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24.闇を知るとき(アクシオ視点)

 物心がついた時、窓の外を見やれば雪が降っていた。

 そこはガードレット王国北部にある町。山の麓にある町は厳しい気候に晒され、一年の半分は雪が降っていた。

 隙間から風が入りこみ、強風の時には窓がガタガタと揺れる。アクシオが住んでいたのは村の外れにある、登山を試みる者が使っていたという小屋だ。しばらく放置されていた小屋はボロボロで、家にいる時は毛布をかぶって過ごすことが多かった。

 そんな小屋ではあるが、借りるために母は苦心したようだ。何度も頭を下げ、村の人の手伝いをすると決まってようやく手に入れたらしい。

 朝から遅くまで働きに出かけ、わずかなお金で食糧を買う。乾いたパンや具のないスープなど食事は粗末なものであったが、それを苦しいと感じたことはなかった。


「アクシオ。ごめんなさいね」


 仕事から帰ってきた母と共に過ごす時は、アクシオにとって最も幸せな時間だった。だがそのたび、母はアクシオを見つめて申し訳なさそうな顔をする。毎日のようにごめんなさいと詫びるのだ。


「母さん。俺も、一緒にお仕事をする」

「それはだめ。あなたはここにいるの。絶対に外に出てはだめよ」


 母は仕事のために家を空けるが、アクシオの外出は決して許さなかった。幼い少年にとっては不満があり、なぜ自分はだめなのかと考えていたが、その理由はまもなくして判明する。


***


 平穏な日々が終わりを告げたのは、雪の降らない静かな夜だった。


「起きて」


 毛布にくるまって眠りについていたアクシオは、母の声に起こされた。寝ぼけ眼をこするアクシオの肩を掴み、母は悲痛な表情で告げる。


「今すぐにここを出て、遠くまで逃げなさい」

「逃げる? どうして。母さんは?」

「母さんは後から追いかけるから、アクシオは先に行きなさい。絶対に戻ってきてはだめよ」


 外出してはいけないと言われていたのが一変したのだ。外に出てもよいのかと恐ろしい気持ちになったが、母の形相から立ち止まることはできなかった。


(でも、どこに行けばいいのかわからない)


 困り果て、アクシオは小屋の近くに身を潜めた。

 まもなくして何人もの男たちがやってきた。覚えているのは、薄水色の髪をした男がいたことだ。

 彼らが小屋に入ってすぐに会話が聞こえてきた。


「捜したぞ。こんなところに隠れていたなんてな。アクシオを渡してもらおう」

「あの子は……死にました。もうどこにもいません」

「ははっ。なるほど。渡す気はないということか。どこかに隠しているんだろう――殺れ」


 彼らが捜しているのはアクシオだ。そのことに気づくも、次に聞こえたのは悲痛な叫び声であった。

 母の声だ。何かが起きている。

 夜であまり見えない。だが、開いたままの小屋の扉に赤い液体が飛び散っているのが見えた。


「お前はもう用済みだ」

「くっ……こんな……は……許さな……」

「だが、アクシオは俺たちにとって必要なものだ。……が生まれたのは知っているだろう。誰かが守らなければならない」

「でも……アクシオは……」

「光あれば闇がある。闇がなければ光はそこにいられない――闇の中から守る者が必要なんだ」


 会話から斬られたのが母であることがわかった。


 母を殺してまで、捜している。

 次に殺されるのは自分かもしれない。


(逃げなきゃ……遠くまで逃げろって言ってた……)


 恐怖で足が震え、走ろうとしてもうまくできない。

 それでも小屋から離れた。母の身を案じて視界が滲むも、告げられた言葉を信じ立ち止まることはしなかった。



 そうして走り続け、辿り着いたのが町から離れた場所にある古い教会だった。後になってわかったのだが、そこは身寄りのない子どもたちが集まる場所であった。放置された教会は子どもたちによって都合がよく、昼間は物乞いやスリをし、夜になれば教会で夜を凌ぐ。

 母が追いかけて来るかもしれないと一日中教会で待つアクシオであったが、いつまで経っても母が来ることはなかった。

 そうして教会で過ごすうち、彼と出会った。


「見ない顔だね。君は?」

「……」

「僕はグレンって言うんだけど。ねえ、名乗ったんだから名前を教えてほしいなあ」

「……アクシオ」


 それが、彼との出会いだった。

 聞けば彼も帰る家がないのだという。そうして教会に住んでいたが周囲と馴染めず、同じく孤独を貫いていたアクシオに興味を持ったらしい。



 それからもアクシオとグレンは二人でつるむことが多くなった。


「そうやって座ってばかりじゃよくないと思うよ。ほら、パン分けてあげる」

「……あり、がと。でもこれ……どこで手にいれたの……」

「別に。僕ちょっと顔がいいから、パン屋のお姉さんと仲良くなったんだよ。それで、ご褒美に買ってもらった」

「仲良くって……え」

「ちょっと甘えるだけでいいんだから楽だよ。アクシオだって出来るんじゃない? 僕よりも人気でそうな見た目してるけど」


 他の子どもたちと違い、グレンは食べ物に困ることがない。町にいる女性に可愛がられ、食べ物を恵んでもらっていたのだ。

 その頃からグレンは周囲と少し違っていた。彼は賢く、町を歩くときには情報を集め、それをうまく利用して生きているようだ。


「グレンは……すごいよ。俺はそういうことできないから」

「僕はアクシオの方がすごいと思うけどね。喧嘩をしても負けなしなんてすごいよ」


 協会で過ごす間も周囲にいる子どもたちは皆が友好的ではない。時には喧嘩もある。そういう時は争いごとの苦手なグレンの代わりにアクシオが前に立った。グレンを守れるよう、古教会に落ちていた木の剣で練習もしていた。


「僕、アクシオに出会えてよかったよ。これからも二人でやっていこうね」


 日にちが経てば経つほど、アクシオとグレンの仲は深まった。腕力のアクシオと頭脳のグレンとして、二人は他の子どもたちから畏敬の念を抱かれるようになっていた。



 そんな日々が終わりを迎えたのは、あの薄水色の髪をした男が現れた時だった。

 男は大勢を連れ、怯える他の子どもらを蹴散らしながら、古教会に乗り込んできた。


「やはり生きてたか」


 あの日、小屋に押しかけてきた男だ。彼はアクシオを見つけるなり、他の者に捕えさせて笑っていた。


「死んだと言っていたがどうせ殺さぬだろうと思っていた。あの女も馬鹿なことをするものだ」

「あの女って……母さんのことか!?」

「そうだ。今はもうとっくに死んでるがな」


 その言葉に目の前が真っ暗になる。母はやはり、あの時に殺されていたのだ。


「安心しろ。お前の面倒は見てやる。これから私が育ててやろう。――――のためにな」

「それは誰だ? 俺とは関係ないだろ」

「関係あるさ。お前の弟だ。お前は弟を守るための道具。そのために生まれてきたんだからな」


 理解が、追いつかない。

 初めて聞く弟の名。その存在さえ知らなかったというのに。自分が生まれてきたのがその者のためだったなんて。


「このまま古教会で死ぬか、私に育てられるか。選べ」

「い、いやだ……俺は……」


 拒否しようとした瞬間、男の顔が痛みに歪んだ。はっと見やれば、男の足元にグレンがしがみついている。


「アクシオ、逃げろ!」


 身を挺してアクシオを守ろうとしたのだろう。争いごとが嫌いだと話していたくせに、アクシオのために勇気を振り絞ったのだ。


 だが、男も黙ってはいなかった。すぐに足を蹴り上げてグレンを振り払う。周囲にいた他の男たちがグレンの顔を殴り、身動きが取れぬよう上にのしかかる。


「ぐっ……アクシオ……だめ、だ……」


 グレンの悲鳴が聞こえる。それはいつぞやに聞いた母の悲鳴と重なる。

 逃げてしまえば、グレンが殺されるかもしれない。

 古教会で出会った初めての友達。どんな時も二人で支えあってきたのに。


「……行きます」


 アクシオは項垂れ、答えを出した。


「俺は……行きます。だからグレンを助けてください」


 友人を守るため、男に育ててもらう。育てるという意味は理解できていなかったが、グレンのためなら躊躇いはなかった。


 アクシオが出した答えに、薄水色の髪をした男はにやりと笑った。


「ははははは! これでようやく我々の『夜梟計画』が動き出す!」


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