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28.国交五十年記念祭

 ガードレットとノスティルヤの国交正常化を祝う祭りも五十回目になる。王都のあちこちに花が飾られ、地方から集まった人々で賑わっている。

 王都にいくつもある広場では、ノスティルヤからやってきた歌劇団がショーを行い、ノスティルヤの特産物を扱うお店も出ている。

 大通り沿いには屋台が並び、歩くだけでも食欲がそそられる。ガードレット王国とノスティルヤの名物がいっぺんに食べられるということで食べ歩きをする者も多い。


 その中でも今回の目玉は夕刻に行われる王家行事だ。それぞれの国を代表する者たちが馬車に乗り、王都を一周する。馬車がガードレット城に入ると、今度はバルコニーからを姿を見せ、聴衆の前で互いの剣を交換する。それが国交五十年記念祭の大きな行事だ。

 近年はガードレット王国の代表として王太子であるセラティスが馬車に乗り込んでいる。特にセラティスはオルナとの結婚を控えている注目度が高い。

 対するノスティルヤは、王が溺愛しているという末娘が馬車に乗るようだ。ガードレットの王太子とノスティルヤの姫という若い組み合わせにすることで未来への希望を表現しているのだろう。


(でも狙うなら、馬車にいる間でしょうね)


 王城の警備を考えると、手薄になるのは馬車に乗り込み、王都を一周する間だろう。

 荒事の苦手なヴィルエが現場にいったところで力になれることはない。それでも気になり、彼女の足は馬車が辿る予定のルートに向かっていた。万が一のため隣にはミゼレーもいる。


 馬車が通るルートは事前に知らされているため、セラティスや他国の姫を一目みたいと願う人々が集まっていた。


「人が多いわね。これでは警備の人たちも大変だわ」

「今年は節目ですし、セラティス王子は人気ですから」


 ミゼレーの返答にヴィルエは頷く。幼い頃から表に出る機会が多く、国民に寄り添う政策を提案したことや慈善事業に力を入れるなどの功績から、セラティスは国民からの人気が高い。

 それがために、セラティスの異母弟にあたるシェルスタ王子を支持する者からは良く思われていない。


 セラティスの母にあたる王妃は既に亡くなっている。その後、ガードレット王が迎えたのが現在の王妃であり、二人の間に生まれたのがシェルスタ王子だ。そのためセラティスとシェルスタは年が離れている。


 そこまでを考え、ヴィルエの表情が曇った。

 頭によぎるは、昨日調べていた事柄だ。旦那様の『弟』とは誰なのか。ヴィルエが想像している者で合っているのならば――今日、答えがわかるはずだ。


(私たちは別の方向を向いているのか、同じ方向を向いているのかどちらだろう)


 国交後十年記念祭は答え合わせだ。それをアクシオも理解しているだろう。


(同じであったらいいのに)


 もしも同じ方向を向いているのなら、彼はヴィルエとよく似ている。大事なものを守るために闇に落ち、身を削ってでも守ろうとするのだ。


 似ていると感じるからこそ、同じ方向を向いていてほしい。そうであったのなら、彼に対して生じる感情も素直に受け入れられるかもしれないのに。


(同じであってほしいと願ってしまうなんて……それほど旦那様のことが気になっているのかしら)


 自分らしくない、とヴィルエは苦く笑う。

 アクシオが絡むといつもの自分ではなくなっていくような心地になる。しかしそれが嫌かというと、そうではない。そんな変化をも楽しく感じてしまう。


「ヴィルエ様――」


 馬車が通るだろう道を見つめ、物思いに耽る。

 そのため、ミゼレーの叫び声が聞こえてようやく、ヴィルエはそれに気づいた。


 何かに遮られたようなミゼレーの声。不穏な気配。


「捜しましたよ」


 振り返ったヴィルエの視界には、デール・クラウザーがいた。

 背後にいたことにも気づかないほど考えごとに耽っていた自分を悔やむも、声をかけられてしまえば逃げられない。


 先ほどミゼレーの声が聞こえたはずだが、彼女の姿は見当たらない。近くにいたはずが、一瞬で消えてしまうなんてありえない。


(ミゼレーの身に何かあったんだわ。どこかに連れて行かれた? 捜しにいかないと)


 何かで口を塞がれたかのような声だった。そのことからミゼレーに何かが起きているのだろう。


 慌てて周囲を見回すと、離れたところにミゼレーらしき姿が見えた。口を塞がれ、無理矢理に引きずられている。


「ミゼレー!」


 何者かに連れ去られようとしているのだ。そう察し、ヴィルエは駆け出そうとする。

 だがそれはデールに遮られた。ヴィルエとミゼレーの間を塞ぐように彼が立ち塞がる。


「あなたの従者はどこかに消えたようだ」

「ミゼレーに何をしたの? 」


 彼の反応からしてミゼレーを連れていったのはデールの指示だろう。ヴィルエは彼を睨み付けるが、それも厭わないかのようにデールは笑っていた。


「歴史が変わる瞬間を、ぜひあなたと共に見たいと思っていたんです。さあ、一緒に行きましょう」

「ミゼレーを解放して。あの子は何も関係ないわ」

「解放してほしいのでしたら、私の手を取るしかないでしょう。舞台はあなたという観客を待っているのですから」


 ヴィルエを連れていくためにミゼレーを連れ去ったのだ。ミゼレーを解放するためには彼の手を取るしかない。

 渋々、ヴィルエはデールの手を取った。


 彼に引っ張られるようにして、別の道へ行く。その様子から、セラティスを襲う予定の場所まで連れて行こうとしているのだろう。


「……ここまでしないと女性を誘えないなんてね。あなたがそこまで私に興味を持つと思わなかったわ」

「誘う必要なんてありませんよ。どんなものであれ、私は手に入れることができるので」


 皮肉めいたヴィルエの言葉に、デールはくつくつと笑っていた。ヴィルエが手に入ったと満足していたのかもしれない。


「使用人、令嬢、街にいる娘……これまで何人もの女性を手に入れてきましたが、あなただけは唯一逃げてしまった」

「仕方ないじゃない。あなたが眠ったんだもの」

「だからこそ、私はあなたを手に入れたい。『夜宴の黒花』を手に入れたとなれば、私は一目置かれる存在となれる」


 彼の言葉に違和感があった。

 執着といえば簡単だが、それにしてはデールの態度が急すぎるのだ。興味を持たせるような素振りをしたが、そこまで好意や執着を得るほどではないはずだ。一度屋敷に行き、うまく逃げただけである。だというのにデールは強い執着心を抱き、その目をぎらつかせている。


「一目置かれる存在……ね。『夜宴の黒花』といってもそこまでではないと思うわよ」

「そんなことはない!」


 デールは突然足を止め、叫んだ。


「あの方が言っていたんだ! ヴィルエ様を連れてくれば、もっと良い地位を与えてもらえると」

「……どういうこと?」


 ヴィルエは顔を顰める。だがデールは陶酔したかのようにぶつぶつと譫言を呟いていた。


「――様が約束してくれた。暗殺計画だけでなくヴィルエ様を連れて行けば、我が家は安泰だ。伯爵位を用意してくれると言っていた」


 彼の譫言を拾い上げ、頭の中で反芻する。

 つまるところ、セラティスを暗殺するだけでなくヴィルエを連れていくことができれば地位が約束されるらしい。しかし、地位を与えてまでヴィルエを求める者とは誰なのか。


(国内にそのような者はいないはず。となれば……この話は誰から?)


 ヴィルエとしてはぞっとするような話だ。一体誰がそのような提案をしたというのか。

 詳細を聞き出そうとした時、遠くの方で歓声があがった。セラティス王子を乗せた馬車がやってきたのだろう。

 この歓声に察したらしく、デールは高らかに笑い声をあげた。


「ははははは。もうすぐ、歴史が動く。そして私とあなたはこの国から出るのです」

「この国を出る気はないと言ったでしょう」

「ですが断れないはずだ。あの従者がどうなってもいいのなら構いませんが」


 彼がちらつかせているのはミゼレーのことだろう。ヴィルエはぐっと唇を噛んだ。


(ミゼレーを人質に取られているとなれば下手な動きはできない。でもいずれ、王国軍がデールを捕らえるはず。その時にミゼレーを助けにいかないと)


 今は動く時ではない。王国軍が動くことを知っているのはヴィルエだけであり、その時になればデールに隙が生じるはずだ。

 駆けつけたい衝動を抑え、ヴィルエは深呼吸をする。こういう時こそ頭を冷やすべきだ。


(……大丈夫。冷静になるのよ)


 結末はわかっている。だからこそ冷静になるべきだ。

 ヴィルエは隣にいるデールを見上げる。彼はまだヴィルエの手首を強い力で掴んだままだ。ヴィルエを逃がしたくないのだろう。

 逃げられないとなれば、デールから聞き出すチャンスだ。誰がヴィルエを求めているのか。そこまでして他国に連れて行こうとする理由は何なのか。


「この国から出ると言っていたけれど……私はどこに連れて行かれるのかしら?」


 問いかけるとデールがこちらに視線を向けた。


「行けばわかりますよ」

「あら。教えてはくれないの?」

「今はまだヴィルエ様にも話せませんからね」


 警戒されているのだろう。デールの頑なな口をこじ開けるべく、ヴィルエは空いている手を彼の方に向ける。


「あなた、私のことを見くびっているのかしら。話によっては私はあなたに協力してあげてもいいのよ? 無理矢理に連れて行かれるのではなく、あなたの協力者として他国に逃げてあげてもいいわ」


 人差し指で彼の服に触れ、ゆっくりと下になぞる。


「あなたと仲良くできるかもしれないと言っているのよ」


 誘うような指の動きと共に距離を縮め、彼のそばで見上げる。ヴィルエの潤んだまなざしにデールが息を呑んだ。


「この暗殺計画は私だけでの力ではない。支援者がいるのです」


 観念したようにデールが明かす。

 一国の王太子を暗殺するという大きな計画だ。たかが子爵家では成し得ないと考えていたため、背後に支援者がいることは想像がついていた。


「セラティス暗殺後の他国亡命も支援者が手引きしてくれる……はずだったのですが、最近事情が変わったと言われましてね」


 表には出さないようにしつつ、ヴィルエは頭の中で考える。亡命の手引きもするような支援者となれば、ガードレット王国を飛び越えた話になるかもしれない。


「私を連れて行けば伯爵位が与えられる。その話も、支援者の方が約束したのね?」

「支援者はヴィルエ様に興味があるようです。理由まではわかりませんが、ヴィルエ様を連れて行けばその後の地位は安泰だと約束してくださいました」


 つまり、他国の者がデールに接触し、セラティス暗殺計画を依頼した。そうして計画は進んでいたが、なぜかヴィルエに興味を持ったと。

 国を超えた話となれば、今すぐガードレット王に伝えるべきだ。想定していたよりも大きな問題となってきている。緊張感に包まれ、ヴィルエの表情が強ばる。


「その支援者とはどこの国の方なのかしら?」


 改めてデールに問う。

 それに応じて、デールの唇が動こうとした瞬間――沿道のそばで馬車を待っていた人々から悲鳴があがった。


(悲鳴? まさか――)


 建物の影や人々の間から、黒い外套を着た者たちが駆けてくる。これはデールが用意した私兵だろう。彼らは馬車が通る予定の街道に出ると、剣を構えて走って行く。

 馬車の前後には警備として王国軍の騎馬隊がついていた。異変に気づいた騎馬隊は、私兵を迎え撃つべく剣を引き抜いた。


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