隠すし、ちょっと言われた程度で信じるわけがない」

「そうだろうね……。兄上も堅物だから、結婚前に言ったところで信じてもらえなかっただろう」


 それぞれの妹と弟がこう語っているのだ。グレンは苦笑いをするしかない。

 だが二人の言うところはわからなくもない。

 ヴィルエとアクシオは揃いも揃って堅物なのである。お互いに真っ直ぐな性質であるからこそ、他人の言葉を疑う。言葉より行動で示せばいいとまで言う始末だ。


 結婚前にお互いの正体を告げていたのなら、お互いに警戒心を抱き、今のような関係にはなっていないだろう。


「正直なところ、僕もヴィルエ様が『国王の耳』だとは思っていませんでした。巧妙に隠していますね」

「そうでしょう? お姉様はすごいのよ。妹の私でさえ、セラティス様から教えてもらうまで知らなかった。お姉様が私を守っていたなんて気づいていなかったの」


 聞いたところによると、オルナがヴィルエの正体を知ったのは、セラティスとオルナの婚約が発表された後のようだ。なぜヴィルエとアクシオの縁談が進められているのか――そこでようやくオルナはレインブル家が『国王の耳』であったと知ったようだ。


 かくいうグレンも、これを知ったのは最近である。それまではレインブル家を調査したり、セラティスに聞き込んだりしていたが、頑なに教えてもらえなかった。

 やっと教えてもらえのは、アクシオとヴィルエが二人で出かける前である。万が一にでもアクシオがヴィルエを殺しては困ると、正体を教えてくれたのであった。


「でも今になれば納得ですよ。報告のためにセラティス様に合うたび、アクシオ様とヴィルエ様の進展を根掘り葉掘り聞かれていましたから。まさか二人が僕の報告を楽しんでいたとは」

「グレンも人聞きが悪いことを言うね。楽しんでいるだけじゃない。兄上と義姉上の活躍に僕たちは守られている」

「今回の暗殺計画を阻止できたのは、間違いなくお二人が影で動いたからでしょう」

「ははっ。拗ねないでくれ。二人だけじゃないってわかってるよ。グレンもいる。義姉上が可愛がっているミゼレーだって活躍してくれた。本当に感謝している」


 その言葉にグレンは少し恥ずかしそうに視線を外していた。


「僕は、グレンに頭があがらないんだ。あの日、君が兄上のことを教えてくれなかったら、救うことができなかったから」


 セラティスから見て、グレンは信頼できる男だ。


 六年前のあの日、みすぼらしい格好をしたグレンが王城にやってきたのを覚えている。王城に立ち入れるわけはないというのにグレンは何日も門の前に座り続け、セラティスの名とアクシオの名を呼び続けた。

 そこでガードレット王とセラティスが彼を招いて話を聞き――ハイネ公爵の悪事が発覚したのである。


「父はアクシオの母を捜していたんだ。子がいるとは知っても名もわからず、捜し出すこともできずにいた。僕の母もね、そのことを気にしていたから、何かあれば力を貸してあげなさいとよく言っていた」


 そのため、ガードレット王とセラティスはグレンの話を信じ、動いた。アクシオを連れ去った貴族に辿り着くまでには時間がかかったものの、アクシオを救い出すことは出来た。

 だが、その時にはもう、アクシオの心に深い傷がついていた。


「グレンが来てくれなかったら、僕も父も、兄上に辿り着けなかった。知らないまま、影に潜む何者かに守られていたんだろう。感謝を伝えることだって出来なかった」

「……いえ。僕はたいしたことをしていません。僕はアクシオ様に命を救ってもらったので、その恩返しをしただけです」

「そう言いながらも、君は今も兄上のそばにいる」

「アクシオ様は僕を裏切らないので」


 アクシオを助けた後も、グレンは変わらず彼のそばにいる。兄に、こんな素晴らしい友だちがいたのだ。そのことが嬉しくなる反面、セラティスはグレンのことも案じていた。


「でも、そろそろ君だって幸せになったっていいんだよ。従者をやめたくなったらいつでも相談してくれ」


 セラティスがそう言うと、グレンは「うーん」と低くうなり声をあげて考えこんでしまった。納得いかない、といった表情で語り出す。


「ありがたいお言葉ですが、ご主人様(アクシオ)より先に幸せにはなりたくないですね。嫌みを言われそうです。だから、しばらくは今のままで構いませんよ。あの二人を見ているのは楽しいので」

「ははっ。でも兄上は奥手だからね。このペースじゃどうなるか」

「そしてお姉様もちょっとこじらせているから……お姉様も素直じゃないのよ……」


『国王の耳』と『夜梟』。妹を守り、弟を守る者。

 似ているからと引き合わせたものの、恋愛の進み具合まで似てしまっているようだ。


 これでは先が思いやられる。三人それぞれが深くため息を吐いた。


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