31.約束の祝杯(後)
封書の送り主はセラティスだ。
アクシオの『腹違いの弟』とはセラティスではないのかと、ヴィルエは考えていた。
だとするなら、ガードレット王を盲信し、その血を絶やしてはならないと考えたハイネ公爵が、王族ではないものに汚れ役をさせる『夜梟』を作ろうと考えたのも合点がいく。
これは推測でしかないが、ハイネ公爵もそのように動き、ガードレット王の知らぬところで彼を守るべく動いていたのかもしれない。
セラティスは王妃の子であったため認められていたが、アクシオはそうではない者の子であったのだろう。そのためハイネ公爵は『夜梟』にするべく相応しいと考えてアクシオを捜した。
ガードレット王とセラティスによってハイネ公爵の罪は炙り出されアクシオは救出される。だが、アクシオはセラティスを守るために『夜梟』を続ける道を選んだ。
ましてやセラティスは王位継承の問題で命を狙われる身だ。命を狙われるのも今回が初めてではない。アクシオやヴィルエのように影で動く者がいなければ厳しかっただろう。
セラティスを守るために『夜梟』を続けるアクシオ。
オルナを守るために『夜宴の黒花』を演じるヴィルエ。
笑ってしまうほど、アクシオとヴィルエは似ている。
そのことに微笑んでいると、扉が開いた。アクシオが戻ってきたのだ。彼は戻るなり、ヴィルエの様子を見て首を傾げていた。
「何を笑っているんだ?」
「面白いことがあっただけです。気にしないでください」
机に置いてあった封書については語らなかった。今となればお互いに同じ目的のため動いているのだから『夜梟』の正体について問いかけてもいいのかもしれない。
だが、ヴィルエはそれについて語ろうとしなかった。いつぞやの彼の言葉を思い出す。
『言葉ではなく行動でしか示せない。お前も俺もきっとそうなんだろう』
行動でしか示せないから、国交五十年記念祭での答え合わせがあったのだ。暗殺するように見せかけてセラティスを守った『夜梟』と、デールの仲間のように見せかけて彼を足止めしようとしたヴィルエ。
もしも直前に言葉で語り合ったとしても、きっと信じられずにいただろう。この目で見るまでは疑っていたはずだ。ただの予感だけで人を信じられるような、光のあたる綺麗な生き方は知らない。
対面に座したアクシオは、空のワイングラスを二つおくとワインを注いだ。彼が自らワゴンを運んできたことから、グレンの申し出を断ったのだろう。人払いをしてヴィルエと二人でいたかったのかもしれない。
「国交五十年記念祭は楽しかったか?」
「ええ。いろいろ楽しいことがありましたよ」
「騒ぎがあったと聞いた。でもお前は無事なようでよかった」
ワイングラスに口をつけようとしていたヴィルエはその言葉にぴたりと動きを止めた。
危なかった。アクシオのあまりにも白々しい会話っぷりに、飲み物を口に含んでいたらむせていたかもしれない。
(自分が助けたくせにしらばっくれるつもりね……なら、私もお望み通りにしてあげる)
どうやらアクシオは自分が『夜梟』であると明かす気はないようだ。ならばとヴィルエは反撃にでる。このまま黙っているなんて出来なかった。
「無事でいられたのはある方のおかげかもしれませんわね」
「……ある方?」
「とっても素敵な方でしたわ。颯爽とした身のこなしで、連れ去られそうになった私を助けてくださったの。彼の腕にいる時は夢見心地でしたわね。あまりにも格好よくて、惚れそうになってしまいましたわ」
早口でつらつらと『夜梟』を褒め称える。
するとアクシオの表情がぴしりと固まった。褒められることに慣れていないのか、わずかに頬が高揚し、視線も泳いでいた。
彼が『夜梟』ではないふりをするのならと反撃したのだが、予想以上に効いていたようだ。
「あ、ああ……それは……無事でよかったな……」
「本当に素敵な方でしたの。あれほど格好よい方を見たのは初めてですわね。あんな素敵な方がいたら、皆が虜になってしまうでしょうね。私も好きになってしまうかも」
「……っ」
おそらくは、ある程度までヴィルエとの会話を事前に考えていたのだろう。しかしヴィルエの攻勢に押しきられ、予想と異なる会話に頭が真っ白になったのかもしれない。アクシオはついには黙り込み、俯いてしまった。
その様子に、ヴィルエは満面の笑みを浮かべる。ワインに口をつければ、たまらなく美味しい。アクシオを困らせて飲む酒は格別だ。
(ふふ。この程度で私に勝てると思ったら間違いよ)
照れたり、恥じたり、言いよどんだり。そんなアクシオの姿を見ているのは楽しい。もっと揶揄ってアクシオを困らせて見たくなる。
「あら。旦那様ったらどうなさいましたの? 今は他の方のことを話していたのよ。旦那様についての話ではありませんけど」
「……ち、違う。別に……俺はいつも通りだ」
「では具合が悪いのかしら。困りましたわね」
ヴィルエはアクシオの隣に腰掛ける。突然ヴィルエが近づいてきたためか、アクシオは驚いたようにびくりと跳ねていた。
「な、なんで隣に」
動揺するアクシオを無視し、ヴィルエは彼の額に手を当てる。それから彼を覗きこんだ。
「顔が赤いから熱でもあるのかと思いましたが……おかしいですね。熱はなさそうです」
「からかうな。熱なんてない」
「ではどうして、こんなに顔が赤いのかしら?」
アクシオが照れる理由はわかっているのだが、彼がしたのと同じように白々しく首を傾げてみる。
彼は額に手を添え、それからため息をついた。
「……お前が、他のやつの話をするからだ」
「国交五十年記念祭のことを聞いてきたのは旦那様じゃない」
「だからって……惚れるだの好きだの、そういうことを言うのは違うだろ」
ようやくアクシオがこちらを向いたが、彼は拗ねたような表情をしていた。『夜梟』ばかり褒められることをよく思っていないのかもしれない。
その表情が可愛らしく見え、ヴィルエは微笑んでいた。
「私が他の方ばかり話すから妬いてしまったのですね。安心してください。旦那様のことも良く思っていますよ」
「別に妬いてなんて――」
そしてヴィルエは彼の頭を優しく撫でる。
「旦那様のことは可愛いと思っていますもの」
「可愛い……って、俺は男だぞ。そう言われても嬉しくない」
「ですがそれ以外の言葉が見つかりませんの。ほら、可愛い可愛い」
何度も撫でていると、よりアクシオの顔が赤くなった。彼の過去から察するに、このように頭を撫でられる経験は少なかったのだろう。
しかし黙って受け入れられる年齢でもないようだ。彼はヴィルエの行動を止めはしなかったが、不満げに口を尖らせている。
「俺は男だって、わからせてやらないとだめか?」
「ふふ。できるものならどうぞ。簡単にわからせられると思わないでくださいね」
アクシオは悔しそうにしていたが、ヴィルエはさっと手を引いて立ち上がる。
からかいすぎていると反撃に合う。そのことは学んでいる。可愛らしい犬が狼になってしまう前に逃げなければ。
「……お前を落とすのは難しいな」
ヴィルエという脅威が去り、アクシオが呟く。その言葉には、安堵したのかそれとも寂しいのか複雑な感情が込められているように思えた。
対面のソファに戻ったヴィルエはワイングラスを片手に微笑む。
「大丈夫ですよ。時間はこれからもたくさんありますから」




